フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」 第10回 将来の再生医療に役立たせるために 東京工業大学フロンティア研究機構 赤池敏宏教授インタビュー ES細胞やiPS細胞を高品質で大量に培養、分化制御する技術を開発!

フクロウ博士の森の教室 シリーズ1 生命科学の基本と再生医療

第10回 再生医療ってなんだ!

ES細胞やiPS細胞を高品質で大量に培養、分化制御する技術を開発!

東京工業大学 フロンティア研究機構 赤池敏宏教授 インタビュー

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赤池敏宏(あかいけ・としひろ)
1969年東京大学工学部合成化学科卒業、75年同大学大学院工学研究科合成化学専攻博士課程修了。同年東京女子医科大学日本心臓血圧研究所助手、医用高分子、免疫工学材料などを研究。80年東京農工大学工学部助教授、90年東京工業大学生命工学部教授、バイオ人工肝臓、肝細胞の接着・増殖、アポトーシスの分子生物学的解明とその診断・治療への応用などを研究。99年同大学大学院生命理工学研究科教授、バイオ人工肝臓用マトリックス工学などを研究。2010年同大学フロンティア研究機構研究部門教授に。著書に『生命材料工学』(共著)、『再生医工学』(共著)、『生体機能材料学』、『バイオマテリアルワールドへの招待』など多数。

ES細胞やiPS細胞を利用した再生医療は、これまで治療できなかったさまざまな病気を治す「夢の治療」とも言われている。けれども、実用化のためには、安全性の検証のほかにも、想像を絶する大量の細胞を培養しなければならないなど課題も多い。工学的なアプローチから再生医療実現のための研究を続ける赤池先生にお話をうかがった。

「細胞用まな板」の上でES細胞の大量培養と高効率分化制御に成功!

───赤池先生は、将来、再生医療を実現するために重要な研究をしているとお聞きしています。実際、どんな研究をしているのかをお聞かせください。

いま、心臓、肝臓、手や足、眼など、臓器や器官をつくっているどんな細胞にも分化できるES細胞やiPS細胞が注目されていますよね。こうした細胞を体外で大量に培養し、損傷を受けたからだの部位に移植すれば、失われた機能を回復できるというわけです。
けれども、こうした細胞を使って臓器をつくろうとすると、膨大な数の細胞を培養しなければなりません。たとえば、重症肝疾患の患者さんを救うには、いまは他人からの肝臓移植しかありませんが、ドナー不足で必要な臓器はとうてい足りません。これにかわるまるごとの人工肝臓をES細胞やiPS細胞から分化制御されてできた肝細胞を使ってつくろうとすると、2500億個もの分化した肝細胞を確保しておかなければなりません。仮に10分の1の250億個の細胞でいいとしても、細胞バンクから提供される100万個のES細胞やiPS細胞を、まず前半の段階で次から次へと17回も分裂させなければならないんですよ。増やしたES/iPS細胞を次の段階で100%肝細胞に分化させて回収する方法もありませんから、実際はそれ以上のES/iPS細胞を用意しておかなければなりません。肝臓細胞だけではなく、心臓でも700億個、腎臓では200億個の細胞数が必要なんです。

───すごい数ですね。それに培養した細胞の質も気になりますが。

そうです。数を確保するだけでなく、他の細胞に分化したりしないで、ちゃんと目的の肝細胞に分化していて、しかも無傷な幹細胞を得なければなりません。これまで細胞で臓器をつくったり実際の医療に利用できるような、良質で大量のES細胞やiPS細胞を培養する技術は確立されてこなかったのですが、私たちはある画期的な方法によって、それを可能にしたんです。

───いったいどんな研究によってできるようになったのですか。

これまでES細胞やiPS細胞を培養するときには、培養皿にゼラチンをコートし、その上で培養していたのですが、この方法では培養した細胞は凝集してコロニーをつくってしまうのです。コロニーをつくってしまうと、コロニーの内側と外側の環境が大きく異なってしまうため、分化が不均一になって、未分化の細胞が残ったりしてしまうのです。
ですから、コロニーになって接着している培養した細胞を、強力なタンパク質分解酵素によってひきはがさなければならない。

───消化酵素で強引にバラバラにするってわけですね。

そう、ひきはがされるES細胞やiPS細胞の身になってみるととても痛い(笑)。この方法で何回も培養されると、ストレスにさらされて細胞の質が極端に落ちてしまうんです。
そこで、私たちは、どうしたら、コロニーをつくらせないで、一個一個ばらばらな状態でES細胞やiPS細胞を培養できるか、その方法を研究していったのです。
注目したのは細胞と細胞を接着させるE-カドヘリンというタンパク質です。まず、遺伝子工学の手法によって、E-カドへリンを頭にして、もう一つのタンパク質(抗体の尻尾)を新たに尻尾にしたバイオマテリアル(生体機能性材料)の「融合タンパク質(キメラ抗体)」をつくりました。
この融合タンパク質のE-カドへリン(頭)を上に、もう一つのタンパク質(尻尾)を下にして、尻尾の部分をポリスチレンのプレートに化学的に固着した「細胞用まな板」をつくりました。つまり、この細胞用まな板は、E-カドヘリンがずらっと表面に並んだものだと理解してください。

───まな板というのだから、その上で何か調理をするんですか?

ええ、この上でES細胞やiPS細胞を培養するんです。ES細胞やiPS細胞側にあるE-カドヘリンは細胞用まな板にあるE-カドヘリンと接着しますから、細胞同士ではくっつかなくなるんです。つまり、細胞たちはコロニーをつくらず、一個一個ばらばらな状態で培養することができたんです。こうして培養したES細胞やiPS細胞は、キレート剤処理という簡単な方法で、無傷のまま回収することができました。しかも、この細胞用まな板は、何回も繰り返し使えるんですよ。10回繰り返しても、同じ質の高い細胞を得ることができました。
培養した細胞を目的の細胞に分化させることも必要です。この細胞用まな板上で培養したES細胞やiPS細胞に、サイトカインやホルモンを加え、一個一個分散していたES細胞の90%以上を肝細胞に分化することにも成功しています。

細胞用まな板
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