公益財団法人テルモ生命科学振興財団

財団サイトへもどる

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

サイト内検索

マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊

第15話 空気を資源に

海に生息する細菌を使って、空気と海水からプラスチックや人工シルク、肥料などをつくり出す―そんな魔法のようなプロジェクトを推進しているのが京都大学大学院の沼田圭司先生。すでに海洋分解性バイオプラスチックや、クモの糸の主成分であるシルクタンパク質を使ったタンパク質繊維、2022年には製造時に二酸化炭素を排出しない有機質肥料の開発に成功している。プロジェクトのねらいは? 細菌はどんな働きをしているの? 詳しい話を聞いてきたよ!

地球に来て数年... 初めて目にするものがまだまだ多いドッキンです わぁ〜 なにこのキラキラ… ドキドキする〜! これはクモの巣っていうんだよ! 地球には糸をつくることができる生物がいるのかぁ〜 DOKIDOKI星に持って帰りた〜い でも地球のクモを減らすわけにはいかないしどうしよう…… 捕ったクモ返してきて! 人工的にクモ糸みたいなものをつくる方法がどこかにあるはず! そういう研究をしている先生を探しに行きましょ!

私たちは生物から生み出されるものを人工的にまねて創り出す「生物構造材料」について研究しています 沼田圭司先生 京都大学大学院 工学研究科 材料化学専攻 高分子材料化学講座 生体材料化学分野 教授 原子がたくさん集まってできている「高分子」というものがあります 私たちの身近にあるプラスチックや化学繊維などは「高分子」からなる材料です 私たちはもともとこのような材料を扱う「高分子化学」の研究をしていますので この方法でクモの糸やカイコの繭からとれる絹糸のようなものをつくれるのではないか ……と考えて研究を続けています!

ウールなど動物の毛や綿など植物から取り出した「繊維」をより合わせて「糸」がつくられます 天然の繊維や糸は自然のものなんだからよいものだ…と思われがちですが 動物の飼育や植物の栽培には土地、飼料、肥料、農薬、水などの資源が必要で環境への負荷が高いと言われています 一方ナイロンなどの化学繊維は石油が原料です 安価で大量生産が可能ですが限りある資源である石油を使い製造から廃棄までの過程で大量の二酸化炭素を排出します 環境への負荷が少なくありふれた材料で安く大量に生産できる人工の繊維をつくりたい…! 私たちはこれを目標に研究を続けています

繊維は何からできているのか? 従来の化学繊維であるナイロンなどのポリアミドは炭素・水素・窒素・酸素という自然界にありふれた元素からできています この材料があれば人工繊維がつくれるはず…! これをどうやってどのように組み立てればよいかを考えればいいはずです 周囲の環境から元素を取り込んでプラスチックを体内で合成する微生物は20世紀にはすでに発見されていますので、つくりたい材料を生み出すのにちょうどよい微生物を探すことにしました びっ…微生物!? そんなことできるんですかっ!? そして日本は天然資源が少ない国と言われていますが「水」は豊富です 海水を利用してそこから窒素を取り込んで人工繊維の「骨格」をつくってくれるような微生物を見つければよい…というアイデアが生まれました

目当てとしていた海水から窒素を取り込んでプラスチックにしてくれるような微生物はごく普通に海にいました 原始的な光合成生物である「海洋性紅色光合成細菌」です ジョロウグモの糸をつくるタンパク質のひとつである「MaSp1」のもとになる遺伝子をこの細菌に導入するという方法で細菌によるタンパク質合成ができるようにしました こうして得られたタンパク質を実際に使うことのできる繊維にしていき…軽くて丈夫なクモ糸のような構造をつくることができました! さらに他の人工タンパク質と混合してつくられた人工のシルク糸は共同研究先から商品化もされています 物質を材料に…そして材料を実際に使える形にして製品にして商品として売るんだね

実際にはどうやってつくっているんですか? 目当てのタンパク質を手に入れるためには海洋性紅色光合成細菌を海水の中で培養して大量に増やさなければなりません 研究室では10リットルくらいの容器でつくっています 規模を大きくして屋外に設置した池は500〜1000リットル もっと大きなプラントでは4000リットルほどの規模で細菌の培養をしています そこから細菌を取り出して乾燥させると4〜10kg… これを破砕してタンパク質だけを取り出して繊維の材料にします 副産物として得られる残渣(ろ過したあとに残るかすのこと)は肥料になります 4000リットルの液体から1kgくらいしか得ることができないのが現在の課題です もっとたくさん…数kgくらいは欲しいと思っているんですけどね

ホンモノのクモ糸がどうやってできているかを調べてそれをまねしてつくるんでしょうか? はい 天然のクモ糸がどのような性質をもつのかもじっくり調べました するとクモ糸はそれまで考えられていた以上に複雑な複合素材であることがわかってきました しかし考えたいのはクモ糸はクモの生態に最も適した素材ではあるけれど私たち人間が利用するためには人間にとって使いやすくて便利なものをつくったほうがいい…ということです! ただの「まね」を超えていかなければならないのです ああっ…そっか…!? たとえば天然のクモの糸は雨が降ったり時間が経ったりすると壊れます この「分解する」性質を上手に活かすこともできるはずですが研究開発でつくるとしたらどのような機能や性質を持つものなのかを狙ってつくることができる…!というのが大事なポイントです

たとえばこの人工繊維を医療用に使うことを考えた場合「時間が経ったら分解していく糸」をつくれるかもしれないですし「分解せず長い間安全に体内に留まってくれる道具」をつくれるかもしれません このように機能を狙ってつくるのが「デザイン」です 環境に対しては海洋性紅色光合成細菌が空気中・水中の二酸化炭素や窒素を役に立つ化合物に変えていく力を有効に利用したいです 農業の分野では「この有機質肥料(動植物や家畜の排泄物などを原料に、微生物の働きによって分解・発酵させた肥料)を使うと植物がより多くの栄養素を取り込むことができる」というしくみをつくれたらと思っています 日本は資源が少ないと言われていますが利用できるものを見つけてよりすぐれたものにしていくのが化学の力です 自然環境の中にあるありふれた元素から人工繊維をつくり肥料を作って生物構造材料の研究で産業・農業・医療を変えていきたいと願い研究を続けています!

先生は中高生の頃からこんな研究をしたいと思っていたんですか!? いえ…その頃は全然勉強をしていなかったんです 水泳競技に取り組んでいてその部活の顧問が化学の先生で… 大会前は試合会場で試験勉強をすることもあり化学は先生が一緒にいたので教えてもらうことができました それで化学が得意に…!? 大学4年のときケガで水泳ができなくなってしまい卒業研究に取り組むしかなく 大学院進学へ…そして研究の世界へ…という形になったんです 人生が思いがけない方向へ進んでいくことってあるんですね 生物は多様な機能を秘めています 生物にならったり生物を使ったものづくりに皆さんも挑戦してみてください!

地球には糸をつくることができる生物がいる! キラキラしていて、丈夫で、不思議な素材だと思った。 これに似たものを人工的につくり出す研究がやはり、あるらしい。 このような素材がどんな元素から成り立っているのかを考えて自然界にある、ありふれた元素からできるだけ簡単な方法で合成するにはどうしたらよいか?ということを考え実際につくっているらしい。 ホンモノのクモ糸を単にまねるだけではなく人間にとってより役に立つ機能を持たせるにはどうしたらいいか?ということを考えてつくるらしい。 そんな新素材…星に戻る時にはおみやげに買って帰りたいものだ。 天然のクモの糸もすてきだけど人工の繊維も便利そうだね! 自然のものをまねてそれを超えるような材料をつくっていく…地球の化学者ってすごいんだね ドキドキする〜! レポートをDOKIDOKI星に送って今回も任務完了!

マンガのつづきをよむ
(全10ページ)

お話をうかがった先生

沼田 圭司
(ぬまた・けいじ)

京都大学大学院 工学研究科 材料化学専攻 高分子材料化学講座 生体材料化学分野 教授

1999年東京学芸大学附属高校卒業。2003年東京工業大学工学部高分子工学科卒業。07年同大学大学院総合理工学研究科物質科学創造専攻博士後期課程修了。工学博士。08年4月から2年間、日本学術振興会海外特別研究員(米国タフツ大学)。10年より理化学研究所酵素研究チーム上級研究員、チームリーダー等を経て、20年4月より現職。高分子化学と生物学の境界領域で、環境に配慮した機能性高分子材料の開発を進めている。21年1月に天然のバイオマス資源と光合成生物を有効活用した資源循環型の物質生産をめざすSymbiobe株式会社 を設立し、取締役CTOも務める。

この記事をみんなにシェアしよう!