フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」 第10回 将来の再生医療に役立たせるために 東京工業大学フロンティア研究機構 赤池敏宏教授インタビュー ES細胞やiPS細胞を高品質で大量に培養、分化制御する技術を開発!

バイオマテリアルの研究が基盤に

───細胞用まな板によって、目的の細胞を大量に効率よく培養でき、肝細胞などの分化した細胞にも誘導できるということですね。

そうですね、コロニーをつくってしまう培養法では、3日間の連続培養が限界で、この期間に起こる細胞分裂の回数は4回程度です。これではとても臓器をつくるまでには至りません。けれど、私たちの方法では簡単な処理で40~50回の細胞分裂が可能で、臓器を形成できるような膨大な数のES細胞の培養も可能だと見ています。そして大量に生産できれば単価が安くなり、実用に一歩近づくことができると思っています。

───肝臓ではなく、ほかの臓器細胞への分化も可能なのですか。

肝臓細胞へはE-カドヘリンで分化させましたが、ほかの細胞、たとえば心筋細胞や神経細胞にはN-カドヘリンという別の接着剤を使って分化させることができそうですから、目的に合わせて細胞用まな板の設計を変えれば、さまざまな細胞に分化誘導することができると考えているんですよ。

───細胞用まな板に必要な研究の領域はどんな分野ですか。

大量の臓器細胞をつくって治療や薬の評価・診断に使うのが目的ですから、医学の知識、ES細胞やiPS細胞などを扱うための発生生物学、そして高分子化学など工学分野の知識が重要です。
たとえば、細胞用まな板には融合タンパク質というバイオマテリアルが使われていましたね。バイオマテリアルとは医用工学の領域で使われる人工材料、天然材料のことで、からだに入れても問題のない材料(生体適合性材料)、あるいは、からだに埋め込んで臓器や細胞の機能を果たす生体機能性材料のことです。私たちの研究は、この医学・生物学と工学に基づいたバイオマテリアル研究がバックボーンになっているんです。
それから、細胞を培養するためには足場になるものが必要で、その足場のことを細胞外マトリックスといい、ここでも医学や工学の知識が重要になってきます。

───細胞外マトリックスってなんですか?

細胞は単独で存在するわけではありません。細胞と細胞の間には細胞に栄養を送る毛細血管、細菌が入ってきたときなどに防衛するマクロファージ、コラーゲンをつくる働きなどをする線維芽細胞などが組織をつくっています。この細胞外組織の分子成分を細胞外マトリックスというんです。細胞のすむ家かベッドのようなものですね。
そうそう、ワサビがとれるワサビ田をみたことがありますか? ワサビ本体のまわりにはワサビが育つように水分や栄養素が入ったものが還流しているでしょう。ワサビが細胞、細胞を育てる水や栄養素が通り抜ける石材が細胞外マトリックスと考えれば理解しやすいかもしれませんね。
再生医療を実現するためには、培養した細胞を体内にどのように移植するか、そのために細胞外マトリックスの知識と技術が欠かせないんですよ。

───再生医療を実現する上では、工学的な発想も必要不可欠なんですね。

ええ、私はそう考えています。病気を克服し、健康な毎日を送ることは人類の最大の願いのひとつだ思います。病気やケガなどで機能を失った臓器や器官を再生し、機能を回復できれば、医療の夢でしょう。ただ、その実現のためには、ES細胞やiPS細胞についての基礎研究だけでなく、私たちがやっているような、臨床の際に実際に使えるバイオマテリアルの研究が重要な意味を持っているのです。

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