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腸と脳はつながっていた! 腸内細菌と認知症の関連を探る

「脳腸相関」という言葉を聞いたことがあるかな。脳と腸が自律神経系やホルモンなどを介して密接に関連していることを指す言葉で、腸の中にすむ腸内細菌が重要な役割を果たしているといわれる。長年、臨床現場で認知症の治療と予防に取り組んできた佐治直樹先生は、認知症の患者さんを対象にした研究で腸内細菌と認知機能に関係があることを日本で初めて明らかにした。腸内細菌は腸と脳のあいだでどんな働きをしているのだろうか?

佐治 直樹(さじ・なおき)

国立長寿医療研究センター もの忘れセンター 副センター長

1975年愛知県生まれ。99年岐阜大学医学部卒業。2011年神戸大学大学院修了(医学博士)。兵庫県立姫路循環器病センター神経内科(医長)、川崎医科大学脳卒中医学教室(特任講師・特任准教授)などを経て、15年に国立長寿医療研究センター着任し現在に至る。主な研究テーマは、腸内細菌と認知機能の関連、脳卒中と認知症に共通する危険因子の解明など。

ショートムービーで見る研究のあらまし

一流アスリートは腸で走る!?

運動会や試験の前日、緊張してお腹が痛くなった経験を持つ人は少なくないだろう。じつは、腸には脳の次に多い約1億個もの神経細胞が集まっている。脳で生まれた感情は神経細胞を通して腸にも影響を及ぼす。逆に、慢性的な便秘が脳に作用して自律神経の乱れや集中力の低下につながることも。このように、脳と腸が互いに影響を与えあっていることを「脳腸相関」*といい、近年、世界中の研究者がその解明に挑んでいる。

*注:「脳腸相関」という言葉は、おもに脳が神経系で腸とつながる関係に着目して生まれた言葉だが、佐治先生は腸内細菌と脳との関係については“腸から脳に影響が及ぶ”という意味合いを込めて「腸脳相関」という順番を入れ替えた言葉を用いて区別している。この記事ではいずれにおいても「脳腸相関」を用いることとする。

例えば、ハーバード大学医学部のジョージ・チャーチ教授らが2019年夏に発表した研究では、マラソンランナーと腸に関係があることがわかった。ボストンマラソンに参加したランナーの腸内細菌を調べてランニングで増加した菌を見つけ出してマウスに移植したところ、移植しなかったマウスに比べて持久力が平均で13%も上昇したというのだ。
腸とストレスの関係を明らかにしたのは九州大学医学部の研究チームだ。腸内細菌を持つ普通のマウス、腸内細菌を持たないマウス、腸にビフィズス菌を与えたマウスにそれぞれストレスを与えたところ、ビフィズス菌を与えたマウスだけがストレスに対する反応が低かった(ストレス耐性が強かった)という。
また、神経をリラックスさせるセロトニンという物質は腸内細菌が出す物質からもつくられており、腸内環境が乱れるとうつ病や睡眠に影響が出ることも明らかになってきた。

一見、なんの関係もなさそうな脳と腸は、どのようにつながっているのだろう。国立長寿医療研究センター もの忘れセンターの佐治直樹先生にうかがうと…。

「それがすべてわかればノーベル賞ものですね。脳と腸をつなぐ経路はいくつかあります。まず、腸に集まる多くの神経回路が脳の神経と情報のやり取りをしており、認知症やパーキンソン病など神経系の病気に関係すると考えられています」
例えば「手足が震える」「筋肉がこわばる」といった運動障害が起きるパーキンソン病は、脳の黒質(こくしつ)と呼ばれる部位にある神経細胞に「α-シヌクレイン」という異常タンパク質が蓄積して神経細胞が変質することが原因だといわれており、このα-シヌクレインは、腸管にある神経から迷走神経を通って脳に移動しているのではないかという説があるという。

「細菌感染やアレルギーに関わるのが免疫系。腸には免疫細胞の約7割が集まって外敵から体を守っています」
消化器は体の中にありながら、口から腸に抜けるトンネルのような形で外部と接触していて細菌と接する機会が多いことから、免疫細胞も集中しているのだ。だから、腸が弱ると免疫機能も低下してしまう。

「神経系や免疫系のほかに、ホルモンに関わる内分泌系、腸内細菌が産出する代謝産物系があります。胃腸で消化吸収できない食物繊維などは腸内細菌が活用しますが、そのときに出る代謝産物は必要に応じて血管を通して体内に運ばれます。ビフィズス菌のように乳酸や酢酸といった体の働きを助ける物質を出す菌もいますが、悪さをする物質を出す菌もいます。インドールやスカトールといった代謝産物は、悪玉菌と呼ばれる菌類が出す物質で、まさにうんちの悪臭の原因なんですよ」
なるほど、善玉菌、悪玉菌ってそういう意味だったのか!と納得しかけたところで、佐治先生は笑ってつけ加えた。
「実際の腸内細菌の働きは非常に多様で複雑です。厳密に見れば、善玉か悪玉かを簡単に決められるものではないんです」

脳腸相関の主な経路の概念図

現代医学の父ヒポクラテスは「すべての病は腸から始まる」という言葉を残しているが、まさに腸は食べ物を消化・吸収するだけではなく、「第二の脳」として、体内でいろいろな役割を担っていたわけだ。

次世代シーケンサーで、見えなかった菌が見えるように!

それにしても、このところ「脳腸相関」の話題がテレビの情報番組でもしばしば取り上げられ注目されるようになったのはなぜだろう? 先生にたずねると答えは明快だった。

「次世代シーケンサーという新たな遺伝子解析技術の登場で、今まで見たくても見えなかった菌が見えるようになったからです。新しい論文も次々と発表されて脳と腸の研究が一気に進み始め、腸内細菌という『新しい臓器』のメカニズム解明が世界的に大きなテーマとなっているのです」

これまで、細菌研究といえばシャーレで菌を培養して分離・同定し、生物学的な特徴を調べるのが基本だった。しかし、腸内細菌には酸素があると生きられない嫌気性菌が含まれており培養がとても難しい。おまけに人間の腸には腸内細菌が約1000種類、1兆個もいるといわれ、それが菌種ごとに群がっている。これは「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」と呼ばれ、その様子が花畑(フローラ)のようだというので「腸内フローラ」とも呼ばれている。この腸内細菌叢の種類や構成を調べるのは、専門家でも気が遠くなる至難の業だった。2000年代に入って次世代シーケンサーが登場したことで、細菌の構成や種類が、ケタ違いに速く低コストで詳細に調べられるようになったというわけだ。

菌が見えるようになったことで腸内細菌叢の構成もわかってきた。2011年に発表された論文では、腸内にすむ菌の割合は、性別や人種に関係なく食生活や生活習慣によって大きく3つのエンテロタイプ(ヒト腸内細菌叢の分類タイプ)に分けることができると報告された*

「バクテロイデス属が多いエンテロタイプ1型、プレボテラ属が多い2型、ルミノコッカス属やその他の菌が多い3型の3タイプです。バクテロイデスは普段は悪さをしませんが、体の抵抗力が落ちると病気を引き起こすこともあり日和見菌(ひよりみきん)とも呼ばれ、1型は、タンパク質や動物性脂質をよく食べる人に多く見られます。プレボテラは食物繊維を分解する能力が高く、2型は炭水化物や食物繊維をよく食べる人に多く見られます」

*注:この分類以外にもいろいろな分類が提唱されている。例えば、日本人の腸内細菌叢は、欧米や中国などとの違いが顕著であるとして、京都府立医科大学と摂南大学の研究チームは2022年に日本人のエンテロタイプとして5タイプを報告している。

佐治先生がまず取り組んだのは、このエンテロタイプと認知症の関係を探る研究だった。

腸内細菌と認知症の関係は?

ところで、先生が腸内細菌叢と認知症の研究を始めたきっかけは何だったのだろうか。
「私は2015年にもの忘れセンターに着任しました。着任してすぐの勉強会で、外部から来られた講師の方が『これからの注目テーマは腸内細菌だ』とおっしゃいました。理事長が即座に研究希望者を募ったのですが、誰も手を上げませんでした。それで、新参者の私が担当することになったのです。私はもともと学生のころから脳や神経に興味があったものの、医学部では嫌気性菌(けんきせいきん)の実習、大学卒業後の大学病院勤務では消化器内科を兼務し、ちょっと回り道をしてきたように感じていました。ところが、腸内細菌叢と認知症の研究を始めることになり、嫌気性菌→消化器→神経内科→腸内細菌叢と認知症の関係と、研究テーマがつながった。人生、何が役に立つかわかりませんね。研究を始めてみたら、かなりおもしろいデータがとれて、現在の研究に至ります」

腸内細菌叢と認知症の研究は、準備期間を経て、2016年に正式にスタートした。国立長寿医療研究センターの「もの忘れ外来」を受診した患者から参加者を募集し、認知機能検査、頭部MRI、検便を実施。集めた便は外部の検査企業に依頼して、次世代シーケンサー解析のひとつ「T-RFLP法」という方法で128人の腸内細菌の構成を調べた。

「その結果、認知症の人はそうでない人よりバクテロイデスが少ないこと、認知症はエンテロタイプ3型の人に多いことがわかりました」

エンテロタイプ1 (バクテロイデス>30%)
エンテロタイプ2 (プレボテラ>15%)
エンテロタイプ3 (その他の細菌が多い)

A:腸内細菌の構成割合 B:エンテロタイプ1~3型の割合
Saji N, et al. Sci Rep. 2019 Jan 30;9(1):1008.より一部改変

エンテロタイプと認知症の関係が明らかになったのだ。
「2019年1月に発表したこの論文は欧米を中心に話題になり、その年の論文トップ100に入りました。認知症と腸内細菌叢については、海外でもアルツハイマー病に関する論文がようやく出はじめた時期でしたから、新しいテーマとして興味を持たれたのだと思います」

では、認知症の前段階である軽度認知障害の段階ではどうだろう? すでに何らかの兆候があるのだろうか?
調べたところ、腸内細菌叢の変化と軽度認知障害の有病率に高い相関があることがわかった。しかし、バクテロイデスの減少が認知症の原因なのか、認知症が原因でバクテロイデスが減ったのかという因果関係は、この研究からは示すことはできない。

腸内細菌と認知症には関係がありそうだ。ではそのメカニズムは? それを解明するため、先生は腸内細菌の出す代謝産物に着目してさらに研究を進めた。

「腸内細菌が産生するさまざまな代謝産物の濃度を測定して認知症との関連を調べました。すると、アンモニアなどは認知症になると大きく増え、乳酸などは大きく減るとわかりました」

腸内細菌の代謝産物と認知症の関連
代謝産物の濃度が1SD上昇した場合のオッズ⽐(95%信頼区間)

認知症患者25人を含む107人の便から14種類の腸内細菌の代謝濃度を測定し、認知症との関連を探ったもの。濃度が1標準偏差(SD)上昇したときのオッズ比(認知症有病率への関与度)を示す。オッズ比とは、関連の強さの指標のことで、オッズ比が高いほどその因子と疾患の関連性が高い。各項目の線が1.0より大きく表示されるほど認知症との関連性が高く、1.0未満は認知症との関連性が低い。アンモニアや腸の腐敗産物であるp-クレゾール、インドールといった有機酸濃度は認知症との関連性が有意に高く、逆に最も関連性が低かったのは乳酸、また腸に有用な働きをする短鎖脂肪酸であるプロピオン酸や酢酸も関連性が低かった。
Saji N, et al. Sci Rep. 2020 May 18;10(1):8088.より改変

バランスの良い食生活が認知症を予防する

腸内細菌の代謝産物も認知症と関係することが見えてきた。
腸内細菌叢の構成や腸内細菌の代謝産物は、食事とも大いに関係しているはず。そこで先生が取り組んだのが、腸内細菌と食事の関係の調査だった。

「日本食が認知症の予防に良さそうだという研究結果はすでにあったのですが、腸内細菌との関係まで調べたものはなかったため、典型的な日本食のパターンと認知症の関係を調べてみました」

研究では、ごはん、みそ汁、海草、漬物、野菜、魚介類、大豆類、果物、きのこ類、緑茶、牛肉・豚肉などの品目と、日本でも広く飲まれるようになったコーヒーについて、どのくらい摂取しているかを調べて点数をつけ、その結果を算出。「伝統的日本食スコア」「現代的日本食スコア」「現代的日本食スコア+コーヒー」の3区分*と認知症との関係を調べた。

「その結果、認知症のない人は伝統的でも現代的でも日本食スコアが高い傾向があり、魚介、きのこ、大豆、コーヒーをよく摂取していることがわかりました。コーヒーについては、抗酸化作用といって老化を防ぐ働きも知られていますが、喫茶店などでお友達と一緒にコーヒーを飲むような社会的生活スタイルが関係したことも考えられます。また、腸内有害菌がつくるp-クレゾールやインドールといった発がん促進物質の濃度を調べたところ、上記品目を多く摂取している人は、これらの代謝産物濃度が低い傾向にありました。
海外では地中海食なども認知症予防に良いと言われ、やはり野菜や果物、魚、オリーブオイルなどを中心に多くの品目を摂取しています。多様な食品をバランス良く、そしてビタミンや食物繊維といった腸内環境を整えるものを意識して食べるのがよいと思います」

*注:
伝統的日本食スコア…
米飯、味噌、魚介類、緑黄色野菜、海藻類、漬物、緑茶(+1点)
牛肉豚肉、コーヒー(−1点)
現代的日本食スコア…
伝統的日本食スコアに加え、大豆類、果物類、キノコ類(+1点)
現代的日本食スコア+コーヒー…
現代的日本食スコアに加えコーヒー(+1点)

3種類の方法による日本食スコアの 3 区分(低中高)と認知症の有病率比較
解析人数85人(うち認知症23人)
Saji N, et al. Nutrition. 2022 Feb;94:111524.より一部改変

主な食品摂取と認知症の有無
国立長寿医療研究センター 2021年11月4日リリースより

国立長寿医療研究センターが20年以上にわたって実施してきた高齢の地域住民を対象とした疫学研究でも、食品摂取の多様性が最も高い(いろいろな食品を食べている)グループは、最も低い(いろいろな食品を食べていない)グループに比べ、認知機能低下の指標が44%低下していたという結果が出ている。食品の多様性が高い食事をとるためには、多くの食材を入手し、献立を考えて料理し、脳だけでなく体も動かす必要があるなどさまざまな要因が関係している。いろいろな食品を食べるほうが認知機能は低下しにくいということは、ほぼ間違いないだろう。

食品摂取の多様性と認知機能低下の関連
注:横軸のグループは、食品摂取の多様性指標(Quantitative Index for Dietary Diversity)のスコアをもとにグループ分けしている。
Otsuka R, et al. Geriatr Gerontol Int. 2017 Jun;17(6):937-944.より一部改変

認知症の予防と早期発見をめざして

いま紹介した研究だけでなく、先生はいろいろな角度から腸内細菌と認知症の関係を探っている。
「代謝産物が脳に影響を与える経路を探るために、神経細胞に由来するNfL(ニューロフィラメントL)というタンパク質と腸内細菌の代謝産物との関係を調べました。NfLは認知機能が低下すると上昇し、認知機能との相関が知られているバイオマーカー*です。しかし、認知機能障害や脳のMRI画像異常群でNfLが高いという結果は出たものの、腸内細菌との関連ははっきりしませんでした」

*バイオマーカー:疾患の有無や病状の変化、治療の効果などを調べるための指標となる生体内の物質

また、アルツハイマー病患者の脳の海馬付近から炎症の原因となる細菌の菌体成分であるLPS(リポポリサッカライド)が検出されたという先行報告があったことから、血液中のLPS濃度と腸内細菌や認知機能との関連を測定してみた。
「その結果、軽度認知障害や認知症のグループで血液中のLPS濃度が高いこと、また乳酸や酢酸など腸内細菌の代謝産物濃度は、LPSが低いグループで高い傾向でした。でも、LPSが腸内からきたものかどうかは特定できませんでした。そこで、LPSは歯周病由来かもしれないと考え、認知症と歯周病の関連についても研究を進めているところです。歯周菌もLPSに関係するといわれています」

認知症の原因はさまざまな要因がからみあっていることも多く、きれいな結果が出るとは限らないし、因果関係がわからないことも多い。研究は、ひとつひとつ地道に調べて結果を積み上げていくしかない。“関係性は見られなかった”ことも大事な成果なのだ。そして、時間をかけてでも明らかにしたいことがある。

「現在の認知症治療については、認知機能の低下が確認されてから投薬治療を始めることになっています。しかし、アルツハイマー型認知症は突然発症するのではありません。早い段階から徐々に病気が進んでいくのです。腸内細菌叢との関係がさらに明らかになり、血液検査などで早めに発症を予測できれば、治療は大きく変わります。予防はもちろん検査などで早めに発症を予測できれば、お薬だってもっと効くかもしれません」

いずれは毎日の食事や歯磨き習慣によって認知症を予防し、手軽な健康診断で発症のリスクを判断でき、病気の進行を食い止めることができるかもしれない。そのためにも研究を重ね、論文や一般向けの講演会でその成果を伝えていきたいと語る佐治先生だ。

(2023年6月6日更新)