マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊
第26話 磁鉄鉱の歯
「ヒザラガイ」という貝がいる。酸化鉄の一種の磁鉄鉱でできた歯を持っていて、その硬さは模造ダイヤといわれるジルコニアを超えるほど。生物がつくる鉱物の中で最も硬いんだって! いったいどんなメカニズムでこの磁鉄鉱の歯がつくられるのかを解明したのが、岡山大学の根本理子先生。研究の流れや応用の可能性をうかがったよ!
冬のはじまり… 休日に海辺で遊ぶ 3人です 足元に 気を付けてよ~ うわ~ すごい岩場! ドキドキする! え~と この図鑑の生き物を 見つけたいんだけど マイナス ドライバーを 隙間に入れて 岩からはがす… やった~! ヒザラガイ!! まるで岩の 一部みたい! よく見つけたね! この生物の体には 不思議な能力が あるんだって! ええ~? ドキドキ!
これは 「ヒザラガイ」という 硬い殻に覆われた 海の生物です 三葉虫のような 見た目をしていて アサリやイカ・タコと おなじ貝の仲間の 軟体動物です! 日本全国 どの海でも 見つけることが できるんですよ 硬いのは 殻だけでは ありません! なんと ヒザラガイの歯は 「磁鉄鉱」で できていることが わかっています! ええ~っ!? 歯が鉄で できている!? 岡山大学学術研究院 環境生命自然科学学域 根本 理子 准教授
ヒザラガイの鉄の歯は すべての生物の中でも もっとも硬い歯だと 言われています! 鉄のヤスリや ガラスよりも硬く 模造ダイヤモンドとして 知られるジルコニアより すり減りにくいと 言われています! ここが ヒザラガイの 口です! すごく硬い歯を もっているのに 岩についている藻を 削り取るように 食べているせいで 歯がすり減って なくなって しまうんです 歯がどんな形を しているのか 顕微鏡で 見てみましょう!
ヒザラガイの歯は 「歯舌」といって 体の内側にベルトのような 形で収められています 使用中の硬い歯から 新しくつくられた歯まで ズラリと並んでいます つくられた ばかりの歯は 白いんですね! そして 黒くて硬い 磁鉄鉱で できている 歯になる! それまでの研究で 鉄が歯に沈着する しくみには 「フェリチン」 というタンパク質が かかわっていることが わかっていました しかし実際に 鉄がどのように運ばれて どうやって磁鉄鉱に なるのかは 謎のままだったんです
私の大学時代の先生は 体の中に磁石をもつ 「磁性細菌」の専門家 だったので私もその 研究をしていました その後 大学院で博士号を得たあとに アメリカの大学で研究員となり この研究室のテーマだった ヒザラガイの研究に 取り組むことになったんです ヒザラガイは 歯に磁鉄鉱を持つ…… 生物の体内に 磁石ができるのは どうしてだろう? そんな疑問を持ちながら オオバンヒザラガイの 歯舌からひたすら タンパク質を抽出して 質量分析で解析しました そして日本に戻り 2015年からは 岡山大学の先生に なりました! ここは 瀬戸内海に面していて 海洋生物の研究に ぴったりの場所なんです ここで 研究の鍵となる 大事な仲間と出会う ことができました
2017年には 鉄の沈着にかかわる タンパク質を特定して 「歯舌マトリックス タンパク質 (RTMP1)」 と名付けました ヒザラガイは 歯が小さすぎて 量がとれないので 酵母にRTMP1を つくらせましょう! 酵母の研究者 守屋 央朗 先生 免疫組織染色で RTMP1が歯舌の どこに分布して いるかを見える ようにしましょう! ウーパールーパーの 研究をしている 佐藤 伸 先生 大量にある 遺伝子情報は コンピューターで すぐに解析 できますよ! コンピューターや数式 を使う研究をしている 小布施祈織先生 ヒザラガイの 飼育ができれば 歯舌の発達過程を 観察できますね! 貝類の生態に詳しい 大越 健嗣 先生 こうやって さまざまな分野の 専門家との協力で 研究が進んだんです!
RTMP1が いつどの部分で どういうはたらきを しているのかが わかったら ヒザラガイの 鉄の歯ができる しくみに迫る ことができる はず! 調べてみると RTMP1は成長中で 硬くなるまえの 歯の先端や表面に たくさんあることが わかりました RTMP1はそこで フェリチンが 運び込んでくる 鉄とくっつきます! こうやって歯の中に 酸化鉄がどんどん沈着して 「磁鉄鉱」として 固まっていくことが わかりました
生物の体内で 鉄や磁石が つくれるって すごいことですよね このしくみを まねできたら 環境への負荷が低い 生物由来の材料で 磁石がつくれるように なるかもしれません たとえば コンピュータの 記録装置や 病院で体内を 調べるときに使う MRI検査の薬剤などが つくれそうです がん細胞の中には 「過剰な鉄」がある と言われています これを酸化鉄に変えて 体の中にある鉄を 減らすことができれば病気を治すための まったく新しい方法を つくれるかもしれません 鉄は生命に必要な 元素ですが 毒にもなります これを体の中で 安全に扱える しくみがわかれば 生命科学が大きく 発展するでしょう
先生は 中高生の頃は どんな感じ だったんですか? 身のまわりの不思議なことに 興味を持っていました 石や貝を拾っては 「どうしてこんな形なんだろう」 「どうやってできたんだろう」と 考えたりしていました! 納豆の先生の 本を読んで 微生物の研究って おもしろそう! …と思い 大学進学のときは 農学部か工学部かと 悩みながら この道へ進みました 「好きなことを もっと知りたい」 という純粋な好奇心は とても大事です 小さな違和感や 「変だな」という 気付きを大切に してください そこに 世界のしくみを変える 発見が隠れているかも しれないですよ!
ヒザラガイは「磁鉄鉱」でできている硬い歯を持っている。 生物の体なのに磁石の性質を持っているというのも不思議だね。 このしくみを遺伝子の情報から調べたところ、 「RTMP1」というタンパク質が鉄を運び込み、 フェリチンと協力して歯を硬い磁鉄鉱に変えていることが わかったんだって。 このしくみを利用して磁鉄鉱や磁石がつくれたら より安全な方法で役に立つ材料が つくれるようになるかもしれない。 鉄は生命に必要な元素だけど 体にとって危険なモノでもある。 これを安全に利用している ヒザラガイの体のしくみから まだまだ有益な発見がありそうだ。 ぼくの 故郷の星にも 似ている生物が いるんだよ! レポートを送って みんなに 知らせなくちゃ! ええ~っ そうなの!? その後 DOKIDOKI星でも ヒザラガイ研究が 発展していった らしい…… 歯から磁鉄鉱が とれるらしいぞ! 捕まえて 調べよう!
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お話をうかがった先生

根本 理子
(ねもと・みちこ)
岡山大学 学術研究院 環境生命自然科学学域 准教授
2005年3月東京農工大学工学部生命工学科卒業。10年3月同大学大学院工学府生命工学専攻博士課程修了。1年間カリフォルニア大学リバーサイド校で博士特別研究員。帰国後、 東京農工大学生物システム応用科学府特任助教、 名古屋医療センターで流動研究員。15年より岡山大学大学院環境生命科学研究科特任助教。助教、准教授を経て23年4月より現職。専門はバイオミネラリゼーション。