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第30話 アストロバイオロジー
調査のまとめドッキンレポート
調査のまとめドッキンレポート
最初の生命は40億年前に誕生?
太陽系が誕生したのは46億年前。太陽の周りをまわる内側から3番目の惑星として地球が生まれた。生まれたばかりの地球は、小天体が何度もぶつかった衝撃で、表面がドロドロに溶けたマグマの海に覆われていて、とても生命がすめる状態じゃなかったんだって。その後、表面が冷え固まって岩石になると、次第に大気の温度が下がっていった。44億年前には、海ができ、いくつかの陸地が顔を出していたらしい。40億~38億年前には「後期重爆撃」と呼ばれる激しい隕石(いんせき)衝突もあって、原始地球の環境は大きく変動していたことがわかっている。
最近の研究によると、カナダやグリーンランドなどの古い地層から生物を構成していた炭素の痕跡が見つかり、最初の生命は40億年前に出現したのではないかと考えられている。でも、それがどのような生物だったのか? そして、生命の材料となる有機物をどのように手に入れて、化学進化を進めていったのか? いろいろな説が提唱されているけれど、定説とまではいかず、謎のままなんだ。
隕石中の有機物を探る
初期の生命は、生命の材料となる有機物をどのように手に入れて、生物体を構成する有機物を作り出していったのだろう? この大きな謎に迫るために、癸生川先生が取り組んでいるのが、有機物が地球にもたらされた前段階として、隕石に含まれている有機物を調べること。
隕石のほとんどは、火星と木星の間にある「小惑星帯」と呼ばれるゾーンで起きた小惑星同士の衝突によってできた破片が、軌道をはずれて地球に落ちてきたもの。地球の大気に突入するときに高温で表面が溶けたため、黒くテカテカしたガラス質の「溶融皮殻(ようゆうひかく)」で覆われているのが特徴だという。もっとも、まわりは溶けても中はそれほど変化していないから、隕石は太陽系ができたころの様子を教えてくれる「宇宙からの手紙」みたいなもの。とくに、「炭素質コンドライト」と呼ばれるタイプの隕石は、太陽系初期の物質を内部に閉じ込めた隕石で、生命に不可欠な水を含む鉱物や、アミノ酸をはじめとするさまざまな有機物が含まれていることがあり、地球生命の原材料を考えるうえでとても重要なんだって。

隕石のほとんどは、火星と木星の間の小惑星帯から落ちてきたもの。

炭素質コンドライトという種類の隕石。
IOMを研究対象に
癸生川先生が研究対象としている一つが、隕石中の「IOM(Insoluble Organic Matter:不溶性有機物)」と呼ばれる有機物ドキ。生命につながる有機物というとアミノ酸を思い浮かべがちだけど、実は隕石に含まれる有機物の70%以上を占めているのが、炭素原子が網の目のようにつながりそこに水素や窒素、酸素などが複雑に結合したIOMだ。
IOMは太陽系が誕生したころの化学反応の痕跡を封じ込めていて、生命が誕生する前のはるかな昔に、有機物がどう形成され、変成し、進化してきたかを探るうえで欠かせない材料という。
IOMの分析手法
では、このIOMをどんな手法で調べているんだろう? 癸生川先生が主に使っているのが、「赤外分光」や「軟X線」による分光法ドキ。
赤外分光は、隕石に赤外線を照射し、吸収される波長を測定することで、分子の構造や官能基(カルボニル基やメチル基など、化合物の性質や化学反応を決める特定の原子や原子団)がわかる。顕微鏡と組み合わせることで、数十マイクログラムの重さしかない粒子でも効率よく分析できる。
これに対して、軟X線分光は赤外分光法よりもさらに微小なナノメートルからマイクロメートルスケールでの分析が得意。隕石の微細な組織の中で、どの鉱物の周りにどんな有機物が分布しているかが可視化できるんだ。「走査型透過X線顕微鏡(STXM)」などを用い、隕石や小惑星サンプルに含まれる炭素、窒素、酸素の化学組成や結合状態、電子状態などを解析、地球外有機物の起源や母天体*がどんな熱を受けてきたかを探ることができる。
*母天体:隕石や流星群などの元となった彗星や小惑星のこと。このあと紹介する、はやぶさ2が探査した小惑星「リュウグウ」は、太陽系初期に生まれた直径数十~数百kmの母天体に、別の天体が衝突し、飛散した岩石が集まって形成されたと考えられている。
「同じ一つの隕石の中でも有機物の構造や形が不均一で、特定の粘土鉱物の周りに集まっていることや、複雑な成り立ちがわかります。たとえば粘土鉱物があるとIOMが熱に強くなって壊れにくくなったり、逆に特定の鉱物が火付け役となって有機物の変化を早めたり。粘土の表面が化学反応を助ける『触媒』の役割を果たして、ホルムアルデヒドやアンモニアといった単純な分子から、複雑な高分子固体有機物へと成長してきたプロセスなど、有機物の進化のプロセスが見えてくるんです」

赤外分光分析中の癸生川先生
「はやぶさ2」が送り届けた「リュウグウ」のサンプルも分析
地球に落ちてくる隕石は、長く風雨にさらされるとガラス質の皮殻が壊れ、地球の水や有機物による汚染や変質、酸素による酸化の影響を受けてしまう。しかし宇宙から直接、天体を構成している物質を持ち帰れば、純度100%の「宇宙の歴史」をそのまま調べることができる。そこで計画されたのが、「サンプルリターン」探査ドキ。
2014年に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ2」は、2020年12月に小惑星リュウグウのかけら5.4グラムが入ったカプセルをオーストラリアの砂漠に送り届けた。リュウグウは約46億年前に太陽系が作られたころの水や炭素などの有機物が今でも残されている天体だと考えられていること、また小惑星帯ではなく、地球近くを通る楕円軌道で太陽の周りをまわっているため、地球から比較的近いことからサンプル採取の天体として選ばれたものだ。癸生川先生は、6つの初期分析チームのうち「固体有機物分析チーム」の一員として、炭素を中心に調べたそうだ。

輸送コンテナに入ったリュウグウのサンプル

(C) 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
高エネルギー加速器研究機構の放射光施設「フォトンファクトリー」で。右は固体有機物分析チームのリーダーである広島大学・薮田(やぶた)ひかる教授(2021年7月)
「分析したリュウグウのサンプルはすごく新鮮で、空気中の水分をすぐに吸い込んでしまい、まるで呼吸しているような感じがしたことを覚えています。解析の対象がごく微量なので、空気中の有機物によって汚染することのないよう細心の注意を払いました。チームでの分析の結果、リュウグウの有機物は母天体で液体の水と反応して生じたこと、そして、少なくとも一部の有機物は、星間分子雲や誕生したばかりの恒星を取り囲んでいるガスと塵(ちり)がつくった円盤の外側の極低温環境で形成されたことがわかりました」
初期分析チームにはこのほか、化学分析、石の物質分析、砂の物質分析、揮発性成分分析、可溶性有機物分析チームがあり、14カ国、109の大学と研究機関が参加して分析したそうだ。そして、260名を超える研究者の研究によって、母天体に水があったこと、また約2万種にものぼる有機物の分子が見つかった。その中にはタンパク質の材料となるアミノ酸や、DNAやRNAの材料となる核酸塩基なども含まれていたんだって!
興味深いことに、リュウグウで見つかったアミノ酸は左手型と右手型*がほぼ半々だった。地球上の生命がもつアミノ酸はほぼ左手型なので、宇宙から地球にもたらされたアミノ酸がそのまま地球生命へと進化したかどうかはわからない。地球にあった原料だけで生命が誕生したのか、あるいは、宇宙からのアミノ酸がなんらかの原因で変化して、左手型だけになる偏りが生まれたのかは、まだ解き明かされていないんだ。
*左手型と右手型:アミノ酸などの分子には、鏡に映したように対称的な形をした「左手型」と「右手型」を持つものがある。どう回転させても重ね合わせることができない(鏡像異性体という)。多くの物理的性質は変わらないが、生体への作用などが異なる場合がある。

アミノ酸の「左手型」「右手型」のイメージ
小惑星の環境を実験室に作り、有機物生成の模擬実験
地球上では、有機物は生き物が作るものという感覚だけど、宇宙の環境では生物が介在しなくても、いろいろな環境で有機物ができる。そこで、癸生川先生たちは、宇宙の氷の塵などに含まれているアンモニア(NH3)とかホルムアルデヒド(HCHO)といった単純な分子を材料にして、小惑星の環境の中でどのように有機物が生成されるかを探る模擬実験を行っている。
「熱水中で反応することでアミノ酸ができます。また初期の隕石母天体に存在していたアルミニウム26(26Al)などの放射性同位元素*が、崩壊する過程でガンマ線を出すことが知られていたので、アンモニア、ホルムアルデヒドとメタノール(CH3OH)の水溶液をガラス管に封入してガンマ線を照射してみたところ、アラニンやグリシン、グルタミン酸などのα-アミノ酸やβ-アラニンなどのβ-アミノ酸が生成されることがわかりました」
*放射性同位元素:同じ原子番号だが、中性子数(質量数)が異なる同位元素のうち、放射能を持つもののこと。原子核が不安定で、放射線を出しながら自発的に崩壊し、別の安定した原子に変わっていく。時間の経過とともに一定の割合で量が減少していくため、宇宙の歴史や地球の歴史などを測定する際に役立つ。

研究室の真空ライン。ガラス容器内に惑星や衛星の大気を再現した組成のガスを封入するときなどに使う。

左:小惑星の水環境を模擬した実験により形成された高分子有機物。右:高速液体クロマトグラフィーにより得られたアミノ酸の分析結果。

Kebukawa et al. ACS CENTRAL SCIENCE 2022 より
ガンマ線照射によるアミノ酸生成の概念図。アンモニア(NH3)とホルムアルデヒド(H2CO)メタノールなどの単純な分子を含む、氷と塵からなる小天体に、アルミニウム26(26Al)が崩壊するときの熱とガンマ線が加わることで、溶けた水の中でアミノ酸が生成される。
ただ、アミノ酸と糖は簡単にできるが、糖と核酸塩基が結合したヌクレオチドや機能的なタンパク質を生成するのは難しく、隕石でも見つかっていないという。
「原始地球から生命が誕生するまでには、何億年ものタイムスケールがあります。実験室レベルで、そうした時間の壁を乗り越えることができるかどうかは悩ましいですね」
地球生命誕生の仮説
宇宙に豊富な生命の材料があって、隕石などによって地球にもたらされたことはたしかだろう。あるいは地球生命は、地球にもともとあった材料だけを使ったのかもしれない。いずれにせよ、何らかの有機分子が化学的な反応を進め、膜によって外界と区切られ、代謝というエネルギーをつくる仕組みを獲得し、自己を複製する能力を有する最初の生命が誕生したのだろう。
生命誕生にはいくつもの仮説がある。その一つが「RNAワールド仮説」だ。現在の生命はDNAが遺伝情報を保存し、タンパク質が遺伝情報のコピーを助ける分子というように役割分担があるが、こうした複雑なシステムが突然誕生したとは考えづらい。最初はRNAだけで情報の保持と自分自身をコピーする作業の両方を担当していたのではないかというもの。
複雑な化学進化を起こす場所として有力視されているのが、光の届かない深海底にある「熱水噴出孔(チムニー)」ドキ。チムニーの周辺に出現した水素などを酸化させてエネルギーを作り出すことができる微生物によって、有機物の合成や原始的な代謝が始まったのではないかという説。ただ、生命を形作る有機物を作るには、水よりも陸地が適しているということで、火山地帯にわき出す温泉やその周辺など、陸と水の境目で最初の生命が生まれたとする「陸上温泉説」もある。
「熱水噴出孔にせよ温泉にせよ、何らかの反応を駆動させることが必要なので、熱などのエネルギーは必須です。そして、熱力学的に安定な方向に進むだけではなくて、非平衡な状態を保つ、ちょっと難しい言い方になってしまいますが安定な方向にだけ反応が進んだらおそらく生物にならないので、何度も誕生しては滅んだり、一方向だけの反応ではなく、途中で分岐したり留まったり。そして海流などで散らばっていったんじゃないでしょうか」
地球惑星科学研究を始めたわけ
ところで癸生川先生はどんなプロセスで地球惑星科学の研究者になったんだろう?
小学生時代から自然科学に興味があり、NHKの科学番組「NHKスペシャル地球大紀行」に夢中になって、それをマンガ化した『まんが地球大紀行』を愛読していたんだそうだ。高校時代は『ホーキング、宇宙を語る』にも魅了された。生物系の学部にも興味があったが、解剖があるとイヤだなと思い、宇宙の研究ができるところということで東京工業大学を選んだ。4年次に所属した中嶋悟(なかしま・さとる)先生の研究室に、NASAの地球外物質研究探査科学部門で活躍していた中村圭子(なかむら・けいこ)博士が隕石の有機物を測りたいと来ていて、「宇宙と生物はつながるんだ!」と実感し、隕石の有機物研究をやろうと考えたそうだ。
その後、博士課程3年のときに、カーネギー研究所のGeorge Cody(ジョ-ジ・コディ)博士と知り合った。学位を取ったあと、ポスドク(博士研究員)で同研究所に行き、放射光を使った分析や、小惑星環境で有機物を作る実験に従事。そこでの経験が、研究を続ける上で大きかったという。
彗星のサンプルも研究してみたい
長年、隕石の有機物分析に取り組んできた癸生川先生だが、近年の分析技術の進展や小惑星のサンプル分析など、新しい情報が増えたことで、「これまでこんな傾向があるとわかったつもりになっていたことが揺らいできた」と教えてくれた。
「たとえば、窒素がどういう形態で入っているのかが見えにくかったけれど、最近開発された技術で可視化できるようになってきたりしています。今後、あらためて有機物の変成や進化の全体像を明らかにしていきたいと考えています。
もう一つ、隕石にしろ、リュウグウのサンプルにしろ、水による変成を受けているけれど、それ以前がどういう状況だったかがわかっていないんです。彗星はこのような変成を受けていないと考えられているので、彗星の良いサンプルが欲しいけれど、地球に持ってくるとどうしても影響があるので、探査機に質量分析装置を積んでいって、サンプルを収集してすぐに遠隔操作で分析できたらいいですね」
アストロバイオロジーはすべての「理科」がつながる場所
学校では「物理」「化学」「生物」「地学」といった科目を、バラバラに勉強しているかもしれない。「公式を覚えるのがたいへん」「化学反応式って何のために必要なんだろう」と思うこともあるだろう。でも宇宙と生命の謎を解き明かすアストロバイオロジーの研究では、物理学を使って小惑星に探査機を着陸させる軌道を計算し、地学の知識で小惑星や地球の岩石の歴史を読み解き、化学を使って隕石に含まれるIOMやアミノ酸の構造を分析し、それらの物質がどうやって生命へと変わっていったのかを生物学で考える…というふうに、理科のすべての教科が土台になっていることがわかる。分野の壁を超えて、究極の問いに迫れるのがアストロバイオロジーの魅力かもしれない。
最後に、癸生川先生からメッセージをいただいた。
「『これが知りたい』という好奇心が研究の駆動力なので、ぜひ好奇心を大切にしてほしいですね。最近は、タイパやコスパといった効率を重視する若い人が増えているかもしれないけれど、一見遠回りに思えることや、無駄に思えることにも目を向けてほしい。研究って予想外なことや、失敗に思えたことからおもしろい発見が生まれたりすることも多いのです。諦めたらおしまい。だから、ある意味しぶとさも必要だと思います。私も博士課程のときに、隕石の有機物を分析していたつもりで、実はコンタミネーション、汚染された物質を見ていたという苦い経験があります。でも負けるものかと、どんなときにコンタミネーションが起きるのかなどいろいろ分析して論文にまとめました。どんなことでもプラスに変えていくエネルギーって大切ですよ」
おすすめの本やサイト
アストロバイオロジーに興味のある人におすすめの本を癸生川先生に教えてもらったよ!
教科書的なもの
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『宇宙・地球化学』 (朝倉化学大系 6) 野津憲治 (著) 朝倉書店
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『宇宙地球科学』 佐藤 文衛 (著), 綱川 秀夫 (著) 講談社
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『宇宙生命論』 海部 宣男 (編集), 星 元紀 (編集), 丸山 茂徳 (編集) 東京大学出版会
読みやすいもの
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『新説 宇宙生命学』 日下部 展彦 (著), 田村 元秀 (監修) カンゼン
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『科学者18人にお尋ねします。宇宙には誰かいますか? 』 佐藤勝彦 (監修), 縣秀彦 (編集) 河出書房新社
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『南極で隕石をさがす』 (極地研ライブラリー) 小島秀康 (著), 藤井 理行 (編集), 本山 秀明 (編集) 成山堂書店
博士号を取りたい人は必読!
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『博士号のとり方[第7版]―学生と指導教員のための実践ハンドブック―』 E・M・フィリップス (著), C・G・ジョンソン (著), 角谷 快彦 (翻訳) 名古屋大学出版会
webサイト
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東京科学大学 地球生命研究所(Earth-Life Science Institute: ELSI [エルシー])
https://www.elsi.jp文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラムにより2012年に設置された研究所。「地球と生命の起源」を地球科学、生命科学、惑星科学をはじめと学際的な統合アプローチによって探究。癸生川先生も主任研究員だ。研究ハイライトなどのニュースやブログ記事で最新の同研究所の研究成果がわかるほか、一般講演会などのイベント情報も得られる。
(取材・文:「生命科学DOKIDOKI研究室」編集 高城佐知子)