フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

運動ニューロンを元気にするHGFの臨床応用をめざして

───青木先生は、ALSモデルラットを使ってどのような研究や臨床への応用を進めているのですか。

神経細胞を保護し、元気にする栄養因子は、これまで世界で何種類も見つかっていますが、日本でスクリーニングされた栄養因子に肝細胞増殖因子(HGF)があります。HGFは肝臓、腎臓、血管、心臓などの組織や臓器の保護再生作用を持っていて、神経系の細胞に対しても強力な保護・再生作用があります。
ALSは神経伝達物質のグルタミン酸が過剰に蓄積されることで、神経細胞間の情報伝達がうまく働かなくなることが一因と考えられています。この過剰になったグルタミン酸を回収する働きをするのが、運動ニューロンの周りにあるアストロサイトです。HGFは神経細胞を元気にすると同時に、このアストロサイトのグルタミン酸吸収能力を高める働きをします。そこで私たちは、ALSモデルラットの脊髄腔からHGFを投与する研究を行いました。


ALSモデルラットに対するHGFの効果

───その結果、どんな効果が現れたのですか?

HGFを投与したラット群と生理食塩水を与えたラット群(対照群)の比較では、発症から死亡までの平均罹病期間(どのくらいの期間病気に罹っていたか)が、対照群では16.9日なのに対して、HGF投与群では27.5日と大幅に期間が延びました。つまり、それだけALSの進行を遅らせることができたわけです。このほか、HGFは細胞に死をもたらすカスパーゼが活性化するのを妨いだり、先ほどお話ししたようにアストロサイトなどの神経組織に作用したりしますので、ALSの新たな治療法として期待が持てます。

───HGFを薬として製品化する準備は進んでいるのですか。

新しい薬を開発、販売して患者さんのもとに届けるためには、まずその薬が安全なのか、本当に効果があるのかなど、臨床試験を実施して国の審査を受ける必要があります。臨床試験は第1相から第3相までに分かれています。第1相は主に安全性や薬剤が体にどのように吸収され排泄されていくか、その体内動態を調べます。
私たちが薬品として開発しているHGFの臨床試験は第1相が終わった段階で、これからHGFの薬としての効果を確かめる第2相試験に入ろうと国と相談しているところです。

───HGFのほか、ALSの新しい治療法として取り組んでいる研究がありますか。

これは慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授と共同研究しているのですが、iPS細胞から運動ニューロンを分化させ、それをALSに罹ったラットに移植して、麻痺した手や足などの機能が少しでも回復するか、その研究に取り組んでいます。また、ALSの患者さんの血液からiPS細胞をつくって運動ニューロンに分化させたものと、健康な人の細胞とでは何がどう違うのかを研究し、薬剤のスクーリングができないかの研究も進めています。
ただ、iPS細胞から分化させた運動ニューロンを移植しても、なかなか定着しないのです。ALSを発症するのは、グルタミン酸が過剰になるなど、発症する理由、環境があるので、その病的な背景を改善しないで運動ニューロンだけを移植しても、現状では効果が薄いわけなのです。その点、HGFはそうした環境をある程度改善できる力があるので、例えば、HGFを投与しながらiPS細胞からつくった運動ニューロンを移植するといった方法もあると考えています。

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