フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

情動行動と社会行動の神経メカニズムを探求したい

───先生は今後どのような研究を進めようと考えていますか。

オキシトシンなどの下垂体後葉ホルモンが、不安や報酬行動などの情動行動や、社会行動にどのように関係しているかをさらに探求したいですね。

───例えば、ストレスと社会性の関係については、どのように実験・研究するのでしょう。

マウスやラットもそれぞれ社会を形成しています。例えば、強いマウスのテリトリーの中に弱いマウスを入れると、強いマウスが弱いマウスに攻撃を仕掛けます。弱いマウスは強いマウスに対して、おなかを見せて「ごめんなさい」という服従の態度を取ります。
何度も理不尽な攻撃を受けたマウスはヒトのうつと同じような状態になり、強い相手ばかりではなく、他のマウスとの接触も避けるようになるのです。「Social Defeat」と呼ばれる現象ですが、興味深いのは、こうした社会的なストレスは痛み刺激に対するストレスよりもはるかにダメージが大きいと言われています。このとき脳のどの領域がどう活動しているのかなどの研究をしています。

───マウスでも、社会性の実験ができるんですね!

一夫一婦制をとるハタネズミでは、自分の大切な相手が痛み刺激を加えられると、相手に対して毛づくろいの行動をして、相手を慰め、相手のストレスを和らげるという行動を取ります。このときオキシトシン受容体が活性化されています。社会的な行動を適切に行うにあたっては、目の前の相手を識別することが必要ですが、こうした社会的記憶の獲得にあたってもオキシトシンが重要な働きをしていてオキシトシン受容体をノックアウトしたマウスでは一度会ったマウスを認識できないなど社会的記憶の獲得が悪くなっています。オキシトシンは末梢血中に出てくると同時に扁桃体でも放出され社会的記憶をよくしていることなどを明らかにしてきました。

───マウスなどの社会行動の神経機構を研究するためのツール開発も進んでいるのですか?

オキシトシン産生ニューロンの投射

最近では光や薬剤を使って、特定のニューロンの活動を刺激したり抑制したりすることが可能です。また、特定のニューロンの活動を測定することも、ニューロン活動の指標である「Fosタンパク質」の発現で検出したり、光ファイバーを用いて脳の深部の特定のニューロン群の神経活動を生きたまま記録するといったこともできるようになりました。今後、こうしたツールによって、ストレスの神経メカニズムの解明が急速に進むに違いありません。

───現在、ストレスに関してどのような研究が行われているのですか。

急性のストレス刺激や、慢性のストレス刺激に対して、免疫系、内分泌系などで、いかなる経路を介しどのような反応が起こるのかについては、昔も今も研究が続けられています。
また、ストレスに耐性がある人とストレスになりやすい人、また、回復がはやい人など個体差がありますね。その違いがどこから生じるのか。ストレス脆弱性(バルナラビリティ)と、ストレスからの回復(レジリエンス)も注目を集めています。
このほか、幼若期、思春期、大人、老人と、発達の段階に応じてストレス感受性がどう変化していくのか、さらには、世代を越えてストレスが子どもにどう伝わるかというメカニズムの研究も行われています。さまざまなアプローチからの研究が進められているのです。

───研究の面白さはどんなところにありますか。

マウスやラットなど動物を見ていると、ヒトと同じだなとつくづく思いますね(笑)。それと、文系と理系の本当の融合分野の研究ができることですね。30年前にはストレスって何、相手を気遣う、思いやるって何かなどという研究はサイエンスとして成り立ちようがないと言われたものです。それが可能になったのは、10年くらい前から分子生物学が発展してきたことが大きいですね。しかも理系の研究として成り立っているのに、冷たいというイメージではなく、温かい感じのする学問として成立しているところが魅力です。

───研究の将来展望をお聞かせください。

オキシトシンの研究にも関係してきますが、人間の社会がどうなっていくのかに関心があります。イギリスの進化生物学者のロビン・ダンバーは、霊長類の大脳皮質のなかの新皮質が大きい種ほど、集団の数が大きくなると提唱しました。この「ダンバー理論」によると、ヒトにとっての適正な社会グループは150人とされています。
いま、私たちはインターネットなどを通じ、地球の裏側の人たちともつながりを持っているような世界を形成していますが、それは脳科学や私たちの社会性から考えてはたして適正なのか、脳の特性から考えられる危ない点は何なのか、長期的にはそんな問題に挑戦してみたいと思っています。
短期的には、これもオキシトシンと関連しますが、高齢社会が進展し、他人をケアしなければならない社会になっています。今、ケアはストレスの最大の問題の一つともなっていますが、私たちには他人をケアする、自分からケアをすることが喜び=報酬につながると感じる脳を持っているのだと思います。こうした脳の仕組みを明らかにすることで無理のない社会の形成に脳研究が寄与できればと思っています。

(2017年1月公開)

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