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手足も羽もないのに“大ジャンプ”!?線虫を使い、生物の集団行動の謎を解く~広島大学大学院統合生命科学研究科・杉研究室を訪ねて~

線虫の名前は聞いたことがあるだろう。全世界の土壌や水の中に生息している、手足も目もない白い糸のような多細胞生物だ。なんとなくうす気味悪いが、生命科学の分野では大スター。名だたるノーベル賞の陰の立役者だし、国際宇宙ステーションにある日本の実験棟「きぼう」で宇宙デビューまでしている。その線虫、くねりながら移動しているだけだと思っていたら、なんと静電気を使って空中にジャンプして “瞬間移動”を行うらしい。大ジャンプの真相と、線虫から広がる研究の世界に迫ってみよう。

杉 拓磨(すぎ・たくま)

広島大学大学院統合生命科学研究科 超階層システム数理行動学研究室 特定教授

兵庫県生まれ。2001年京都大学工学部工業化学科卒業。03年京都大学大学院工学研究科分子工学専攻修士課程修了。武田薬品工業研究員を経て、07年京都大学大学院生命科学研究科高次生命科学専攻博士後期課程修了。京都大学 物質-細胞統合システム拠点特任助教、滋賀医科大学神経難病研究センター助教などを経て、23年より現職。生命体の集団行動に共通する集団形成メカニズムとそれに関わる神経ネットワークついて、生物学や光工学、物理、数理モデルなどの視点から研究している。博士(生命科学、工学)。

ショートムービーで見る研究のあらまし

100匹の線虫が、一瞬にして消えた!?

空中に大ジャンプした線虫は、生命科学の研究でモデル生物として活躍しているC.エレガンス*。広島大学大学院統合生命科学研究科の杉拓磨先生が、生物の集団行動と神経ネットワークの関係を調べるために線虫を飼育していて、不思議な現象に気づいたことからこの研究はスタートしたという。

*学名はCaenorhabditis elegans(セノラブダィティス・エレガンス)。C. elegans(C.エレガンス)と称される。

「線虫は、砕いたドッグフードを混ぜた寒天培地を敷いたエアーベントシャーレ内で飼育していました。ふつうは大腸菌をエサに使うのですが、ドッグフードを使うと栄養豊富なため線虫がどんどん増え、個体密度が高くなり、『ダウアー(dauer)』と呼ばれる耐性幼虫になります。耐性幼虫の群れの活動を観察していたわけですね。
あるとき、寒天培地の上に置いたはずの線虫が、いつの間にか消えてしまうことに気づきました。なんとシャーレのフタに移動していたんです。耐性幼虫は静止していることが多いのですが、刺激には敏感で、わずかな刺激ですぐ動き出します。でも培地からフタまでは30mm以上の距離がある。1mm弱の線虫が這って移動するにはそれなりに時間が必要なはずです」

線虫をシャーレで培養中。「エアーベントシャーレ」と呼ばれる、隙間から空気が入るシャーレを用いる。

何度もその現象に遭遇するうち、「もしかしたら線虫は飛んでいるのではないか」と思いついた。そこで光学顕微鏡下で観察を重ねると、1個体だけでなく、尻尾で立ち上がった線虫の上を線虫がよじ登り100個体くらいが集まってタワーのようになった状態でも、タワーごと瞬時に視界から消えてしまうことがわかった。この場合もやはりフタに線虫タワーが現れる。
「なんと100個体もの線虫集団が一瞬でワープしていたのです」
100個体もの集団が瞬間移動するなんて驚きだ!

Current Biology誌より

1個体が一瞬で視界から消える様子を 1コマ2万分の1秒の高速カメラで撮影した連続写真。
スケールバーは100 um。

そこで、懇意にしていた北海道大学電子科学研究所の中垣俊之教授の研究室と連絡を取り、中垣研究室の佐藤勝彦准教授と物理学的な検証も行いながら共同で研究を進めることにした。ちなみに、中垣教授は物理学的視点から生物と非生物の行動パターンを研究し、粘菌の行動研究でイグ・ノーベル賞*を2回も受賞している。

*イグ・ノーベル賞:ノーベル賞のパロディとして1991年にイスラエルの科学誌の編集者が創設した賞。ノーベル賞に否定を表す接頭辞の「イグ(ig)」を付けたもので、世界中の「人々を笑わせ、そして次に考えさせる」独創性に富んだユニークな研究や発明などに対して贈られている。

杉先生たちは当初、線虫は尻尾の力で「自発的に」飛んだのだろうと考えた。耐性幼虫はときどき尻尾で立ち、体を左右に振る。体の表皮が乾燥して硬くなり立ちやすくなっているのだが、立った姿勢は地面を這っているより飛ぶために有利に思えたからだ。
しかし、広島と北海道で高速カメラによる行動観察を重ねるうちに、線虫が自発的に飛ぶなら尻尾がもっと反るのでは?という疑問が湧いた。

「線虫が飛ぶ前と後の写真をよく見比べると、尻尾の向きがおかしい。反動の勢いをつけて飛んでいるようには見えませんでした。むしろ、何かに“引っ張られて”飛んでいるのではないか。もしかすると静電気ではないかと考えたのです。ほら、プラスチックの下敷きをこすって髪の毛に近づけると、髪の毛が下敷きに引っ張られるように逆立ちますよね。それと同じように、こすった下敷きをシャーレの上に置くと線虫がピョンピョン飛ぶのです。そこで、電場を制御する装置を使って、さまざまな条件で観察を続けることにしました」

調べていくと、線虫は電場がないときには飛ばないこと、電場が200kV/m以上になると飛ぶこと、電場がプラスに帯電してもマイナスに帯電しても飛ぶことがわかった。また、耐性幼虫ではない成虫や、電場を関知しない線虫の変異体*を使った実験では跳躍行動が顕著に減った。つまり、線虫は単にシャーレの静電気に引き寄せられているのではなく、近くに電場があることを感知して、能動的に飛んでいる可能性も考えられるのだ。

*変異体:突然変異や遺伝子の改変などによって誕生した、野生(自然)集団に一般的に見られる特徴とは異なる性質や形質をもった個体のこと。野生型と変異体とを比較することによって、遺伝子の機能などを明らかにすることができる。

「ちなみに、200kV/mというのは、100pC(ピコクーロン、クーロンの1兆分の1を表す単位)というごく微小な電荷を帯びているハエなどが線虫と2mmぐらいの距離に近づいたときにできる電場の強さで、自然界では普通に発生しうる電場です。線虫が飛ぶ速さは秒速約1mで、これは線虫の這う速度の約1000倍。人間なら時速4kmで歩いていた人が、突然ピストルの弾と同じくらいの速さで空中に飛び出すイメージです。こうした行動を100個体近い集団でも行っているという事実に非常に驚きました」

小さな生物のしたたかな戦略

それにしても、小さな線虫が静電気を利用して飛ぶのはどんな意味があるのだろう?

「線虫は耐性幼虫の状態のときに飛びます。耐性幼虫になるのは、餌がなくなったり、増えすぎたり、周りが汚くなったりするなど、生育環境が悪化したとき。耐性幼虫になると何も食べなくても2~3カ月、長いものでは半年も生きることができ、環境の良い場所に移動すると成長を再開させるのです。
線虫の耐性幼虫が尻尾で立つ行動は『ニクテーション(nictation, 宿主探索行動)』と呼ばれます。より条件の良い場所に移動するために、通りすがりの昆虫などにくっつくために立つのだと考えられていますが、それまでは他の生物にどのように付着するのかよくわかっていませんでした。この実験で、静電気を利用して飛んでいるという可能性が見えてきました」

線虫のライフサイクル

線虫は寿命が4週間ぐらいなのに、耐性幼虫の状態だと、何も食べなくても2-3カ月も生きているんだって!

生物は生存競争に打ち勝つために、さまざまな戦略を身につけてきた。その一つに動物が他の生物に乗って移動する「便乗行動」がある。進化論で有名なダーウィンも、晩年、小さな動物が便乗行動によって世界中に広がる可能性に興味を持ったという。彼の人生最後の論文は、淡水二枚貝の便乗行動についてだった。
発達した運動器官を持たない生物にとって、劣悪な環境からより良い環境へ移動するには大きなエネルギーが必要だ。そのため、一部の生物は運動能力の高い生物に付着して移動することで自らの弱点を補ってきた。ダニが甲虫やハエにくっついて移動するのはその一例だ。

では、実際に線虫は昆虫に飛び乗ることができるのだろうか?
そこで杉先生たちは、セイタカアワダチソウでこすって帯電させたマルハナバチを線虫に近づけてみた。マルハナバチは、巣から飛び立つときに電荷を帯びること、体表面の帯電を利用して花粉をくっつけることが知られており、この実験にはもってこいなのだ。 すると、予想通り線虫に1-2mm程度近づけたところで、線虫はマルハナバチに飛び乗った。80個体ほどの線虫で形成された“線虫タワー”も、タワーごと見事にハチの静電気に引きつけられたという。

(A)〜(D) 線虫タワーごと飛び乗る過程の連続写真

(E)(F) マルハナバチに飛び乗り、付着した線虫

動画では、25ミリ秒ぐらいのところでジャンプするよ!

「線虫は静電気を利用して生息域を拡げてきたのかもしれません。静電気というと意外に思うかもしれませんが、自然界でいろいろなものにこすれることで多くの昆虫は帯電しています。私たちも、空気が乾燥した時期にドアノブに触るとバチッと静電気が発生することがありますよね。衣類と肌の表面の摩擦によって体の表面に帯電しやすくなっているためですが、それと同じ。線虫にとってはかなり大きなエネルギーですから、猛スピードで飛ぶことができるのです。もちろん、便乗行動に利用するのは静電気に限りませんが、少なくとも線虫にとって手軽に利用できるエネルギーの一つだといえるでしょう」

昆虫が静電気を利用する行動は他にも例がある。例えばクモが空に向かって舞い上がる様子を「バルーニング(ballooning)」と呼ぶが、クモは風がなくても空中の電場を使って上昇でき、雷の日などは風船のように何kmも運ばれるという。また、先の実験で使ったマルハナバチは花のまわりの微弱な電場を感知することができ、花の出す電位変化を読み取って訪れるべき花かどうかを判断しているという研究も報告されている。

花粉をいっぱい体につけているマルハナバチ

「線虫のように小さな生物は帯電しやすいため、意外といろいろな場で電気を利用しているのかもしれません。生物間のコミュニケーションで、声や音、フェロモンなどのにおいは盛んに研究されていますが、電気に注目した研究は少ないので、今後いろいろな事例の発見が期待できそうです」

ノーベル賞も支えるモデル生物

ここで線虫について少し詳しくおさらいしておこう。

線虫は線形動物門に属する動物の総称。約50万種いるといわれ、全世界の土壌や海洋中に広く生息し、おもにバクテリアなどを食べて生きている。魚や貝類に寄生して食中毒の原因になるアニサキスや、動物や植物に寄生するカイチュウも線虫の仲間だが、寄生系の種はどちらかと言えば少数派。非寄生系の線虫のなかで、生命科学の分野でとくに有名なのがC.エレガンスという種だ。
繁殖が容易でライフサイクルも短く、卵から2〜3日で成虫になり3〜4週間ほどで寿命を迎える。体長は1mmほどで全細胞数は約1000個と少ないが、消化器官や神経、筋肉、生殖器官など、動物の基本的な構造をすべて備えている。

「線虫は多細胞生物のなかで最初に全ゲノムが解読された生物で、その約40%はヒトの遺伝子と同じです。体や卵殻が透明なので、生きたまま細胞核まですべて顕微鏡下で観察でき、受精から成虫にいたるすべての細胞系譜が解明されています。さらに、神経回路のネットワークが完全に明らかにされており、ショウジョウバエと並ぶモデル生物として非常に重要です。2002年にノーベル生理学・医学賞を受賞*したアポトーシスの研究も、2008年にノーベル化学賞を受賞**した緑色蛍光タンパク質の発見も、この線虫を使って成し遂げられたものなんです」

*2002年ノーベル生理学・医学賞
受賞理由/生物体の器官形成とプログラムされた細胞死における遺伝的制御の解明
受賞者/シドニー・ブレナー(Sydney Brenner):線虫の神経細胞ネットワークの解明
    ジョン・サルストン(John E. Sulston):線虫の細胞系譜の解明
    ロバート・ホロヴィッツ(H. Robert Horvits):プログラム細胞死の遺伝子と機構解明
線虫を実験系として確立し、受精卵から成体までの細胞の分裂と分化を追跡することを可能とし、器官形成やプログラム細胞死(アポトーシス)を理解する上で鍵となる遺伝子を同定した。アポトーシスとは、細胞分裂によって、体の構造を形作っていく過程で、余分な細胞をなくしたり、細胞数のコントロールやガン化した細胞などを排除したりする際などに、遺伝子のコントロールで生じる細胞死のこと。

**2008年ノーベル化学賞
受賞理由/緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見と開発
受賞者/下村 脩(Osamu Shimomura):オワンクラゲから、GFPを単離
    マーチン・チャルフィー(Martin Chalfie):線虫の細胞をGFPを使い着色
    ロジャー・チェン(Roger Tsien):GFPを改造し、緑色以外の色で光らせることに成功
緑色蛍光タンパク質の発見とその応用によって、タンパク質や細胞にさまざまな色のタグをつけて、生物内のタンパク質の動きを追跡することが可能になった。脳の神経細胞の形成過程やがん細胞が広がる過程など、これまで見ることのできなかったプロセスが「見える化」され、生命科学、医療研究分野では不可欠な技術となっている。

ちなみに、研究室では実験用に線虫を冷凍保存しておくことが多い。適正な条件下で解凍すれば簡単に生き返るので、いろいろな変異体の線虫をストックして必要なときに解凍して使うのだ。この7月には、シベリアの永久凍土の中から発見された4万6千年前の線虫が研究室で生き返ったというニュースもあった。うまくすれば太古の線虫も実験に使えるということか。線虫からいろいろな発見が生まれたというのも納得だ。

線虫で群れの集団行動を解析

杉先生が線虫の研究を始めたのはなぜなのだろう?

「もともとタンパク質の構造解析で学位を取りました。でも構造を調べるのはよいけれど、ではタンパク質の構造と機能がどう関わっているかを調べるとなると、機能を解析するすべを持っていないことに歯がゆさを感じていました。動物を使って機能解析するスキルを身につけたいと、遺伝学が使えて、変異体をつくるのも容易な線虫を対象にすることにしたのです」

そこで2007年から、名古屋大学の森郁恵先生*のもとで、温度刺激を線虫が学習・記憶する際の神経機能や分子メカニズムの研究を始めたのだという。先生が現在取り組んでいるのは、線虫を使って集団行動と神経の関係を明らかにすること。

*森郁恵:日本における線虫研究の創始者の一人。線虫の温度学習・記憶にかかわる神経回路を同定した。現在、名古屋大学 大学院理学研究科 附属ニューロサイエンス研究センター シニアリサーチフェロー(名誉教授)。
森先生のインタビュー記事:この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第20回

「みなさんも、一度は水族館のイワシの群や帰巣するムクドリたちが、何かに導かれるように移動するのを見たことがあるでしょう。不規則な動きから一瞬にして塊になったり一定方向に移動したりしながら美しいパターンを形成していく様子は見ていて飽きることがありません。こうした生物の群れの動きのメカニズムを数理モデル化することはよく行われているのですが、その理論を実験で確かめようとしても、魚や鳥の群れの動きを実験室で再現することは不可能です。そこで着目したのが線虫でした」

線虫を使おうと思いついたのは、線虫が飼育瓶の側面につくったきれいな網目模様を発見したことからという。あるとき先生は、九州大学の非常勤講師としての授業で、学生たちに線虫タワーを見せてやろうと考えて、飼育瓶のドッグフード培地に細長い棒状のピペットチップ*を差しておいた。そうすると耐性幼虫が集まってイエローチップによじ登り、簡単にタワー状になるのだ。それを見た九州大学の友人が、ドッグフードの上部から瓶の壁面にかけて線虫の群れが網目状の模様をつくっていることに気がついた。

*ピペットチップ:マイクロピペットの先端に取り付けて使用する円錐状のプラスチック製の管。

ガラス瓶の側壁にできる特徴的な網目模様。線虫の集団によってネットワーク構造が形成されている。赤丸内に見えるのが1個体。

「きれいな模様は、秩序のないところにはできません。通常、線虫は不規則に動きますが、網目模様ができるということは、線虫の自発的な行動によって何らかの秩序が生まれたと考えられます。物理学の世界では自発的に動く粒子を『アクティブマター(active matter)』と呼び、そのメカニズムの研究が盛んに行われています。私たちも、その理論を使って線虫の動きを調べてみることにしました」

自発的に動く粒子の集まりは、特定の場所で決まった反応が起こりやすくなり、それがきれいなパターンを生むという。しかし、目を持たない線虫は自分の位置もわからないのに、どうやって網目模様をつくるのだろう。

そのメカニズムに迫るため、まず、線虫の個体数を少なくしたシャーレで個体の動き方を調べた。すると、①線虫は円を描くように動き、ある程度の距離を同じ速度で動くことができる。②個体数を増やしていくと衝突が増え、衝突後は互いに平行な向きになりやすい。③衝突すると体に付いた水分でお互いに引力が働き、しばらく接触したまま円を描いて動くといったことがわかった。

「実験で明らかになった①と②の動きは、一緒に研究を進めていた研究者が過去に細胞の微小管の集団運動を調べたときの特性と一致しました。そこで、そのときの数理モデルに③の水分に関する条件を加えた新たな数理モデルを考えてシミュレーションを行ったところ、見事に網目模様を再現できたのです」

数理モデルのシミュレーション通りの網目模様を作った線虫
■湿度を変化させたときの線虫の群れの動画はこちら→ https://www.youtube.com/watch?v=Vv0On7OHefY

線虫で群れの動きの解析や予測ができるようになると、将来どのような応用が考えられるのだろうか。

「数理モデルを再現する際の正確性が向上し、線虫集団によって群れの秩序形成の実証ができるようになれば、例えば災害時の群衆の避難方法の解析や、渋滞時の人の動きの解析に活用でき、より効率的で安全な誘導が可能になるかもしれません。また、ロボット単体では困難な作業を集団で行わせるアルゴリズムの開発にも応用できるのではないかと思います」

神経ネットワークの4次元イメージング

小学生時代から、アリやハチが巣を作り集団で知的な行動をするのが不思議で、そのメカニズムを明らかにしたいと考えていたという杉先生。線虫を使い、群れの数理モデルを実証できる可能性を提唱、その研究の過程で、線虫が静電気を使って飛ぶという行動を見つけた。今後はどんな研究を進めていきたいと考えているのだろうか。

「線虫だけでなく、より高等な知能を持った社会性生物、シロアリなどを使った研究も進めていきたいと考えています。そのために、脳神経のネットワークの動きを詳細に観察できる撮影技術の開発も進めています。脳神経のネットワークは複雑な3次元構造のなかで、電気信号を非常に速いスピードでやり取りします。それを観察するには3次元空間を素早く撮影する必要があります」

実験で使う一般的な顕微鏡カメラはスキャン型で、3次元空間を2次元でスキャンした画像を積み重ねて1つの3次元画像に合成する。スキャンする時間がかかるため、粗いコマ送りの画像データしか得られない。
それに対して、3次元空間をまるごと一度に撮影できるようにしたのが「ライトフィールド技術」だ。虫の複眼のように平面にたくさんのレンズを並べた「マイクロレンズアレイ」を使い、1回で並べたレンズすべての画像データと角度情報を取得する。人間が2つの目の視差を利用して3次元の空間を認識しているように、たくさんのレンズの個々の2次元データと位置データを記録し、それを解析することで3次元を再構成するのだ。
100回スキャンが必要なところを1回の撮影で済ませられるため時間も短縮できるし、撮影データは2次元データで保管できるためサーバーに負荷もかからない。画期的な技術だが、撮影速度が速いぶん、空間分解能が低く、精度の高い画像データを得るのはやはり難しいのだという。

ライトフィールド技術の原理を説明してくれる杉先生

「そこで、私たちはマイクロレンズアレイによる撮影データを、通常のスキャン画像と同じくらいの精度に再構成できるアルゴリズムの開発に成功しました。このソフトを使えば神経回路の活動をその動きも含めて丸ごと捉えることができる。ある意味、3次元空間の一瞬を、“時間”の要素を含めた4次元で切り取れるといえるかもしれません。温度を測るセンサーなどと組み合わせれば、細胞内の温度分布や変化もリアルで見ることができるなど、さまざまな応用が可能になると期待しています」
この技術は特許の取得も進めていて、1、2年でスタートアップ企業を立ち上げる予定だそうだ。

「一つの専門性を突き詰めるのも大事ですが、これからは異なる分野の知識や技術を積極的に学ぶことがいっそう重要になるでしょう。ライトフィールド技術の改良も、生物学と光工学が交わってできた結果です。生物学だけで解明できることは、かなりやり尽くされていますが、異なる分野や新しい技術を積極的に導入していけば新たな道が拓けるはずです」

線虫という小さな生物から生命全体のしくみを解明することもできるし、生物学に物理学や数学といった異分野が交わることで新しい発見も生まれる。線虫も、静電気という予想外のエネルギーを使うことで、新たな道を拓こうとしたのかもしれない。

(2023年9月14日更新)

研究室にて