マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊
第28話 クマムシ
調査のまとめドッキンレポート
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そもそもクマムシとは!
「最強の生物」と呼ばれるクマムシだけど、意外にもありふれた生き物ドキ。塀にこびりついている乾き気味のコケや、土にたまった水滴、近所の川や海、ヒマラヤのような高い山、極寒の南極、深海など、地球上のどこででも見つかる。次々に新種が発見され、いまや1500種にものぼるという。でも、「クマムシなんて見たことない!」という人がほとんどだろう。それもそのはず、体長は1ミリにも満たず、顕微鏡で覗かないと識別できないんだ。「ムシ」とついているけど、昆虫じゃないよ。エビや昆虫などの節足動物と、線虫などの線形動物の中間の「緩歩(かんぽ)動物」に分類される生物だ。小さいながらも脳と神経系があるけれど、肺やエラといった独立した呼吸器系や心臓などの循環器系はない。4対8本の足をもち、ゆっくり歩く姿は、けっこうキュート♪

詳しくは後で説明するけど、一部のクマムシの最大の特長が「乾眠」といって、乾燥環境下で体内の水分を数%まで減らして、観察できるレベルの生命活動を停止させること。種類によっても違うけど、なんと仮死状態のまま数年以上生き延びる。でも水をかけると10~20分ほどで生き返って活動を再開するんだ。すごいドキ。
アフリカの半乾燥地帯に生息するネムリユスリカの幼虫や、アルテミアと呼ばれるエビの仲間の卵も乾眠するけれど、どちらも幼虫や卵などライフサイクルの一時期のみ。いつでも乾眠できるのはクマムシだけなんだって。
ちなみに、耐性の高いクマムシの一種、ヨコヅナクマムシは卵から約4-5日で孵化(ふか)し、10日ぐらいで大人になり、約1か月で寿命を迎えるけど、乾眠するとその間は寿命にカウントされないんだよ。


シャーレに入った乾眠状態のヨコヅナクマムシを見せてもらった。

通常のヨコヅナクマムシ

乾眠状態。手足を縮めて樽のような形だよ
※スケールバーはいずれも0.1mm (100um)
"最強の生物!?"といわれるのはなぜ?
「乾眠」するクマムシの最大の特徴が、極限環境下でも生きられることだ。マイナス273℃のほぼ絶対零度でも、水が沸騰する100℃の高温でも。7.5 GPa(ギガパスカル)、つまり世界一深いマリアナ海溝(水深約10km)をはるかに超える水深750kmの圧倒的に高い水圧にも、国際宇宙ステーションの外と同じ、30μpa(マイクロパスカル)のほぼ真空にも耐えられる。2007年の欧州宇宙機関(ESA)の実験では、宇宙空間に10日間さらされたクマムシが、地球に戻ってから水をかけられると生き返り、なんと繁殖までしたことが確認されているよ。そしてヒトの致死量の 1000 倍にも相当する5000 ㏉(グレイ)の放射線を浴びても死なない*。ただし、「最強」なのは乾眠しているときだけで、乾燥させようとドライヤーをあてたら、先に熱で簡単に死んでしまうという。また、踏まれてもつぶれちゃうし、口の大きな捕食者にはひとたまりもない。なぜ、過剰なまでの耐性能力を身につけたのか、謎ドキ…。
*放射線耐性は、乾眠状態に入っていない場合も高い。

コラム
クマムシの2つの系統
分類学的に見ると、クマムシは大きく「真(しん)クマムシ」と「異(い)クマムシ」の2つに分けられる*。海や潮間帯にすむものもある異クマムシは、装飾的でトゲがあってカッコイイ。歩くのもきわめてゆっくりで進化的に真クマムシより古い。一方、陸・陸水にすむ真クマムシは、なめらかな体をもち、隙間に潜り込んで移動するのに適している。歩くのも比較的はやい。
「乾眠」できるのは、真クマムシと、異クマムシに属するトゲクマムシ目の陸生種のみ。陸の過酷な乾燥に対応するために乾眠能力を獲得したと考えられている。

*中クマムシは、両者の性質をあわせもったものだが、日本の雲仙でドイツ人が一度見つけたと報告されただけで、標本は残っておらず、その後だれにも見つけられていない。
クマムシとの出会い
國枝先生は最初からクマムシの研究をしていたわけではなかった。学生時代から「いつか生命を人工的に合成したい」と考え、大学院時代やスイス・バーゼル大学での博士研究員時代は、昆虫を用いて再生のしくみを研究していたという。その後、東京大学大学院理学研究科でミツバチの脳やオタマジャクシのしっぽの再生の研究に従事しながらも、どうやったら生命を合成できるか、あれこれ考えていたんだって。でもいっこうにアイデアが浮かばない。
そんなときに出会ったのが、早川いくを著の『へんないきもの』という本だった。それまでクマムシのことはまったく知らなかったが、乾燥して完全に活動を停止したクマムシが、水をかけると再び動き出すことに大きな衝撃を受けたそうだ。
「乾眠しているクマムシって、物質の塊みたいなものですよね。このとき体内で分子はほとんど動いていないわけだから、人工的に再現しやすいのではないかと。体を構成するすべての分子の位置情報を調べてシミュレーションすれば、生命のシステムを再構築できるんじゃないか。同じように物質を配置して水をかけると、生命として動き出すかもしれないとひらめきました」
クマムシが、生命のシステムを明らかにするうえで最適な生物と映ったのだ。
乾燥に耐えるメカニズムを追え!
2004年にクマムシ研究をスタートした國枝先生は、まず、乾燥に耐える分子メカニズムを調べようと考えた。
ヒトを含め地球上の生き物は、体の60~80%は水だ。では、水分が失われると死んでしまうのはなぜだろう? 一つには、生体内の代謝、つまりさまざまな化学反応を助ける「酵素」や「栄養素」が、水がなくなると動けなくなってしまうからだ。そして、生命維持のためのエネルギーをつくりだすことができなくなる。さらに、血液が流れなくなり、汗を出せず、老廃物も排出できない。また、細胞の中にあるタンパク質や細胞膜は、まわりに水があることでその形をキープしているけれど、水がなくなると支えを失い、グシャッとつぶれて元に戻らなくなってしまうんだって! 水は生命維持に必須なんだね。
乾燥して干からびしてしまわないように、いったいどんなメカニズムが関わっているんだろう? 幼虫が乾眠するネムリユスリカの場合、砂糖の一種であるトレハロースが水の代役となっていて、乾燥すると固体に変化して膜やタンパク質の形を維持することがわかっていた。でも、クマムシの乾眠ではトレハロースはほとんど溜っていない。また、植物のタネが乾燥に耐えるときに重要な働きをするLEA(late embryogenesis abundant)と呼ばれるタンパク質も、クマムシではあまり関与していないことがわかった。
ヨコヅナクマムシのゲノムを解読
クマムシの乾眠には、これまで知られているものとは別のメカニズムが働いているに違いない。そこで國枝先生は、クマムシのゲノムを解読することにした。といっても、いまでこそ次世代シークエンサーで1日もあればゲノムが解読できるが、当時は大量のサンプルが必要だったという。
クマムシの中でもっとも乾燥耐性の強い「ヨコヅナクマムシ」はメスだけで増える。系統*を確立し、数万匹単位で安定して増やす技術を開発することでようやく遺伝子レベルの解析が可能になった。解析の結果、遺伝子約20,000個のうち、全体の 50%強は他の動物の遺伝子と共通しているものの、40%強はクマムシ固有の新規遺伝子であることがわかった。
*系統:実験動物の個体差を少なくするために、兄妹/姉弟同士の近親交配を何世代も繰り返すことで、遺伝的なばらつきのない集団になったものを系統という。ヨコヅナクマムシは交配をしないため、1匹から順に増やして系統を樹立した。

ヨコヅナクマムシの約2万個の遺伝子の内訳
他の生物でわかっている遺伝子の情報から類推すると、ヨコヅナクマムシのゲノムの特徴としては、①ストレスとなる物質をなくしたりする酵素や、ストレス障害を修復するなどストレス耐性遺伝子が多い、②ストレスを悪化させる遺伝子を失っている、③他の生物からストレス抵抗性遺伝子を横取りしていることがうかがえた。
次に、乾眠するときにオンになる遺伝子に秘密があるのではないかと調べたが、乾燥前後や、乾眠状態から水を与えて復活する際に発現が変化する遺伝子を見つけることはできなかった。
DNAを保護する「Dsupタンパク質」
どうやら、クマムシ固有の遺伝子が重要なようだ。とはいえ、遺伝子からの探索では成果が上がらなかったので、遺伝子からつくられるタンパク質をターゲットに、耐性に関係ありそうなものを探す作戦に変更した。
「クマムシは乾燥にも放射線にも耐えます。どちらもDNAを切断し破壊するわけですが、その耐性があるということは、DNAを専用に守る何かを持っているはずです。きっとDNAのそばにいるものだろうと、クマムシをすりつぶした液からDNAにくっついているタンパク質を取ってきて、それを解析して発見したのが、Dsup(ディーサップ:Damage suppressor)タンパク質でした」
興味深いことに、このDsup遺伝子をヒト培養細胞に組み込むと、放射線による DNA の切断が抑制される。致死量の放射線を照射しても一部の細胞は生き残り、増殖能力を維持することもわかったそうだ。この研究は2016年に発表した。その後、世界の研究者から、Dsupを植物に入れても放射線耐性が向上したとか、がん治療で行う放射線療法の副作用を防ぐ応用研究などが次々に報告されているんだって!

Dsupによってヒトの放射線耐性は約2倍上昇した。クマムシの放射線耐性はヒトの約1000倍だから、Dsup以外の因子が他に存在するはずと國枝先生は考えている。
細胞を強化する「CAHS(カーズ)タンパク質」
もう一つ、國枝先生のグループが2022年に発表したのが、乾燥するときに繊維状の構造を形成する「CAHS(カーズ、cytoplasmic abundant heat soluble)タンパク質」だ。このタンパク質は、細胞の中で水がなくなってくるとワーッと集まり、細胞の中に鉄筋を張り巡らせて補強し、形が崩れるのを防ぐ「鉄筋コンクリートの鉄筋」のような役割を果たす。おもしろいのは、これが可逆的であることドキ! 水が戻ると繊維が溶けるように消えて、細胞が元通りに動き出すんだ。

クマムシのCAHSタンパク質(緑)を組み込んだヒト培養細胞。青色部分が細胞の核(核を染める特別な薬品で青く染めている)。CAHSタンパク質は、通常の条件では細胞の中に均一に広がっているが、脱水を感知すると集合して、細胞内に網目状のネットワーク構造をつくり、物理的に細胞を強化する。

CAHSタンパク質の働きを示すモデル図。CAHSタンパク質はストレスのない状態(左)では、生命活動のじゃまをしないよう細胞内に分散して存在しているが、脱水ストレスにさらされたとき(右)だけ、機械的な強度を上げて細胞を保護する。脱水ストレスが解消されると元に戻る。
クマムシの遺伝子編集技術を確立
DsupもCAHSもクマムシのタンパク質をヒト培養細胞に組み込んで明らかにしたものだった。でも、ヒト細胞ではなく、やはりクマムシで実際にどのような変化が起きているのかを明らかにしたい。このために挑戦したのが、ゲノム編集技術の開発だった。
「たとえばCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)で遺伝子編集するときは、普通、受精卵に編集液を入れるんですね。ところが、クマムシの卵に直接針を刺すと、卵がすぐに破裂してしまうんです。細胞膜の状態が普通の生物と違うのかもしれません。そこで昆虫用に開発された『DIPA-CRISPR(ダイパ・クリスパー:Direct Parental-CRISPR)法』という手法を用いてみました。卵に刺すのではなく、メス親のお腹に注射します。すると卵を作るときに取り込まれて、ゲノム編集された子が生まれてくるんです。この方法で外来遺伝子の導入(ノックイン)と機能阻害(ノックアウト)が簡単にできるようになりました」
ゲノム編集技術の確立は2024年6月に発表された。今後、クマムシの耐性メカニズムの解明だけでなく、クマムシがどのように進化してきたかの謎が明らかになっていくと期待されているよ。

クマムシへのゲノム編集ツールの顕微注入
クマムシ研究は何に役立つのか
少しずつクマムシの放射線耐性や乾燥耐性が解明されてきているが、では、クマムシの研究はどんな役に立つのだろう? さきほどDsupの医療応用の可能性を紹介したけど、乾燥耐性に関していうと、気候変動が深刻化するなか、乾燥に強い植物づくりのヒントになるかもしれないドキ。
「究極的には、生魚をそのまま乾燥保存して、水をかけたら生き返る、といったことができればおもしろいですよね。乾燥お刺身を戻したら"踊り食い"できるとか(笑)。現実的なところでは、ワクチンなどのバイオ医薬品や血液製剤などの乾燥保存でしょう。血友病の治療薬をCAHSタンパク質を使って乾燥保存する研究をアメリカのグループが発表しています。マイナス80度の冷凍庫がいらなくなる可能性があり、災害時などの備蓄にも非常に有効です」
こうした食品や医療への現実的な応用のほか、私たちの生命観に与える影響も小さくないと先生は言う。
「乾眠状態のクマムシは、生命活動がストップしているけれど死んでいるわけではありません。このとき生命がどのような状態にあるのかをいろいろな角度から探究することで、生命の定義に新たな視点が加わるはずです」
失敗に学ぶ
20年ちょっとクマムシの研究を続けてきた國枝先生。研究人生のなかで「やった!」と思ったのはどんなときか、という質問には、「Dsupをヒト培養細胞に組み込んで放射線耐性が確認できたときと、CAHSタンパク質による繊維化の写真を目にしたとき」と答えてくれた。
逆に、しんどかったことは?
「乾燥前後で変動するタンパク質とか遺伝子を探していて、候補を見つけて『やった!』と思って2年間ほど解析を進めていった最後に、クマムシのタンパク質ではなくてバクテリアのタンパク質だったと判明したことがあります。なぜこんなことが起きたのかというと、水分が徐々に蒸発していく過程で、表面張力でクマムシのまわりにバクテリアが濃縮されていくからなんです。活動状態と乾眠状態とを比較すると、バクテリアの濃縮前と濃縮後ですから再現性があるのは当然で、何度やっても乾眠状態のほうが多くなる物質がある。『絶対間違いない』と思って質量分析を進めていたんですけど、全部無駄。そういう経験があったので、ゲノム解析にあたってはものすごく慎重にやりました。そうしたときに、アメリカのグループが先に「クマムシのゲノムを解読したら、ものすごい数のバクテリアの遺伝子を持っていることがわかった」という論文を発表したんです。『やられた!』と思いましたが、実は彼らのはコンタミネーション(試料汚染)にすぎなかった。最初の苦い経験が生きましたね」
クマムシの飼育のたいへんさや、研究の苦労を乗り越えてクマムシの研究に打ち込んでいる先生。最近、クマムシとは進化系統的に遠く離れているけれど、やはり高い乾燥耐性と放射線耐性をもつヒルガタワムシについても研究を始めたとか。
「研究を始めた当初は、『クマムシなんて研究して何になる』という声もあったんですが、いまではいろいろ応用もできそうだと研究が広がってきました。だれもやっていなかったことに挑戦するのは、見向きもされない暗がりに歩みを進めるような怖さがありますし、荒野を切り拓く大変さもあります。でもその分、予想もしなかったことが次々と分かってきて、楽しいこともたくさんありました。だからみなさんも、自分のやりたいことを見つけたら、ぜひ粘り強く追いかけてみてください。やりたいことは一つに絞らなくてもいい。いろいろやりたいことについて考え続けて、これだ!と思ったものに飛び込むと、道が見えるものが現れると思います」
オススメの本
國枝先生に、クマムシについて深く知るための本と研究者を志す人にオススメの本を教えてもらったドキ!

鈴木忠/著
『クマムシ?!小さな怪物』
(2006年8月刊 岩波科学ライブラリー)
クマムシとは何か、オニクマムシの生活史、200年以上前からの研究の歴史、クマムシの極限耐性の実際、試行錯誤して飼育に挑戦する苦労話など、クマムシに魅せられ、2000年からクマムシの世界にはまって研究を続けているクマムシ研究の第一人者による書。クマムシの飼育法・観察法についても記載されている。B6判・130ページで読みやすい。中高校生以上向け。


ポール・ド・クライフ/著 秋元寿恵夫/訳
『微生物の狩人』
(上/1980年11月刊・下/12月刊 岩波文庫)
1926年にポール・ド・クライフにより発表されたもので、レーウェンフック、パストゥ-ル、コッホなど病原体の探究に貢献した微生物学、細菌学の父たちが、いかに研究を進めてきたのか、業績と人生、その生き様やエピソードが情感たっぷりに書かれている。高校のときに読んで、「おもしろい、生物の研究者になろう」と思った本なんだって。
(取材・文:「生命科学DOKIDOKI研究室」編集 高城佐知子)