この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第15回 細胞の中身が入れ替わる「オートファジー」の謎に迫る 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 細胞生理学分野 水島 昇 教授

細胞の中のごみを掃除する「オートファジー」の役割

───それで、研究テーマを変更したのですか?

ええ、以前から体の中で作られたものがどのようにして無くなるか、あるいは失われるかということに興味を持っていました。そんなとき、愛知県岡崎にある基礎生物学研究所の大隅良典先生(現東京工業大学教授)が、酵母菌の中で細胞そのものが死ぬのではなく、細胞の一部だけが分解され、入れ替えが起きるオートファジーについて、「生化学」という科学雑誌に発表されたのです。
その記事を読んで、「これだ!」と思い立ちました。細胞の中で起きている新陳代謝を司るしくみを探るということは、まさに私の関心事だったからです。しかも複雑なシステムで起きているのではなく、酵母菌という比較的単純な真核細胞の中で起きていることに魅力を感じました。研究が始まったばかりで、まだほどんど何もわかっていない分野でしたが、大隅先生を訪ね、先生のもとで研究したいとお願いしたのです。

───医学部の大学院を終えてすぐに、まだ研究が始まったばかりの分野へ方向転換することに不安はなかったのですか。

まったく不安はなかったですね。どちらかというと慎重派の私ですが、ただこの研究はおもしろいという一念で飛び込んだのです。大学院を出てそのまま医者を続けていれば安定した生活が送れるはずだったのですが。
大隅先生は、私に練習問題として、オートファジーが起こらないある酵母の遺伝子を与えてくれました。その遺伝子を使った研究論文が、研究を始めて1年もたたないうちに、世界的な科学雑誌「ネイチャー」に掲載されたのです。本人はびっくりです。
けれども、私は遺伝子研究だけではなく、オートファジーの役割をもっと知りたいと思い、酵母だけでなく、マウスやヒトの細胞、さらにはマウスそのものを使った研究を徐々に取り入れるようになりました。

───先生が研究しているオートファジーとはどういうものか、わかりやすく教えてください。

オートファジーという言葉は、ギリシャ語の「オート(自分)」と「ファジー(食べる)」からできていて、文字通り「自分を食べる」という意味になります。日本語では「自食作用」と訳されることもあります。
細胞は、脂質や糖質などの生体分子というもので構成されていますが、その中でも最も量が多く大切な働きをしているのがタンパク質です。さらに、細胞の中には、DNAが入っている核や、エネルギーをつくるミトコンドリアや、タンパク質の分泌に関わる小胞体などの小器官があります。
これらのタンパク質や細胞小器官は、時間がたつと古くなってしまう。タンパク質の中には合成する途中で失敗して最初からゴミ同然のものまであって、細胞の中に転がっているんです。こうしたごみは掃除してきれいにしないと細胞の中が汚れてしまう。ちょうど、みんなの部屋と同じで、ゴミがたまったら掃除してやらなければなりません。オートファージは、細胞内を新鮮に保つための作用なのです。
また細胞が性質を変えたり、分化して新しいものになるとき、タンパク質をつくるだけでは変化できません。古いものを入れ替える必要があります。部屋の模様替えをするときに、いらないものを始末するのと同じですね。このようにオートファジーは、発生や分化にも深く関わっています。

───ゴミがたまって細胞内を新鮮に保つことができないと、どんな不都合が生じるのですか。

私たちは、神経組織でオートファジーが起こせないマウスを作製したところ、神経組織の中に異常なタンパク質が蓄積して病気になってしまうことを明らかにしました。パーキンソン病、アルツハイマーなどの脳神経に関係する病気も、神経細胞の中に異常なタンパク質がたまることが原因と考えられているので、オートファジーはこうした病気を起こさせないようにしている可能性も考えられます。

───このほかにオートファジーが役に立つのはどんなときですか。

今でこそ、私たちは食べ物が豊富で豊かな食生活を送っていますが、生物の歴史は飢餓との戦いでもあったのです。食事から栄養がとれないときは、細胞は自分の一部を分解してそれを栄養にしていることがわかってきました。また、受精直後の胚(受精卵)が着床するまでの間に必要な栄養を、受精卵が自らを分解し、オートファジーでつくり出しているらしい。魚の卵に栄養があるように哺乳類の受精卵にも実は栄養が備わっていたのです。
このようにオートファジーは、私たちの成長や飢餓や病気からの防衛などにさまざまに関係していることが、私たちの研究によって明らかになってきています。

───からだの中で起きているオートファジーのしくみを研究するために、なにか特別な研究方法があるのですか?

先ほどお話ししたようにオートファジーが飢餓状態で起きることは、電子顕微鏡を使った観察でもわかるのですが、それにはかなりのテクニックが必要なのです。私たちは、電子顕微鏡を使わずにオートファジーの研究ができないかと考えました。詳しい説明は省きますが、私たちが利用したのは下村脩教授が2008年にノーベル賞を受賞した研究で有名になった緑色蛍光タンパク質(GFP)でした。オートファジーに関係するオートファゴソームという物質が緑色に光るように遺伝子操作したマウスを観察したところ、電子顕微鏡を使わなくても、オートファジーの状況を見ることができるようになったのです。この方法は大変優れていて、世界中のオートファジー研究者から問い合わせが来ています。

GFP-LC3マウスの肝臓凍結切片の蛍光顕微鏡像

オートファジーに関連する物質が緑に光るように遺伝子操作したマウスの肝臓。左は自由に食べ物が食べられるとき、右は、24時間絶食したとき。右は小さな光がたくさん見え、オートファジーが起きていることがわかる。

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