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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊

第15話 空気を資源に

調査のまとめドッキンレポート

海洋性紅色光合成細菌に着目

空気と海水からプラスチックや人工シルク、肥料をつくり出す際の立役者は「海洋性紅色光合成細菌」。約1-2μmほどの大きさで、名前の通り赤紫色の楕円形の細菌だ。大気中や海水中に溶け込んだ二酸化炭素を使って光合成を行い、体内のニトロゲナーゼという酵素を使って窒素を取り込んで成長する。
そもそも先生が海洋性紅色光合成細菌に着目したのは、どういう理由からなんだろう?
「微生物を使って高分子をつくる研究は30年以上前から取り組まれていて、例えば土壌から見つかった微生物を使い、使用後は土壌や海水中で分解できるバイオプラスチックなどがすでに実用化されています。私がつくりたかったのは、『ポリアミド』*といって、タンパク質と同じ[-CONH-]のアミド結合の繰り返しが線状に連なっている高分子だったので、窒素を取り込んで体内で高分子をつくり出すことができる微生物を探しました。日本は水が豊富ですが、世界的に見ると淡水はコストがかかるので、海水で培養できて、しかも窒素を取り込むことができる細菌というと、海洋性紅色光合成細菌ぐらいなんですよ」

なるほど、海洋性紅色光合成細菌って、すぐれものドキ!

*ポリアミド(Polyamide):アミド結合をもつ高分子の総称。ナイロン6やナイロン66などストッキングや衣料品に使われる合成繊維が代表的で、強度が高く摩耗に強いといった特徴がある。

細菌から原料を取り出すには

海洋性紅色光合成細菌から、どのように原料をつくり出すのだろう?
人工のクモ糸シルクをつくる場合は、細菌にクモ糸のタンパク質をつくる遺伝子を入れて培養し、原料となるタンパク質を取り出して、特殊な溶液内でのばして糸にする。バイオプラスチックの場合は、遺伝子組み換えなしでつくれるので、培養条件を整えて、粉末なら菌を回収して乾燥すればよく、フィルムに成形するならプラスチック成分だけを抽出して精製すればよい。その際に、副産物として得られる液体は肥料になる。粉末肥料として使いたい場合は、培養した菌を洗って塩分を取り除いたあと、菌を粉々にして凍結乾燥すればよいそうだ。

左:海洋性紅色光合成細菌から抽出・精製されたタンパク質
右:人工のクモ糸シルク
画像:2022年5月26日「ゼロカーボンバイオ産業創出の基盤となるタンパク質繊維試作品の完成」プレスリリースより

西陣織の工房に依頼して試作した織物の見本。円で囲った半透明の部分が人工クモ糸シルクで織った箇所

4000リットルのデモプラントで培養

これまで研究室では、数ミリリットルから10リットル規模で培養条件を精密に制御しながら細菌を培養してきた。その後500-1000リットルへと培養容量を増やしてきたけれど、2022年3月からは京都大学桂キャンパスで4000リットル規模のデモプラントが動き出したドキ。

培養槽もスケールアップ

京都大学桂キャンパス内のデモプラント

「研究室レベルの培養と大容量のプラントではやはり勝手が違います。菌体の量が格段に多いので管理がたいへん。また、暑いと菌が死んでしまいます。プラント内は夏場には40℃を超えてしまうので、水の中に培養チューブを通して水温をコントロールしています。検証の結果、細菌の成長に日照は温度に比べてそれほど影響しないことがわかりました」

4000リットルのプラントで3日間培養して増えた菌を回収する。現状では、肥料は10kgぐらい取れるが、シルク糸は1kgぐらいしか取れない。例えば西陣(にしじん:京都市上京区から北区にわたる地域の名称)で織物(西陣織)にするには少なくとも数kgオーダーの糸が必要なので、今後さらに最適な培養条件を検討して効率を高め、大きいサイズで培養していく必要があるそうだ。
「安定した日照が期待でき、海水が利用できる地域が適していると考えています。将来的には中東の砂漠地帯の海沿いあたりで大規模に培養できたらいいですね」

バイオプラスチック研究への歩み

先生がこうした研究へと歩んできた道のりをうかがったドキ。
「中高校生時代は水泳の部活に熱中していて、ほとんど勉強はしなかった」そうだ。専門は100mバタフライ。
化学にめざめたのは?
「水泳の大会って、ヒマなんですよ。午前中予選があって決勝は午後だから、その間ずっと待ってなきゃならない。都大会ってだいたい期末試験の前ぐらいにあるので、待つ間に試験勉強をするんですが、部活の顧問が化学の先生で高3のときの担任でもあったので、わからないところがあると聞いたりしていましたね」
といっても、これで化学が得意になったってわけじゃないとか。

大学選びでは、私立大は体育推薦でないと体育会に入れないからと国立大を志望し、東京工業大学に入学。ここでも水泳の部活にのめり込んだ。
「工学部のうち、機械工学とか応用化学などいろいろな分野から専門を選ばなきゃならないというころ、ちょうど白川英樹(しらかわ・ひでき)博士が導電性高分子の発見と発展でノーベル化学賞を受賞されたのを知って高分子にしようと決めただけで、高分子にさほど深い思い入れはありませんでした」
しかし4年のときにケガをして入院する羽目になり、水泳を続けられなくなってしまった。そのころには生分解性プラスチックの研究をやろうと考えていて、大学院はエコマテリアルが専門の土肥義治(どい・よしはる)先生の研究室へ。高分子が生体でどう分解されるかのメカニズムを研究したという。

博士号をとったあと、分解ではなく、生物的に高分子をつくる技術を学びたいと、米国・タフツ大学のデビッド・L・カプラン(David L. Kaplan)教授のもとに留学。カプラン教授は医療応用に向けた生体材料の専門家で、ここで大腸菌を使って生体材料となるタンパク質をつくる基本をマスターした。その後、大腸菌だけでなく、他の生物種を使ったタンパク質づくりを始め、帰国後、理化学研究所でラボを率いることになった際に、研究テーマの一つとして、光合成細菌を使ったバイオプラスチックの作製や生産を掲げたんだって。

人工のクモ糸シルクをつくる

先生が2020年7月に発表したのが、海洋性紅色光合成細菌を用いて人工のクモ糸シルク作製に成功したという研究だ。
「クモの糸は、人工の高分子ではマネができない物性を持っています。例えばジョロウグモの牽引糸(けんいんし:クモの巣の縦糸や、クモがぶら下がるときに利用するクモ糸)は、鋼鉄に匹敵するタフネス*があり、高い衝撃吸収性が求められる構造材料への応用が期待されていますが、牽引糸を構成するタンパク質だけでも約10種類もあり、クモの糸の物性を生み出すメカニズムは当時ほとんど解明されていませんでした。
私たちはクモ糸のシルクタンパク質の紡糸(ぼうし)メカニズムを詳しく調べ、結晶構造の変化や繰り返し配列が重要なカギを握っていることを解明しました。ジョロウグモの牽引糸の主成分がMaSp1 タンパク質です。そこで、海洋性紅色光合成細菌にMaSp1 タンパク質の繰り返し配列を担う遺伝子を導入し、クモ糸に似た物性のシルクをつくったのです」

*タフネス:靭性。材料が力を受けて壊れるまでに、材料によって吸収されるエネルギーの大きさを表す。材料が耐えることができる強度が大きいほど、また材料が破壊されるまでによく伸びるほど高いタフネスを示す。

a:海洋性紅⾊光合成細菌の9リットルの⼤型培養槽
b:凍結乾燥させた精製MaSp1タンパク質
c:MaSp1タンパク質の溶液から得られたファイバー
d:MaSp1タンパク質から得られたファイバーの⾛査型電⼦顕微鏡像
e:ファイバーの破断⾯の⾛査型電⼦顕微鏡像

2022年10月、先生たちのグループは、世界の各地域に生息する1000種以上のさまざまなクモの細胞からRNAを抽出し、クモ糸に含まれるクモ糸タンパク質の種類やアミノ酸配列などの遺伝子情報を解析。クモ糸の物性に関するさまざまな情報をデータベース化し、「Spider Silkome Database」として発表した。

「このデータベースを使って、アミノ酸配列から物性を予測して設計をすることで、多様な人工クモ糸材料をつくることができるようになると思います。もっとも、クモの糸そっくりにつくることが目的ではありません。クモの糸はクモにとって最適化されているのであって、私たちが使ううえでは、24時間でボロボロになっては困りますよね。しなやかで破れないとか、ものすごく伸びるとか、どんな物性の高分子をどんな用途のために開発したいのか、設計指針をしっかりデザインして取り組むよう、学生たちを指導しています」

ゼロカーボンでつくれる有機質肥料の誕生

2022年5月に発表したのは、海洋性紅色光合成細菌からつくった肥料だ。
「いま使われている化学肥料に含まれる窒素は、多くがハーバー・ボッシュ法という製法でつくり出されています。鉄などを触媒として、水素と窒素を高温・高圧で反応させてアンモニアを化学合成する製法ですが、大量のエネルギーが必要で、温暖化の原因となる二酸化炭素や窒素酸化物(NOx)を排出するという問題があります。光合成細菌を使って大気中の二酸化炭素と窒素を固定するなら、ゼロカーボンで化学肥料に代わる有機質肥料をつくり出せます」

実際に、この肥料を用いた土壌で小松菜を育て、肥料を与えない土壌と、即効性化成配合肥料を散布した土壌の3群で比較した。その結果、この肥料を用いた群は、肥料を与えない群に比べて生育は良好で、即効性化成配合肥料を散布した群と比較しても、タネをまいて14日後の生育はやや劣るものの、35 日目では遜色のない成長ぶりを示したという。
「この肥料は、窒素成分の効果がゆるやかに発揮される特徴があると見ています。今後、ゼロカーボンでオーガニック(有機質)だというだけでなく、農作物の味や栄養の観点でこんな有効性があるというデータが取れるといいと考えています」

左からゼロカーボンでつくった有機質肥料、京都大学大学院農学研究科附属農場、試験栽培の様子

資源のない日本に必要な技術

空気から資源をつくり出すというプロジェクトは順調なようだ。
それにしても、こんな途方もないアイデアを考え出したのはなぜだろう?
「日本のこれからのものづくりのためです」と先生。

20世紀後半以降、日本は大量のエネルギーを使い、大量生産・大量廃棄で発展してきた。これにより、いまや気候変動にどう対応するかが世界的な課題となっている。石油からつくられるプラスチックは軽くて丈夫だけれど、自然に還らない。実際、海洋プラスチックごみは海洋生物に深刻な被害をもたらしている。
原料となる石油資源も有限だ。国産のポリマーといっても、その原料は輸入しているし、国産野菜と謳っていてもその肥料となるとやはりほとんど輸入。輸入に頼らず、日本でものづくりをするための技術が必要だと考えたのだという。
「石油の代替原料として植物油が注目されたことがありました。でも、植物油だって食料と競合するし、環境破壊につながったり、価格変動のリスクがあったりして、根本的な解決にはならないことを痛感したことがあります。
気候変動の原因となる二酸化炭素を地下の奥深くに埋めたとしても将来どうなるかわからないし、排出権取引*もどこかゲームじみていますよね。これからのことを考えると、資源がない日本だからこそ、地球上に無尽蔵に存在する空気、そして海水を使って、実際に使えるものをつくることが一番大切だと考えたのです」

環境に配慮した高分子や肥料を開発するための企業も創業した。持続可能なものづくりに向けた先生のチャレンジはまだまだ続いていくドキ!

*排出権取引:二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を削減する仕組みの一つ。国や企業は削減量の目標を定める。例えば、ある年度の20%を削減するという目標を立てた場合、その年度の80%分が「排出枠」として割り当てられる。もし排出枠を超えて排出してしまった国や企業は、排出枠が余っている国や企業から排出枠を購入(取引)するというペナルティが生じる。

環境に配慮した高分子の開発について知るには!

milsil No.6 2022 Vol.15
特集 高分子化学の明日を拓く
~環境への配慮と機能性を満たす新技術~

(国立科学博物館 2022年11月発行)

「milsil(ミルシル)」は国立科学博物館が隔月で発行している自然と科学の情報誌。2022年11月発行の15巻6号の特集は、沼田圭司先生が全体監修した「高分子化学の明日を拓く」。動植物や微生物など、生物資源由来の高分子材料や、生分解性があるなど自然の循環システムと調和した合成高分子開発の現状や、医療応用のいまを15ページにわたり紹介している。

GSC(グリーン・サステイナブル・ケミストリー)に関連した学習資料

GSCとは、人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学のこと。入門書籍やさまざまな事例が紹介されている。

研究者を志す人へのヒント

有馬 朗人/監修
『研究力』

(東京図書 2001年5月刊)

科学や工学の分野で活躍する10名の研究者が第一線の研究者になるための研究力、ブレークスルーを生み出す力や、課題を発見する力の大切さを説く。
登場する科学者は、有馬朗人、中村修二、榊裕之、岸本忠三、佐藤勝彦、阿部博之、軽部征夫、中西友子、久間和生、横山茂之。

有馬 朗人/監修
『研究力』

(東京図書2000年9月刊)

科学の最前線で活躍する13名の研究者が、研究者をめざす学生などに向け、第一線の研究者として成功するためのヒントや助言を語った本。沼田先生の大学院時代の指導教官だった土肥義治教授も、「君は夢を語れるか?夢を実現する基礎体力があるか?」と題して登場している。他に、有馬朗人、戸塚洋二、舘暲、榊佳之、野依良治、本庶佑、松本元、外村彰、小林誠、北澤宏一、森重文、小平桂一ら、そうそうたるメンバー。

(取材・文:「生命科学DOKIDOKI研究室」編集 高城佐知子)

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