中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

診断や再生医療への展開も

片岡先生がめざすのは、高感度に目標を検知する「センシング能力」と、ターゲットやその周囲の情報を処理し、環境を診断する「プロセッシング能力」、診断結果に基づいて最適な位置とタイミングで治療を行う「オペレーション能力」を兼ね備えたナノマシンを活用した「ナノ医療」によって、医療を革新することだ。

たとえば抗がん剤のかわりに造影剤や蛍光物質を内包させることで、がんを微小サイズのうちに発見することもできるという。
「MRIという画像診断装置があります。現在全国の病院などに6000台ほど設置されていますが、大半の磁界強度は1テスラで、がんの検出感度は十分ではありません。がんの早期診断のためには7テスラのMRIが必要ですが、7倍もの強度にするには膨大なコストがかかってしまい、現実的とはいえません。しかし、造影剤をミセルに入れて、がん細胞のいるpHの低いところで造影剤を放出すれば、現状の1テスラのレベルでも診断が可能です。言ってみれば、すべての車をF1カーにすることは無理でも、低コストのターボチャージャーをつけて同じ効果を得られるわけです」

超高齢社会が到来し、医療費がパンク寸前の現在、高精度で早期にがんを診断することができれば、患者さんの負担も、医療経済的にも大きなメリットがある。
また新しく抗がん剤を開発するには莫大なお金がかかるが、すでに世に出ている抗がん剤をミセル製剤化してピンポイントで患部に届け、副作用を抑制できれば、既存の薬剤でもまだまだ大きな効果が期待できるという。
「がんを小さくしたあと、転移させないようにミセルのナノマシンで追尾・攻撃した上で手術を行えば、5年生存率も上がり、患者さんの生活の質が向上するはずです」
薬剤のポテンシャルを引きだすことのできるナノ医療が果たす役割は大きいのだ。

高分子ミセルは、将来的には体内で直接組織を再生させる医療への応用も期待できるんだって

さらにいま注目を浴びている再生医療においても、細胞を移植することなく、ナノマシンを投与することによって組織を再生させることも期待できるという。
「わざわざ身体の外でiPS細胞から目的の細胞へと分化させなくても、ミセル内に転写因子や分化誘導剤を入れ、疾患のある場所で、そこの環境に応答して順番に作用させるように設計すれば、将来的には体内で直接組織を再建することも可能になるでしょう」

実際、片岡先生たちのグループは、がんの病巣に光を照射して、ターゲットとなる細胞に、光に応答して遺伝子を導入できる新世代のナノマシンの開発にも成功している。SFで描かれた『ミクロの決死圏』の世界は、決して絵空事ではないのである。
「私は、いま、医療そのものが大きな転換期にあると考えています。ナノマシンを活用し、『だれもが、どこでも、いつでも』安心して、レベルの高い医療を受けられるようにすることが重要です。ナノ医療は、医療を革新するためのキーテクノロジーと言えるでしょう」

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