フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

ウイルスベクターを開発、アルツハイマー病の遺伝子治療にチャレンジ

───岩田先生はアルツハイマー病の遺伝子治療にも取り組んでおられます。どのようなものなのか、できるだけ分かりやすく教えてください。

遺伝子治療というのは、無害なウイルスを使って遺伝子を目的の細胞に送り込み、そこで治療用のタンパク質を発現させるという治療法です。一般にウイルスは自分だけでは増殖する能力がないので、他人の細胞に侵入して増殖する性質を持っていますが、遺伝子治療はその侵入する性質を利用するものです。
アルツハイマー病の遺伝子治療には、ネプリライシンというタンパク質(酵素)をつくリだす遺伝子を使います。
ネプリライシンは、アルツハイマー病の原因とされているアミロイドベータを分解する酵素で、脳内にアミロイドベータが蓄積するのを防ぐとされています。しかし、歳をとるとともに、ネプリライシンをつくる遺伝子の働きが衰えて減少していくといわれており、実際、アルツハイマー病の発症前段階から低下することが明らかになっています。
そこで、脳の中のネプリライシンを活性化させることができれば、アルツハイマー病の症状を抑制できるのではないかと考え、理化学研究所や自治医科大学等と共同で研究を進めたのです。

───具体的にはどのような治療をするのですか。

私たちが開発したウイルスベクター(アデノ随伴ウイルスベクター)は、血管内に投与することで脳内に入っていき、しかも脳内だけで治療用の遺伝子を働かせる優れモノでした。このウイルスベクターをアルツハイマー病のマウスの左心室内から循環血に投与し、5か月経ってから調べたところ、ネプリライシン遺伝子を投与したマウスは、投与しなかったマウスに比べて、アミロイドベータや神経毒性が強いとされているアミロイドベータの重合体の蓄積が減少し、記憶学習能力テストでも、野生型マウス(アルツハイマー病を持たないマウス)のレベルまで認知能力が回復していることが分かったのです。

───マウスの心臓の左心室内から遺伝子を入れると脳に届いていくというのがすごいですね。

ええ、これまで脳神経系疾患の遺伝子治療では、頭蓋骨に穴を開け、そこから脳に遺伝子を入れていたのですが、私たちの開発したウイルスベクターを使えば、末梢血に注射することによって脳のアミロイドベータを分解させることができます。しかも一度投与すると5~7年、少なくとも最低5年は有効だと考えられているのです。
今後、ウイルスベクターを速く大量に生産する技術開発や安全性の問題などがクリアできれば、臨床試験に進んでいくことができると思います。
また、アルツハイマー病に限らず、このウイルスベクターは脳の広い範囲に遺伝子を送り込む必要がある他の脳神経系疾患に対しても根本的治療法となる可能性を秘めているといえます。

───遺伝子治療一般についてはどうお考えですか。

脳内伝達物質のドーパミンやセロトニンという物質を作れないある少女のケースですが、彼女は4歳前後には首も座っていませんし、一人では歩けない、親が目の前にモノを置いても反応がないほど成長速度が遅かったのです。けれども、ドーパミンなどをつくる遺伝子を投与したところ、顔色も良くなり、自分で立ち上がろうとするようになり、数年後には元気に歩けるようになるほど回復しました。こうした症例をみると、もちろんクリアすべきいろいろなことはありますが、遺伝子治療には大きな可能性があると思っています。

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