公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

「サイエンスカフェ2017」レポート
生命科学関連のさまざまな講義と
最先端の医工連携施設での実習に参加した2日間

第2部 若手研究者に聞く

機械工学で培った技術や発想を医学に活かす

講義第2部は清水達也先生の司会で「若手研究者に聞く」。TWInsで研究活動を行っている4人の若手研究者による講義だ。

まずは早稲田大学大学院梅津研究室・修士2年の戸部友輔先生。
戸部先生は早稲田大学創造理工学部総合機械工学科から大学院に進み、現在は東京女子医科大学先進生命医科学研究所の清水先生のもとで再生医療の研究を行っている。

戸部先生は「機械工学を学んだ自分がなぜ医学領域の研究を行っているのか?」という素朴な疑問に答える形で話を進めた。
「大学に入学する前は、自動車やエンジン、あるいはロボットのことを勉強したいと進学したのですが、現在ぼくが行っているのは、生体外で心臓を創ろうという研究です。機械科出身のぼくが生物とか医学の研究の中でどんなことができるのか、疑問を持つ人もいるかもしれませんね。
細胞シートを用いて厚みのある組織をつくるためには栄養供給システムの構築が欠かせません。例えば組織に培養液を流すポンプや、組織を入れる容器の設計など、機器やデバイスの設計にあたって機械科の知識が生きてくるのです」

もともと生き物を飼うのが好きだった戸部先生は、小さいときから漠然と将来は生き物に携わる仕事がしたいなと思っていたという。高校生になって進学について真剣に考える時期になったときも、人と機械の融合を学びたいと、選んだのが機械工学科だった。
「大学入学直後に研究室を見学する機会があって、そのときに人工心臓をはじめとした医療分野での工学の活躍を知りました。工学の知識を医療に活かすことで人の健康に貢献できるのかと非常に興味を抱いて、医療工学という分野に入りたいなと強く思ったのです。特に、細胞シートが動いている動画には衝撃を受けました。もし体の外で臓器ができたら人の命を救えるんだとワクワクして、頑張って勉強して梅津研究室に進むことができ、現在大学院修士で先端生命医科学研究所で研究をしているわけです」

しかし、研究はけっこう大変で、自分の思い通りに進むことはまれ。一朝一夕では結果が得られないことを知るが、むしろそれがやりがいにつながる、と戸部先生。
「簡単じゃないからこそ、また世界でだれもやってないからこそ、そこにやりがいがあります。思い通りにいかないのには必ず理由があるのであって、自分に足りない知識を補わなければいけないし、どうしてうまくいかなかったのか徹底的に考えないといけないので、非常に苦しいときもあるけれど、その苦しさを乗り越えてうまくいったときの達成感は何物にも代えがたい。だからこそ研究が好きで、楽しいのだと思います」

色んなことに興味を持ち、知識や経験や大事にしよう

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 助教の関谷佐智子先生は薬学部出身。薬剤師免許を持つ薬学博士だが、現在取り組んでいるのは、腎臓の再生医療だ。
「腎臓は血液をろ過して老廃物や塩分を尿として体の外に出す重要な働きをする臓器です。腎臓の働きが悪くなると、老廃物が取り除けなくなり尿毒症になって命にもかかわりますが、透析治療か腎移植でしか救うことができません。もし、細胞から腎臓をつくることができれば、透析合併症を防ぐことができるし、移植ができるようになれば、ドナーを待つ必要もなくなります」
とはいえ、臓器の中でも腎臓の構造は非常に複雑で、秩序だった機能を持つ腎臓をつくり出すことはきわめて難しい。腎臓に直接細胞シートを貼って腎機能を維持する研究にも携わっており、「ひとつでも自分のやっていることが医療に役立てればなと思って研究を続けています」と関谷先生。

再生医療研究の最前線に立つ関谷先生だが、高校生のときは学校の先生の影響で数学の先生になりたいと思っていたという。しかし、進路で悩んでいたときに両親から「女性が自立して生きていくには資格が必要」とアドバイスされ、選んだのが薬学部だった。
そんな先生が研究者になろうと思ったのはかなり遅かったという。
「当時、薬学部は4年生までで、卒業すると多くが、調剤薬局か病院の薬剤師になります。私は4年生時に配属した研究室で初めて研究に携わり、興味を持ち、大学院に進みました」

関谷先生が高校生へのメッセージとして紹介したのは、大学在学中のエピソードだ。
「あるとき、あまりお会いできない先生と偶然お会いし、研究について少しお話ししたときに、研究を行う上で、目的とは別の価値あるものを見つける能力は大事なので、目的外の思いがけない結果も、『関係ない』と捨てずに大事にしてくださいとお話をいただきました。思わぬ発見になるかもしれないからです。その点に気づくか気づかないかは、広く深く様々なことについて学んで経験し、関連性をさっと引き出せるかどうかの違いだと思います。みなさんは高校生なのでまだまだ時間があります。自分に興味がないことでもとりあえず聞いておく、とりあえず経験しておくというのも将来何かに役立つ引き出しになる可能性があります。食わず嫌いにならずに、いろんなことを学んでどんどん知識、可能性を広げていってください」

コミュニケーションの大切さ

小久保舞美先生は、高校卒業後に東京理科大学理学部化学科に進み、東海大学で医学博士となる。研究歴は慶應大学医学部神経免疫研究グループ、東海大学医学部外科学系整形外科学、東京女子医科大学先端生命医科学研究所と多岐にわたり、現在はCPCと呼ばれる細胞加工施設の管理と作業を担当しながら肺の再生医療の研究に取り組んでいる。

研究者をめざすようになったのは高校1年生のとき大好きなお祖母さんの他界がきっかけという。
「祖母の他界をきっかけに医療関係の本を読むようになりました。特に心に残ったのが山崎豊子さんの小説『白い巨塔』でした。登場人物の中でも里見脩二という、研究一途に患者さんと向き合う先生に魅かれ、研究員に興味を持ったのが始まりです。」

大学2年の夏から卒業まで、慶應大学医学部神経免疫研究グループで研究の補助をするアルバイトに就いた。それが小久保先生を再生医療の研究に導いた。
「大学を卒業したあとそのまま慶應大学医学部神経免疫研究グループの研究助手になり、病態モデルの作製や培養技術などを含めた実験技術全般を学びました。慶應大学のプロジェクトが終わって、東海大学に移籍し博士号を取得しました。そのとき教授から与えられた研究テーマが、細胞シートを使った軟骨再生でした。生体内での軟骨の環境をいかに再現するか。滑膜細胞と共培養すると軟骨細胞の育ちがよく、培養期間を短縮できることなどを発見し、研究チームの一員として臨床応用を行うことができました。」

研究を続けてきてよかったのは「人との出会いとやりがい」と小久保先生。
「いろいろな夢を持った友だちができ、さまざまな研究内容に触れることで引出しが増えました。自分が関わってきたチームの研究が臨床研究まで進み、患者さんの病気が治るところを見ることができました。実際に患者さんの喜びの声を聞く事ができた時、研究してきてよかったな。と、つくづく思いました。」

最後に
「研究成果が得られるまでには苦労も多い。私が関わってきた研究では、軟骨の研究は臨床応用までに約6年、肺の研究は約15年の歳月がかかっています。私の場合、人生では浪人という失敗を経験していますが、さまざまな失敗や壁を乗り越えるたびに自信がつき、成長することができました。それは自分一人の力だけでなく、家族や友人、同僚、所属の先生方など、周りの人に時に助けられ、時に共に切磋琢磨することが出来たからこそ、乗り越えることができたのだと思います。人とのコミュニケーションを大切に。3人集まれば文殊の知恵。喜びは倍に。悲しみは半分になります。また、英語など、母国語以外の言語を学びましょう。さらに世界が広がります。」

就職は「安定」なのか? アメリカ人から学ぶ

現在、先端生命医科学研究所で助教として活躍する高橋宏信先生は、九州大学工学部から大学院に進み、博士課程を修了。博士号を取得して、そのまま大学で研究を続けるか、企業に就職するかの選択肢の中で、選んだのはアメリカの大学で研究することで、コロラド州立大学とユタ大学で2年半を過ごした。

「アメリカの大学で研究するという夢は達成しましたが、その後どうしようかと考えたとき、日本に帰って大学で研究を続けるか、あるいは企業に就職するのがいいか迷いました。そこで当時のアメリカのボス(教授)に相談したんです。『大学で好きな研究をするのも1つの手だけど、就職して安定するのもいいのかなとも考えています』と。するとボスからは『きみのいっている意味がわからない』と言われました。ぼくは、研究はおもしろいが、ポストを得られるかどうかリスクも高い。それより企業に入って安定するのもいいと考えたのですが、アメリカ人の彼には企業に入って安定するという意味がわからなかったのです。アメリカでは企業に就職してもそこでスキルアップして自分がもっと上のポジションに行けるだけの成長をしたと思ったら、どんどん上の企業に移っていくのが当たり前。日本のように1つの企業に入ったらずっとそこにいるという発想はありません。そこで思ったのは、自分の中にある価値観だけで選択するのではなく、いろいろな人の意見を聞けば見えてくるものがあるということでした。結局、『常に変化していけばいいじゃないか』というアメリカ的な選択をして、大学に残って研究する道を選び、現在のぼくがいます」

現在、高橋先生が取り組んでいるのは筋肉の再生だ。
「この研究では大学のときに一番初めに勉強した化学の分野の技術が必要になってきます。また、アメリカで研究したパターニングの技術もベースになっています。いろいろな分野の技術や知識といったものを、いま関係なくても興味を持ってやっていくと、あとになって役立つときがあると実感しています。また、失敗の中から新しい発見もあるもの。一発勝負ではなくて、いろいろな失敗の中からさまざまな発見があるのがおもしろいところで、そういうことを積み重ねていく中で、たまには失敗から生まれた技術が別の形となって実ることもあります。
研究に限らず、何か自分で取り組んでいく中で、たとえ失敗しても、もう1回やってみようとチャレンジする姿勢が大事です。ぼくの場合、それが楽しみでもあるので、研究を続けているといえるかもしれません」

懇親会

各校の自己紹介と班対抗クイズ合戦で親交を深める

講義のあとは夕食を兼ねた懇親会。歓談しながらバイキング形式の料理を楽しんだあと、参加各校の自己紹介が行われた。

大いに盛り上がったのは、翌日の施設見学や実習で一緒に行動するA、B、Cの3つの班対抗のクイズ大会。毎年行われているが、今年も、たとえば、英語、中国語、スペイン語、ヒンディー語のうち、話者の多い言語を順に並べよとか、アルファベット一つであらわされる元素を記せ、日本人のノーベル賞授賞者をフルネームで書けなど、チームごとに話し合うきっかけになるものが揃った。優勝チームには図書券がプレゼントされた。

興味深い講義を行ってくれた清水先生や、4人の若手研究者も懇親会に参加してくださり、高校生や引率の先生方と積極的にコミュニケーション。和やかな笑顔が広がった2時間半となった。

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