この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第6回 新しい発見は、絶対見つけたいと思う研究者に微笑んでくれる。 京都大学再生医科学研究所 再生増殖制御学分野 瀬原淳子 教授

ヘビ毒と骨格筋などの発生・形成の研究に没頭

───そうした思いが現在の研究にまで結びついているのでしょうか。

そうですね。いまの私の研究をかんたんにいうなら、「細胞間のコミュニケーション研究」です。私たちを形づくっている細胞たちも、実はお互いにコミュニケーションをとりながら助け合っているんです。それが受精卵からはじまるヒトの発生や成長、再生にまでつながっているのです。それは細胞同士が連絡をとりあって、社会をつくっているのに似ていて、私たちはそれを「細胞社会」と呼んでいます。
骨格筋の発生・形成の研究でも、筋肉ができるときは筋肉の細胞同士がお互いを認識していくのです。そして、この骨格筋の発生・形成にあたっては、意外なものが関係しているんです。それはマムシなどが持っているヘビ毒。少し専門的になりますが、ヘビ毒に似たメルトリンというタンパク質なんです。
このメルトリンは、骨格筋、脂肪組織、心臓や神経組織の形成にあたって、細胞同士がコミュニケーションをとる際に重要な役割を果たすシグナル分子を、細胞から切り離す役割を果たしています。つまり、細胞同士がコミュニケーションをとるためには蛋白質の「はさみ」分子(プロテアーゼ)が必要で、私たちの研究室では、このようなはさみ分子を特定することに成功したのです。このはさみ分子の仲間は、現在ADAMファミリーと総称されています。

はさみ分子の仲間ADAMファミリーの役割

はさみ分子の仲間ADAMファミリーの役割
膜型のシグナル分子を切断して、細胞同士のコミュニケーションを活性化する場合や、接着分子を切断して細胞同士の接着を解除する際(右)に必要とされる。

───ヘビの毒に似たタンパク質が私たちの骨格筋や脂肪などをつくる上で重要な働きをしているなんて、とても驚きました。いったいどのようにして、この研究にたどり着いたのですか。

研究というのはおもしろいもので、研究しているときは、なんでこんなものを研究しているのか、その目的や理由、意味などがわからなくても、後になって急にわかってくることがあります。ヘビ毒の研究もそうで、薬学部の卒業研究ではヘビ毒からとったタンパク質の精製を行っていましたが、当時はなんでこんなことをしているだろうという感じでした。また、チューリッヒの研究所では、バクテリアの中でホ乳類の遺伝子から蛋白質をつくらせる研究をしていました。私はバクテリアなんて興味がなかったから、あまり熱心に研究していなかった(笑)。
ところが、その当時のヘビ毒の研究や、バクテリアを用いて行ってきた遺伝子のハンドリング技術が、20年もたってメルトリンの発見へのヒントとなり、役立つのですから、どんな研究も無駄になることはないのです。今から思うと、これらの研究には宝の山が眠っていたんですね。

───先生の最近の研究でなにかトピックスはありますか。

マムシのようなヘビ毒に噛まれると血が止まらなくなるのは、 毒の中にADAM タンパク質に似た毒成分があるからです。いま、ヘビ毒の先祖のADAM遺伝子が生物の血液の発生や形成にどうかかわっているのかを研究していますが、研究の途中で、血液がからだの中を流れ出す瞬間をこれまで、だれも見たことがなかったに気がつきました。私は、子どものころから観察の人だから(笑)、血液が流れ出す瞬間をぜひ見たいと思ったんです。そこで、からだが透明なゼブラフィッシュと、細胞を蛍光物質で光らせてその動きを追うことができる手法を使って、血液が最初に流れ出す瞬間を生きた個体の中で観察することに成功したんです! そして、血液が流れ出す瞬間にヘビ毒に似た ADAMタンパク質が関わっていることもつきとめました。

模式図

血液が最初に流れ出す瞬間を捉えたムービー(飯田敦夫研究員撮影)とその模式 図。赤血球(赤色蛍光蛋白質でラベル)が動脈(緑色蛍光蛋白質でラベル)の中に次々に侵入し、しばらくその場に待機した後、一気に流れ出す。このときADAM8というプロテアーゼが、赤血球と血管の接着を解除する。

───実際に成功したときは研究者としてどんな気持ちになるんですか。

実験結果を視る直前はいつもドキドキします。なぜなら、その結果にはがっかりすることも、うまくいくこともあるから。そして予想を超えた、あるいは意外な結果が出たときは、感動したりエキサイトしたり。だから、研究はなにより楽しいですね。私は楽しい研究をしたいといつも思っているんです。新しい発見は、「絶対これを発見したい、謎を解きたい」という研究者に微笑んでくれると、私は信じています。研究者は楽観的でなければだめなんですね(笑)。

───この研究は、医療などにも役立つのですか。

ヘビ毒が血液循環に関係があることがわかったのですから、出血を止めたり、血液をさらさらにする血液浄化作用に応用できるかもしれません。また、心臓や循環器系の疾患などの治療に役立てることができるのではないでしょうか。ただ、私は臨床医ではないので、あくまで基礎研究に力を注ぎたいと考えています。

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