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「右利きのヘビ」が引き起こした左巻きカタツムリの進化~早稲田大学 進化生物学研究室 細将貴先生に聞く~

公園や道端で、雨の日などによく目にするカタツムリ。ほとんどが右巻きだが、沖縄には左巻きのカタツムリが何種類かいる。右巻きばかりの集団の中では左巻きは交尾相手にめぐまれず圧倒的に不利なはずなのに、なぜ左巻きが進化してきたのか? 長年解けなかったその謎に、「右巻きカタツムリを食べるのが得意な右利きのヘビがいたから」という仮説で挑んだのが早稲田大学の細先生。仮説をどのように検証し、大昔に起きた進化の秘密に迫ったのだろう?

細 将貴(ほそ・まさき)

早稲田大学 教育学部理学科 生物学専修 准教授

1980年和歌山県田辺市生まれ。2003年京都大学総合人間学部卒業。05年同大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科一貫制博士課程修士号取得退学。08年同大学大学院理学研究科生物科学専攻修了。博士(理学)。東北大学大学院生命科学研究科、Naturalis Biodiversity Center(オランダ)等でのポスドクののち、京都大学白眉センター特定助教、東京大学大学院理学系研究科特任助教、武蔵野美術大学造形学部准教授を経て、21年より現職。著書に「右利きのヘビ仮説―追うヘビ、逃げるカタツムリの右と左の共進化」(東海大学出版会)など。

ショートムービーで見る研究のあらまし

レアな存在の左巻きカタツムリ

コロナ禍で、自宅近くの公園での朝の散歩が日課となっていたある日、知人からこう呼び止められた。

「先日ここで一緒に撮ったカタツムリの写真をインスタに載せたら、1万匹に1匹の割合でしかいない超レアな左巻きのカタツムリなんだって! あの写真、大切にしたほうがいいわよ」

残念ながら、きれいに撮れなかったのでその写真はさっさと削除してしまった。本当にレアなら惜しいことをしたとつぶやきながらインターネットで調べてみたら、たしかにカタツムリの大部分は右巻きで左巻きは珍しいようだ。例えばイギリスでは、2016年、コンポストの山から左巻きのカタツムリが見つかり、ノッティンガム大学の研究者たちが「ジェレミー」と名づけて、SNSを駆使して交尾の相手を探したところ、スペインとイギリスに恋のお相手が見つかったというので世界的なニュースになったほどだ。

それ以来、公園を歩くたびにカタツムリがどちら巻きかをチェックする癖がついてしまったのだが、なんと、次々に見つかるのは左巻きばかり。交尾しているのも左巻きだし、1cmにも満たない赤ちゃんカタツムリも左巻き。とすると、この公園は左巻きカタツムリがゴロゴロいる別天地で、左巻きの聖地だったのか!?

カタツムリの殻を正面から見て、
殻口が左にあれば左巻きだよ!

不思議に思って再度ネットで調べると、なるほど世界的に見ればカタツムリの圧倒的多くは右巻きで日本列島も同じなのだが、なぜか関東から東北地方にかけての本州北部、それに周辺の島、さらには沖縄あたりには左巻きのカタツムリが分布しているらしい。調べるなかで、「左巻きカタツムリの進化の謎」について探求している研究者がいることを知った。早稲田大学准教授の細将貴先生である。
さっそく細先生にオンラインでお話をうかがった。

そもそも左巻きのカタツムリが珍しいのはなぜなんだろう?
「カタツムリは雌雄同体*でオス・メスの区別はありませんが、右巻きのカタツムリと左巻きのカタツムリでは交尾しづらいのです。右巻きばかりの集団の中に突然変異で左巻きがあらわれたとしても、1匹だけでは交尾ができないから子孫は残せません。左巻きが複数いたとしても、そもそもパートナーを見つけるチャンスが少ないし、さらにカタツムリが左右どちら巻きになるかは、『遅滞遺伝』といって母親の遺伝型によって決まる特殊な遺伝様式ですから、複数世代を経ないと左巻きのカタツムリが誕生しないのです」

*雌雄同体:同じ個体中に雌と雄の生殖器官をもつもの。雌雄異体の対語。カタツムリやミミズなどに見られる。雌雄同体であっても、2 匹が交接して生殖を行うものが多い。

このような繁殖上の不利を乗り越えて、新たな種として右巻きの集団から左巻きが分化するには、左巻きの不利を覆す何らかの条件があるはずだ。しかし、左巻きカタツムリの進化の起源については、それまで解き明かされていなかったという。

“幻のヘビ”の研究など無理といったんは諦めたが

左巻きカタツムリの進化の謎を解く仮説を細先生が思いついたのは、京都大学4年生のことだった。

「野生生物研究会のサークル仲間から、西表島と石垣島にしか生息していない、カタツムリばかり食べる珍しいヘビの話を聞いたことがあったんです。学部時代から沖縄に興味を持っていて、2年次には西表島で開講された4泊5日の実習に参加したこともあった私は、西表島に左巻きのカタツムリがいることも知っていました。卒業研究の合間にあれこれ夢想していたある日、ふと、そのヘビの分布域と左巻きのカタツムリの分布域とが重なっていることに気づきました。そして、もし多数派の右巻きカタツムリを食べるのに特化した右利きのヘビがいるなら、左巻きのカタツムリが生き残りやすくなるのではないかとひらめいたのです」
「右利きのヘビ仮説」のアイデアが降ってきたのである。

セダカヘビ科ヘビ類とニッポンマイマイ属カタツムリ類の分布。ニッポンマイマイ属は、北は青森から南は台湾まで分布する大型のカタツムリ。左巻きの種(赤)は、セダカヘビ類の分布(オレンジ)する琉球列島南西部に集中して分布している。

そのヘビは、石垣島の測候所に勤務する気象観測技術者、岩崎卓爾(いわさきたくじ)氏が採集し、1937年に新種として記載されたヘビ。胴体が縦に平たいことから「イワサキセダカ(=岩崎背高)ヘビ」と名づけられた。2例目の標本が採集されたのは17年後の1954年のことで、捕獲されれば地元の新聞に取り上げられるほどの“幻のヘビ”だ。
夜行性で森の奥深くに棲み、人目に触れることが滅多にない。現在、レッドデータブックで準絶滅危惧種に指定されており、捕らえるどころか目撃情報さえ乏しい。こんなヘビを研究対象にしようだなんてあまりに無謀だと、細先生はいったんは諦めた。

野生のイワサキセダカヘビ

「大学院は京大のアジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)に進み、淡水魚を対象に研究を始めました。でも、どうしてもヘビとカタツムリの物語が頭から離れない。淡水魚の研究は自分じゃなくてもできるはず。もっと自分ならではの研究をするべきじゃないかと悶々としていた修士課程1年目の夏、ある人のひとことで、くすぶる思いが再び燃え上がったのです」

ある人とは、ASAFASで助手をしていた百瀬邦泰(ももせくにやす)先生(その後、愛媛大学准教授となり、2007年38歳の若さでがんのため急逝)。他の院生から、細先生が「右利きのヘビ仮説」という研究テーマを持っていながら諦めたことを伝え聞いたのだろう、細先生のところにやってきて「なんかおもしろいネタを持っとるそうやないか」と聞いた。絵空事と一笑に付されるのを覚悟の上で仮説のあらましを説明すると、開口一番、「魚の研究なんかやっとる場合ではない。俺なら絶対こっちの研究をやる!」と言い残して去っていったという。

「そのひとことで、一度は諦めたイワサキセダカヘビの研究に着手することを決めたんです。もし進化の謎解きができなかったとしても、生態もあまりよく知られていないヘビですから、生物多様性の保全に貢献できるような、なんらかの研究はできるだろうと考えました」

標本から下顎の歯の左右差を発見

「右利きのヘビ仮説」を証明するための作戦はこうだ。
まずイワサキセダカヘビが右利きかどうか、右巻きのカタツムリを食べるのに特化した形態上の特色があるかどうかを調べる。次に、生きたヘビを使った行動実験で、右巻きのカタツムリを食べるのが得意であることを実証する。実際に野外で右巻きを食べた証拠があればさらによい。さらに、セダカヘビ類の分布域と左巻きのカタツムリの分布域とが重なっていることを示す。

「といっても、最初からきっちりした戦略があったわけじゃなかったんです。まずは何とかしてイワサキセダカヘビを手に入れるしかないと、修士1年の夏に勇んで西表島での野外調査を敢行しました。しかし、いきなり行ってそんな珍しいヘビが見つかるわけもなく、このときは無残な敗北に終わりました」

しかし、細先生はめげることはなかった。仮説を思いついた頃に読んだ論文に、イワサキセダカヘビを含むセダカヘビ類の下顎を覆うウロコが左右非対称であることが載っており、野生のイワサキセダカヘビが手に入らなくても、標本さえ手に入れば、解剖学的に調べることで右利き・左利きがわかるのではないかと考えていたからだ。

「論文の著者である琉球大学の太田英利教授(現・兵庫県立大学 自然・環境科学研究所教授)がイワサキセダカヘビの標本をお持ちでした。大変な親分肌の先生で、人づてにイワサキセダカヘビに興味を持っている学生がいると聞いて、骨格標本を貸してくださったのです」

修士1年の正月明けに太田先生からイワサキセダカヘビの頭部標本が届いた。赤く染まった左右の下顎の骨片をピンセットで拾い、シャーレに載せて顕微鏡で調べる。形や大きさにあまり違いはないようだ。がっかりして肉眼で見ると、レンズ越しでは気づかなかったが、歯と歯の間隔が左右で違うようだ。歯の数を数えてみると、右が24で左は16!
「下顎の歯の本数が左右で異なり、右の方が格段に多いのです。太田先生からお借りした他のイワサキセダカヘビの標本もすべて同じでした。自分の仮説を信じるべきたしかな理由が生まれた瞬間でした」

赤く染まったイワサキセダカヘビの頭部骨格。右顎の歯の間隔が狭く、数が多い。右図は、右巻きのカタツムリを食べる場合。左の下顎のほうが殻の奥深くまで動かすことができる。

下顎の歯の数の違いから右利きだということがどうしてわかるのだろう?
「セダカヘビは、カタツムリを殻ごと丸呑みするわけではありません。這って進むカタツムリの後ろから接近して軟体部にかみつき、カタツムリが殻の奥に逃れようとするところを、下顎の歯を前後に動かして中身を引き出しつつ食べるんです。ヘビは、人間が両手を別々に動かすのと同じように、下顎の左右を別々に動かすことができます。右巻きのカタツムリを食べる際、殻の外周側に位置する左の下顎のほうが殻の奥まで突っ込めるわけで、歯の数が少ないほうが中身に刺さりやすいのです」

イワサキセダカヘビが右巻きのカタツムリを捕食しているところ

軟体部にかみつき引きずり出しているところを逆から見た写真

イワサキセダカヘビを含むセダカヘビ科は15種が知られており、世界各地に分布している。他のセダカヘビでも下顎の左右非対称性が見られるだろうか? そこで細先生は、日本国内だけでなく外国の博物館や大学からも標本を借りることにし、北米28の博物館が所蔵する爬虫類標本のデータベースで標本のありかを調べ、貸し出し依頼のメールを送って、標本を取り寄せることにした。
「届いた標本を片っ端からレントゲン写真に撮りました。数カ月間、延々と歯の本数を数え続けたところ、イワサキセダカヘビだけでなく、セダカヘビ科のどの個体も基本的にすべて右の歯が多く左の歯が少ないことがわかりました。マラッカセダカヘビという熱帯のヘビだけが左右の歯の数が同じで、しばらく悶々としていたのですが、海外の図鑑にナメクジばかりを食べるヘビだという記述を見つけ、ホッとしましたね」

しかし、セダカヘビの歯の本数が左右で違うだけでは、カタツムリの左巻きへの進化までは説明できない。ここから先へ進むには、生きたイワサキセダカヘビを使って確かめることが必要だった。右利きのヘビが右巻きのカタツムリに特化している理由を、ヘビの行動から明らかにしたい。そのためには、西表島に行ってそこに生息するイワサキセダカヘビを捕まえてこなくてはならなかった。

ついに幻のヘビをゲット! 行動調査へ

細先生がイワサキセダカヘビを捕まえるために再び西表島に赴いたのは、修士2年の5月のこと。
「なにしろ“幻のヘビ”です。1カ月半ぐらいは西表島にいるつもりで、その間は一歩も島から出ないぞという意気込みで調査に出かけました。最初はどこを調べればいいかもわからないので、目撃者に話をうかがって調査地を決め、雨の日も風の日も毎夜、宿舎から調査地点まで自転車を漕ぎました。
運がよかったのか、西表島に行って2~3週間後の雨の日の帰り道、自転車のライトに照らされた路上をスルスル進む黄色いヘビを見つけました。ついにイワサキセダカヘビの捕獲に成功! 飼育ケージに入れて大切に持ち帰りました」

フィールド調査に出かけるときのいでたち。首にタオル、レインウエアに長靴または登山靴。目を守る眼鏡、ヘッドランプ、軍手をし、腰には森の中を切り進むための鉈、ヒップバッグには耐水紙製のノートやペン、コンパスに笛、ハブに噛まれたときに備えてのポイズンリムーバー、懐中電灯、予備の電池など。万全の装備で出かける。

このときの調査で捕獲できたのは1匹だけだったが、そのヘビが3日後に排泄した小さなフンを細先生は大切にとっておいた。京都に戻りそれをていねいにほぐしたところ、消化されずに残っていた歯舌(しぜつ)と顎板(がくばん)が見つかった。歯舌表面の微細構造を比較することによって、フンに含まれていたのは、西表島で最大の右巻きのカタツムリ、イッシキマイマイだと同定できた。イワサキセダカヘビが実際に右巻きのカタツムリを食べていることが実証できたのである! この研究成果は細先生の最初の学術論文となった。

カタツムリの口器を構成する硬組織の歯舌と顎板。フンから見つかった歯舌の微細構造を他のカタツムリの歯舌と走査顕微鏡で比較。歯舌の比較からニッポンマイマイ属と同定され、さらに顎板による同定から、食べられていたカタツムリはイッシキマイマイであることがわかった。
イッシキマイマイ、クロイワヒダリマキマイマイ:ナンバンマイマイ科ニッポンマイマイ属
タママイマイ:オナジマイマイ科ウスカワマイマイ属
クロイワオオケマイマイ:オナジマイマイ科オオベソマイマイ属

さて、ヘビを使っての行動実験で重要なのは、巻き方以外には違いがない、同じ種で、大きさも同じ右巻きと左巻きのカタツムリを使って比較することだ。しかし、カタツムリは基本的に種ごとに巻き方が決まっている。この難題をどう乗り切ったかというと…
「カタツムリの巻き方が異なると交尾ができないという論文で使われたのが、通常は右巻きのオナジマイマイの突然変異系統で、巻き方を決める遺伝子が壊れて、同じ親から右巻きと左巻きの両方が生まれてくる変異体でした。論文の著者の信州大学理学部の浅見崇比呂(あさみたかひろ)教授(現・特任教授)に、研究試料を提供していただいたのです」

右巻き(右)と左巻き(左)のオナジマイマイ。オナジマイマイは、オナジマイマイ科オナジマイマイ属に属する右巻きのカタツムリで、殻径は 11-16mm と小型で型殻が平たく軟体部が茶色の外来種。実験では、右巻きの通常個体と左巻きの変異個体を使用した。

細先生が、生きたイワサキセダカヘビを使って捕食行動を観察した結果、下顎の形態上の違いだけでなく、行動面でも右利きだとわかったという。
「イワサキセダカヘビは、右巻きを食べるときは90%以上の成功率なのに、左巻きの捕食にはずっと時間がかかるうえ、失敗することも多いのです。なぜ失敗するのかを観察すると、カタツムリを襲うときには後ろから忍び寄って頭を左に傾けて軟体部にかみつくのですが、右巻きのカタツムリでも左巻きでも、同じように頭を左に傾けるんです。すると左巻きの場合は、下顎じゃなくて、上顎が先に殻の中に入ってしまいます(図参照)。上顎ではカタツムリの軟体部を引っ張り出すことができないので、もう一度口を開けると、カタツムリを落っことしてしまうというわけです」

左巻きカタツムリを捕食しようとするとき。後ろから忍び寄って軟体部にかみつこうとするが、殻の中に閉じこもろうとするカタツムリを落としてしまう。

左巻きのカタツムリの捕食に失敗する動画(22秒)
©細 将貴、動物行動の映像データベース(データ番号:momo070216pi03b)

ヘビがカタツムリを襲うシーンだよ。
ヘビが苦手な人は注意してね。

捕食シーンの撮影にあたっては、試行錯誤を繰り返したという。
「最初は一晩じゅう録画が必要だろうと、当時、目が飛び出るほど高価だった1ギガバイトのメモリースティックを用意しましたが、画質が悪く、肝心の捕食シーンがよくわからずお役御免に。捕食シーンを逃さず撮るために、ケージの中に小さいケージを入れてみたり、カタツムリに棒の上だけを移動させようと両側面に食塩を貼り付けたり…。実験を重ねるなかで、1時間もしないうちにカタツムリを食べることがわかり、ピント合わせのコツも掴み、少しずつノウハウを蓄積していきました」

中に木の棒を渡したケージにイワサキセダカヘビを入れ恒温室で飼育する。ケージは霧吹きで湿らせ、部屋の明かりを消し、エサとなるカタツムリを棒の上に置く。木の棒に焦点をあわせて録画する。

このほかイワサキセダカヘビの飼育も大変だった。
「飼育についてのノウハウのない状態からスタートしたので、エサのカタツムリの与え方から始まってすごく苦労しました」

この研究では、ヘビにエサを与えることがそのまま実験でもあったので、エサとなるカタツムリもヘビと同じぐらい重要だった。実際にヘビと捕食関係にあるのは沖縄に生息しているカタツムリなので、実験用のカタツムリも沖縄まで獲りに出かけた。たくさんカタツムリを獲ってきては研究室にストックして実験を行い、カタツムリが足りなくなると沖縄に獲りにいくということを繰り返したそうだ。

「オナジマイマイだけでなく、別種の左巻きカタツムリでも試しました。大きいカタツムリではさらに捕食に失敗しがちなことや、右巻きのカタツムリでも成熟したイッシキマイマイは殻口部が変形していて、噛みつかれたあとにヘビの顎を振り切る機能があること、そしてイッシキマイマイの未成熟の個体では、食べられたと思っていたら自分のしっぽを切ってヘビから逃げていたことなど、ヘビとカタツムリの食う―食われる関係のせめぎあいのデータが積み上がっていったのです」

右巻きより左巻きのほうが、さらに、大きい左巻きカタツムリのほうが生き残る確率が高い。
注:ニッポンマイマイ属についてのデータは、右巻きとあるのがシュリマイマイ、左巻きとあるのがリュウキュウヒダリマキマイマイのもの。

総ページ数3000を超える全球規模の文献調査

一連の行動実験によって、イワサキセダカヘビが「右利き」であることは明らかになったが、まだゴールではなかった。
「仮説を説明するのに都合のいい例だけを集めても、それでは本当の意味での検証にはなりません。沖縄というローカルなスケールではなく、別の地域の他の系統のカタツムリでも、セダカヘビ類の存在が左巻きへの進化をうながしたことを検証する必要があると考えました」

そのためには、あらん限りの文献を集めて全球規模でカタツムリの分布を調べ、セダカヘビ類の分布との重複具合を確かめていかなければならない。英語だけでなく、ドイツ語や中国語のものなどを含め、流し読みしたカタツムリの図鑑や刊行物は総ページ数で3000を超えたという。
「オナジマイマイを提供してくださった浅見先生が、世界中のカタツムリを対象とした文献調査も行っていて、このとき先生のデータの元になったのは、全球規模に近い形で行われたカタツムリについての調査をまとめた50年ほど前のドイツ語の本でした。これを使えばかなりの地域をカバーする調べることができるだろうと思っていたのですが、データを持っていた浅見先生の共同研究者からはデータはないという返事。がっかりしていたら、別の研究者がコピーを持っていることがわかり、何とかそれをお借りして調べることができました。ドイツ語なので辞書を引き引きでしたが、この本のデータも含めて詳細に調べて、カタツムリの巻き方情報とセダカヘビ類の分布を統計解析したところ、セダカヘビの分布域では高い頻度で左巻きカタツムリが存在することがわかり、その傾向は大型カタツムリほど顕著でした」

左巻きカタツムリの割合は、セダカヘビ類の分布域で多く、とくに、殻径20mm以上のものでは左巻きカタツムリの割合が20%を超えていた。

こうして、「右利きのヘビ仮説」は実証され、その成果は論文となって世界に公開された。論文には世界中から大きな反響があり、国内の新聞・雑誌にも取り上げられたが、そのおかげで心に残ることがあった。
「ある新聞に載った記事を母が読んでくれて、『お前のやっていることがどういう意味があるのか、やっとわかった』と言ってくれたのが、すごくうれしかったですね」

しかし、残ったままの謎はまだある。
「沖縄の西表島など以外にも、日本では関東とか東北では左巻きのカタツムリが多く生息しています。これは残された謎の中でも大きいものの一つで、本州にセダカヘビはいません。にもかかわらず、左巻きのカタツムリがいる。可能性の一つとして考えられるのは、今のセダカヘビの分布がかつてはもっと北の方にも広がっていたかもしれないということ。左巻きの進化が起きた頃のこの地域の気候がわかったり、セダカヘビの化石が見つかったりすれば検証できるでしょうけれども、今のところまったくわかっていません」

細先生は現在、台湾をフィールドの一つとして、ヘビとカタツムリの共進化を探っている。台湾にはセダカヘビ科のヘビが数種類いて、左巻きカタツムリの種類も多く、さらに地域ごとにその分布に特色がある。そこでこのエリアのカタツムリで全ゲノム解析を行って、左巻きになった原因となる遺伝子を特定しようと考えているという。

細先生がこれまでを振り返って思うのは、さまざまな人との出会いの大きさだ。
「まず、妄想に近い仮説に挑むべきだと後押しをしてくれた百瀬先生、研究テーマを変更したのにそのまま修士課程で受け入れてくれた岩田明久先生の応援がありました。それから、博士課程でお世話になった堀道雄先生には、修士1年のときに潜り込んだ生物の左右性をテーマにした日本進化学会の年次大会で、初対面の院生が語る仮説を応援し、その後さまざまなサポートをしていただきました。骨格標本を提供してくれた太田先生、オナジマイマイを提供してくれた浅見先生、挙げ始めたらキリがありませんが…」
そうした出会いも、みな細先生のひたむきな熱意が呼び寄せた縁にちがいない。

「進化については、絶対にこうだと断言できる結論は出ませんし、完璧に研究することはできません。でもそこにロマンがあるし、『もしかしたらこうかもしれない』といろいろ想像が許されるところが面白いのではないでしょうか。挑戦し続ける価値のある謎は、身のまわりの自然にまだまだたくさんあると思います。左右というテーマに限っても、右のハサミばかり大きいカニや、カレイやヒラメの目の位置、ネジバナの右巻き左巻きなど、それぞれの生物にさまざまな物語があるはずで、これからもその謎解きにチャレンジしていきたいですね」

細先生は最後に若い世代へのメッセージとして、こんな言葉を贈ってくれた。
「憧れを大切にしてほしいと思います。憧れって、本気でそれに邁進すればきっと叶うものだと思うんですよ。もちろん、しょうもないものに憧れて、しょうもないことになってしまう可能性もあるでしょう。だから勉強することも大事です。それでも、熱意を持ち続けられる憧れがあったとしたらきっと本物だと思うので、つまらない計算などせずに、それに向かって突き進んでほしいと思います」

(2022年10月25日更新)