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回転しながら前に進む車輪を持ち協調して動く、魚の表皮細胞「ケラトサイト」~山口大学大学院創成科学研究科・岩楯研究室を訪ねて~

車輪は人類が生み出した優れた移動装置だが、魚にも車輪を使って移動する細胞があった! 車輪の持ち主は、魚の皮膚の表皮細胞であるケラトサイト。この細胞がユニークなのは車輪だけではない。皮膚を損傷したときケラトサイトは細胞同士で助けあい、協力しあって修復に働いていることもこのほど明らかになった。常識をひっくり返すような発見を行った山口大学理学部の岩楯研究室を訪ねた。

岩楯 好昭(いわだて・よしあき)

山口大学大学院創成科学研究科/理学部 教授

1970年東京生まれ。94年早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。99年同大学院理工学研究科(物理学及応用物理学専攻)修了。博士(理学)。博士課程の2年間同大学理工学部助手。99年徳島大学総合科学部助手。2004年山口大学理学部助教。08年科学技術振興機構さきがけ研究者。09年山口大学大学院医学系研究科准教授。22年現職。専門は生物物理学。趣味は釣り。現在はコロナ禍で中断しているが、毎年春、学生たちと瀬戸内海の島へクロダイ(チヌ)釣りに行くのが恒例行事。

ショートムービーで見る研究のあらまし

魚の皮膚に「車輪」を持つ細胞があった!

能動的・自律的に動くこと、それは生物の基本的な特徴のひとつだ。動物は動くから動物であり、一見すると大地に根を張って動かない植物にしても、枝や茎を伸ばし、花を咲かせて葉を繁らせ、動いている。

そもそも生物の基本的な構成単位である細胞自体が絶えず運動している。
アメーバや白血球などの細胞は仮足(かそく)と呼ばれる突起を出して前進するアメーバ運動をするし、精子が卵子をめざして泳いでいくのは鞭毛による運動。細胞分裂の際は細胞全体の変形や細胞内部の運動が欠かせない。私たちの命を脅かす病気であるがんも、細胞運動によって浸潤・転移を起こしていることがわかっている。

では、細胞は運動するために細胞内のどんな機構を使い、いかなるメカニズムで自分自身を動かしているのか?
この問いに答えようと、「ケラトサイト」と呼ばれる表皮細胞を使って研究を行っているのが山口大学大学院創成科学研究科・岩楯好昭教授の研究室だ。

ケラトサイトなんて、初めて聞くという読者も多いに違いない。魚のウロコの上に存在する細胞だ。ウロコは表皮のように思えるけれど、真皮に生じた骨質、すなわち皮骨で、その外側に表皮細胞であるケラトサイトが何層にも重なり魚の体を覆っているのだ。傷口ができると、ケラトサイトが迅速に移動して修復にあたることが知られている。

岩楯先生の研究室では、このケラトサイトを用いた研究で2018年と2022年に2つの注目すべき論文を発表した。
2018年に見つけたのは、なんと「車輪」。ケラトサイトには回転して動く車輪があるというのだ。車輪は人類が発明した文明の利器で、自転車や自動車などを考えればわかるように、エネルギー効率に優れた移動装置だ。しかし、自然界に回転運動する器官を持つ生物はいるものの、車輪そのものを持つ生物なんか存在しないはず…と思っていたら、なんと岩楯先生らは魚の皮膚にあるケラトサイトが車輪を回転させて移動していることを明らかにした。
2022年に発見したのは、魚の皮膚が傷ついた際に修復にかかわるケラトサイト集団のユニークな競合・協調行動。細胞集団が移動するとき、集団を引っ張るリーダー細胞に続いて、フォロワー細胞が仲間に加わってリーダーとなり、ヒトの治癒速度の50倍もの速さで傷を修復していたというのである!
車輪を持つ細胞といい、仲間と協力しあって進む細胞集団といい、まるで人間社会みたいなケラトサイトの世界は、いったいどうなっているのだろう?

発見の始まりは、地元紙の折込広告に載せた求人募集

車輪細胞はどうやって発見できたのだろうか?
話は2009年9月にさかのぼる。04年に山口大学理学部の助教となった岩楯先生は、当初、アメーバや粘菌を使った「細胞運動システム」の研究に取り組んでいた。08年には科学技術振興機構が行っている研究支援事業の1つ「さきがけ」に採択された。研究領域は「生命システムの動作原理と基盤技術」で、期間は3年半。研究費も支給される。

「助教の研究費だけではとても無理ですが、『さきがけ』に採択されるとたくさん予算もいただけるので、技術補佐をしてくれる人を雇うことにしました。でも、大学や研究機関が多い首都圏や京阪神ならともかく、山口でどのように探せばよいかわからない。まわりに相談して、新聞に折込広告を出すことにしました。たくさんの応募がありましたが、ふつうのパートだろうと勘違いした人たちばかりだったんです」

地元紙「サンデー山口」に掲載した折込広告

30人ぐらいが応募してきて面接したものの、ふさわしい人は見あたらない。ところが、たった1人、この仕事にピッタリと思える人がいた。
「それが、現在は学術研究員として私の片腕、いや両腕、いやいや両手両足的存在となっている沖村千夏(ちか)さんです」。

沖村さんは大分大学工学部の応用化学科を卒業後、熊本にある化学及血清療法研究所で4年ほど働いたのち結婚して退職。その後、山口に移り住み、専業主婦をしていた。もう一度研究の仕事をしたいと思うようになったものの、学位を持っているわけでもなく、ツテもなく、悶々とした日々を送っていたという。そんなところに目にしたのが、岩楯先生が出した「顕微鏡を使った生物実験補助」の仕事の広告。飛びつくようにして応募して採用が決まり、助教から准教授になったばかりの岩楯先生の研究室に通うようになった。

創成科学研究科で学術研究員として活躍する沖村千夏さん。2019年に学位を取得した。

この沖村さん、前の仕事では顕微鏡なんてまったく使っていなかったが、細胞の中できらめく分子の美しさにあっという間に顕微鏡に夢中になったという。「慣れないうちは何度も岩楯先生にネチネチ嫌味を言われた」けれど、それにもめげないとても優れた根性の持ち主。そんな沖村さんが顕微鏡のエキスパートになって観察することになったのは、魚の表皮層にあるたくさんの細胞集団を消化酵素でバラバラにした1個のケラトサイト細胞だった。

「これがケラトサイトです。餃子みたいな形をしているでしょう。さきがけが終わったころからケラトサイトを実験材料に使い始めました。ケラトサイトに注目したのは、まず形がカッコイイから。ぼくは物理出身で、物理の人間ってどうしても形に憧れるところがあるんですよ。しかもケラトサイトはアメーバ運動によって移動していくときに、この餃子の形をキープしたまま動くのです。なぜ細胞の形を変えずに動けるのかが不思議で、沖村さんに観察してもらいました」

岩楯先生にケラトサイトが動く様子を見せていただく。たしかに餃子そっくり! 餃子のヒダにあたる部分は「葉状仮足」で、葉っぱの形をした足のように見えることからこう呼ばれる。餃子の具にあたる部分が、核を含む細胞体だ。その細胞体のまわりに、アクチンとミオシンというタンパク質からなるストレスファイバと呼ばれる繊維が配置されており、移動するときは、ヒダの部分を前、具の部分を後ろにして動く。

ケラトサイトの構造

ケラトサイトの遊走(3秒)

本当に焼餃子がスイスイ泳いでいるみたいだ!

一般的なアメーバ細胞の内部では、細胞の前方でアクチンという粒状のタンパク質が次々と連なり(これを重合という)、前端が押されて伸びていく。細胞の後ろの方ではストレスファイバが筋肉のように収縮することで後端が縮む。このように、前が伸びて後ろが縮むという局所的な変形を繰り返して、アメーバ細胞は前に移動していく。

アクチン重合による前端の伸長とストレスファイバ収縮による後端の短縮によって、通常のアメーバ細胞は前に進む。

ところが、ケラトサイトの細胞は、ストレスファイバが進行方向とほぼ垂直に配置されている。ストレスファイバの収縮を利用して移動するのであれば効率がいかにも悪そうなのに、一般的なアメーバ細胞より10倍も速く動く。移動にあわせて形が変わることもない。それどころかケラトサイトは細胞がちぎれても同じ形になって動くのだ。こんな奇妙キテレツなケラトサイトは当然、奇妙キテレツなメカニズムで移動しているはずだろう。その秘密を探ろうと岩楯先生は考えたのだ。

回転しているストレスファイバを光シート顕微鏡で撮影

まずはストレスファイバの観察だ。沖村さんは、ストレスファイバが染色されたケラトサイトを毎日顕微鏡で観察していて気づいたことがあった。それは、ストレスファイバがまるで車輪のように回っているように見えることだった。報告を受けた岩楯先生はいぶかった。
「アメーバ運動の常識として、細胞膜や細胞質が運動にともなって動くことはあっても、細胞の骨格となるストレスファイバが回転するなんて聞いたことがありません。もし本当だとしたらおもしろすぎると思いました」

首をかしげながらも沖村さんに詳しく調べることを指示。そこで沖村さんはケラトサイトの固定標本の断層像を撮影し、ストレスファイバの立体的な配置を検討した。その結果、ストレスファイバがラグビーボールの縫い目のように細胞体を取り囲んで配置されていることがわかった。たしかにこれなら、回転しても不思議ではない。

本当に回転しているかどうかを確かめるには、移動中の生きたケラトサイトの中で、このラグビーボールの縫い目が回転しているところを3次元の動画で撮影することだ。とはいえ、岩楯研には立体像を見ることのできる顕微鏡などない。しかし、それが可能な超高速な光シート顕微鏡*を開発した人がいた。愛知県岡崎市にある基礎生物学研究所の野中茂紀(しげのり)先生だ。野中先生に共同研究を申し込み、岩楯先生らは生きた魚を携えて、新幹線と電車を乗り継いで山口から岡崎まで行くことにした。

*光シート顕微鏡:シート状の励起光を試料側方から照射する蛍光顕微鏡。励起光が当たっていない箇所から蛍光が発せられないため。ボケの少ない像を得ることができる。低褪色,低光毒性,高速性,深部観察能の特徴があり、生物個体や組織の生体イメージングに適している。

「魚が死んでしまうと皮膚もだめになってしまうのでいいケラトサイトが採取できません。最初は生きた魚を水がたっぷりのビニール袋に入れて岡崎まで運んでいきました。2回目以降は、シャーレの中にケラトサイトを接着させたカバーガラスを入れて培地で満たし、2日分を持って移動。野中研でポスドクをしていた谷口篤史(あつし)さんと夜中まで作業を続け、ついにストレスファイバをうまく撮影することができました。処理した動画を確認してみると、ストレスファイバは見事に回っていました。長い研究生活の中でもそう味わえることのない、幸せな瞬間でしたね」

さらに、移動中のケラトサイトの一部をレーザーで焼いて車輪を壊すと、ケラトサイトがバランスを崩してうまく移動できなくなること、また、細胞の前後端を切り離しても、細胞体内のストレスファイバの車輪が回転を続けたことから、ストレスファイバが自律的に回転しており、この車輪の回転が細胞移動の原動力となっていることを証明した。

ケラトサイトのストレスファイバ。A) ストレスファイバ (SF) の模式図。B) 細胞体内の SF の立体像。C) A の枠で切った断面の動画の抜粋。Bars; 5µm。

回転している様子(1秒)

ラグビーボールが回っているぞ!

もっか岩楯研究室で取り組んでいるのが、回転運動を生み出すメカニズムの探求だ。人類はピストン運動という直線運動をクランクシャフトが回転運動に変換することで自動車のエンジンを発明した。ストレスファイバはアクチンとミオシンでできている繊維だから、ピストン運動と同様、直線的な収縮しかできないはず。その直線運動をどのように回転運動に変換しているのか? クランクシャフトは持っていないから、おそらくもっとシンプルな原理のはずで、エンジンと違い、細胞の柔らかさに秘密があるのではないかと考え研究を進めているところだという。

ケーブルをブチ切ってフォロワーがリーダーに

2022年4月、岩楯先生らのチームは、ケラトサイトの集団運動にかかわるユニークな研究を発表した。プレスリリースのタイトルは、「魚の傷をあっという間に修復するのは、細胞たちのホワイト企業?」。魚の傷が治るのはヒトの皮膚の治癒速度の50倍も速く、その理由がケラトサイトの細胞集団のユニークな競合・協調行動にあることを示した研究だ。

皮膚が傷つき穴があくと、ダメージを受けた部分の生き残った細胞が活性化して、集団で動いて表層の穴を塞ごうとする。このとき、「リーダー細胞」と呼ばれる先頭の細胞たちが、アクトミオシンケーブル*と呼ばれる筋肉のように収縮する繊維を介して一列に連結し、「フォロワー細胞」たちを牽引していくか、仮足を伸ばしてアメーバ運動をするなどして、穴を小さくしていく。穴を修復する際の基本的なメカニズムはヒトも魚も同じだ。

*アクトミオシンケーブル:アクチンフィラメントと運動性タンパク質ミオシンの複合体。アクチンフィラメントよりも太く、筋肉のように収縮する繊維。

一般的な創傷治癒では、表層にあいた穴を巾着のヒモを絞るように、アクトミオシンケーブルが収縮するか、個々のリーダー細胞が仮足を伸ばしてアメーバ運動して小さくする。いずれもリーダー細胞が先頭に立つ。

ヒトなどの上皮細胞集団では、リーダーはそれぞれ単独で動き、後続のフォロワー細胞同士がケーブルでつながれ、引っ張られていく。これに対して、魚の上皮細胞であるケラトサイトでは、リーダー細胞がケーブルを介して数珠つなぎになり、集団で半円形のシート状の形を保ったまま拡大していくことがわかっている。

一般的な上皮細胞集団の移動と魚のケラトサイト集団の移動。一般的な細胞集団は単独リーダーがそれぞれ牽引。ケラトサイト集団はリーダー細胞間のケーブルによる連結で相似拡大。

勝手気ままに不定形に拡大していくヒトなどの上皮細胞集団と違って、どうしてケラトサイトは整然と形を維持したまま広がっていくのか。これまで不明だった拡大の過程を明らかにしたのが岩楯先生らの研究だ。

研究のきっかけを岩楯先生が教えてくれた。
「魚の皮膚からウロコを1枚取ってカバーガラスに付着させると、ウロコの表面からケラトサイトの集団がカバーガラス上に這い出てくるんですよ。そして時間とともに広がっていく。これは皮膚が傷を負ったときにあらわれる反応と同じですが、あるときふと、広がるのは不思議だ!と気づいたのです。細胞分裂によって大きくなっているわけでも、個々の細胞が大きくなっていくわけでもないのに、なぜ大きくなれるんだろうって。ケラトサイトを使う研究者はみんなこれを見ているのに誰も不思議だと気づかなかったんですよ。しめたと思いましたね」

魚の上皮細胞ケラトサイトの集団運動。先導端を伸ばしながら集団が相似拡大する。

相似拡大中の動画(4秒)

「不思議だ!なぜかな?」が研究のスタートなんだね!

そこで、東京大学大学院薬学系研究科の上野匡先生、浦野泰照先生が開発した蛍光試薬を使わせていただき、拡大中のケラトサイト細胞シートのアクチンをライブイメージングで観察することにした。

観察すると、先頭にいるリーダー細胞たちがお互いをケーブルでつないで集団の形を維持しながら広がっていく過程で、後ろから来たフォロワー細胞が割り込んでいく様子を捉えることができた。ガッチリ手をつないでいるように連結したリーダー同士のアクトミオシンケーブルを、なんと、フォロワー細胞が仮足を伸ばしてブチッと蹴りちぎっていたのである。

ケラトサイト集団の先導端。全リーダー細胞は葉状仮足を広げると同時にアクトミオシンケーブルで連結している。

フォロワー細胞の仮足伸長によるリーダー細胞間のアクトミオシンケーブルの切断。リーダー細胞 (*) 間のケーブル (矢じり) がフォロワー細胞 (矢印) の仮足の伸長によって切断されている (5分)。

フォロワー細胞のリーダーへの昇進。

「最初、フォロワー細胞が無理やり割り込んで、リーダー細胞へとのし上がっていくように見えたので、『下剋上かな』と思ったのですが、よく見るとリーダー細胞はフォロワー細胞と競合しつつも協調していて、フォロワー細胞をリーダーに昇進させることで集団を拡大させていることがわかりました」
ちょうど社員思いのホワイト企業が急成長するさまを連想させる、と岩楯先生は語る。
「アクトミオシンケーブルは、ふつうは『お前たち、前に出てくるなよ』という指令のようなもので、これがあるせいでフォロワーはリーダーになれません。でもホワイト企業であるケラトサイト社は、独断専行のリーダーが引っ張るのではなく、働き者のリーダーたちが協力して多くのフォロワーを引っ張り上げ、有能なフォロワーをどんどんリーダーに昇進させているのです」

一般的な生命現象は化学反応によって起きるが、ここで働いているのは、ケーブルを「ちぎる」という力学的な作用だ。表皮が損傷を受けるような非常事態のときは、ウロコ表面のケラトサイトを総動員してできるだけ速く効率よく傷を塞ごうとする。そのためにはピーンと張ったアクトミオシンケーブルの張力を均一に保つように、弱くなった部分ができると、後続の細胞が蹴りちぎって入り込んで張力を回復させるのではないかと岩楯先生は考えている。

この研究結果の意義について岩楯先生は次のように語っている。
「皮膚の傷などは、上皮細胞の自然治癒力によって修復されるので、上皮細胞がいかに効率よく移動できるかが重要になってきます。例えば、上皮細胞に適切な力学的刺激を与えることで、傷の修復速度を上げることができるようになればおもしろいですね」

今後の研究課題は、最終的に傷口を塞ぐメカニズムの解明。傷口が塞がるときはケラトサイトが広がっていくのとは別の縮まっていくメカニズムが働いているはずで、それを明らかにしたいと取り組んでいるところだ。

アンテナを広げ、オンリーワンの研究に取り組む

岩楯先生は応用物理学科の出身。同じ卒業生の中には宇宙物理や物性物理の方面に進む人もいたが、岩楯先生が選んだのが生物物理だった。
「できの悪い浪人生のとき、予備校の物理の先生が『これからは生物だ』と言っていたのを覚えていて、大学4年の卒論配属のときに、生物を物理現象として見るのもおもしろいかなと選んだのが生物物理でした。学生のときはゾウリムシとか原生動物の運動について研究していて、そのあと単細胞の細胞性粘菌を使ってアメーバ運動に取り組みました。私たちの身近にもアメーバ運動が見られます。白血球はアメーバ運動で移動していくし、神経細胞が発生の過程で伸びていくときにも同じようにアメーバ運動します。だからアメーバ運動を研究することは私たちの体の仕組みを知ることにつながっています。とはいえ、現在、主に取り組んでいるケラトサイトを使っている人は多くないので、研究室のメインの材料にするのは結構勇気が入りました」

研究室を主宰するようになるまでのプロセスで大きかったのが、生物の縞模様がチューリング・パターンであることを世界で初めて実証した、大阪大学の近藤滋教授*との出会いだという。

*近藤滋教授の研究については、
いま注目の最先端研究・技術探検! 第15回「生き物のからだの模様をつくりだす仕組みにズーム・イン!」を参照

岩楯先生が早稲田大学の助手から徳島大学の助手に転じたころ、同じ徳島大学の教授にいたのが近藤先生だった。やがて近藤先生は徳島大学から理化学研究所に移っていったが、残していった言葉がある。
「『おもしろい研究のテーマというのは天から降ってくるものだ。研究の神さまがいつ落としてくれるかわからないから、常に空を見上げて風呂敷を広げてないとダメで、教科書に書いてあることなんかむしろ全部嘘っぱちだと思え』とおっしゃっていました。以来、ことあるごとにアイデアで勝負できるおもしろい話はないかと考えるようにしています」

要するに、常識にとらわれるのではなく、自由な発想と創意工夫によって型にはまった思考を乗り越えていきなさい、とのアドバイスだったのだろうが、「とことんおもしろさを追求しよう」と岩楯先生は思うようになった。

もうひとつ、岩楯先生の背中を押したのが近藤先生の次の言葉だった。
「いつまでもマイナーなことばかりやっていてはだめだよ。メジャーリーグで勝負しなさい」
その言葉を受けて、それまでたいした成果をあげていなかったと感じていた岩楯先生が新たな分野にチャレンジしようと決めたのが、アメーバの研究だった。「さきがけ」に応募して採択され、研究者同士が集まるミーティングに出席したとき、そこに領域アドバイザーとして参加していたのが近藤先生だった。岩楯先生を見つけると、こう歓迎の言葉を述べてくれた。
「メジャーの世界にようこそ」。

「あのときはものすごく嬉しかったです。振り返ってみると、生命科学を研究するぼくらの業界って、人に助けてもらうことがとても多い。あの人がいなかったら今、ここにはいないなという足を向けて寝られない人が何人かいます。徳島時代、右も左もわからなくて何とかしなきゃと考えていたときに近藤先生が助けてくださったし、その前にも複数の先生や先輩にサポートしていただきました。真面目にやっていると、だれか見てくれているものなんですね」

天から降ってくるテーマを待ち受けて、さまざまにアンテナを広げ、ほかの研究室ではやっていないようなテーマに、だれもやっていない方法で取り組んでいきたいと熱く語る岩楯先生。細胞は実に多種多様で、まだまだびっくり仰天するような未知の機構を隠し持っているに違いないと考えている。

「最近の生物学は、数理モデルをもとにシミュレーションで生命現象のメカニズムを予測して、実験と組み合わせて実証するというパターンがけっこう多いんですね。いまさらぼくがそれを真似してもかなうわけありません。ところが、ロボットで機械モデルをつくって、それで細胞のメカニズムを予言し、実際に顕微鏡で観察する、という変人はあんまりいません。このスタイルでやってみたい。ぼくは旋盤を回したりハンダ付けをするのが得意なのです。今後に期待していてください」

やがてまたびっくりするような報告が、岩楯研から飛び出してくるかもしれない。

ケラトサイト採取もかねて、岩楯研では瀬戸内海の島へチヌを釣りにいく。魚によってケラトサイトの形も違い、アジのケラトサイトがカッコイイとか。

大物が釣れて、研究と一石二鳥の楽しみがあるね♪

写真・図版類は、岩楯研究室提供

(2022年7月26日更新)