この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第9回 がん化の可能性が低い多能性幹細胞「Muse細胞」を発見。 東北大学大学院医学系研究科 出澤真理 教授

自己末梢神経による再生の研究に着手

───それで、進路を変更されて、医学部に入ることになるわけですね。

ええ、医学部に進学し、臨床医になると決めたんです。父は学者でしたが、当時は私は学者よりも臨床医が向いていると思っていました。ところが、いざ、循環器内科の臨床現場で働いてみると、臨床医は「いま、そこにある危機」にどう対処するかだから、その忙しさは想像を越えていました。そこでまた、私は臨床医には向いていない、研究者が向いているって気づいて、方向転換したんです。

───検事志望から臨床医志望に変わり、それから研究者の道へ。決断にあたって迷いはありませんでしたか。

迷っても仕方がないですよね。とにかくある決断を下したら前に進むことが大事です。そして決断したことに全力でぶつかってみること。そうすればなんらかの結果が出るから、そこでまた考えればいい。迷っていても、なにも生まれないですから。

───臨床医を経験されたことが、その後の研究者生活に影響したことはありましたか。

そうですね、同じ研究者でも、生物学的な興味というより、臨床に還元できる研究活動をしようと考えました。当時は再生医療などという言葉はなかったのですが、失ってしまった身体の機能を自分の細胞を使って回復させることができないかと、漠然と考えていました。
なぜ、そんなことを考えたかというと、ちょうど私が医学部に入った1980年代前半、日本では脳死移植を認めるかどうかで大激論が戦わされていました。ただ、他人の死を前提とした医療は、次善の策ではあっても最善の策ではないのではないかという気がしました。もちろん、臓器の機能を喪失して、生命が危ない患者さんはいるのだから、そういう患者さんの命が救えるような、臓器移植に頼らない何か新しい方法がないものかと漠然と考えていました。いまで言う再生医療分野の研究をしたいなと考えていたわけです。

───どんなテーマの研究をしていたのですか。

学位論文を書くときに、ノーベル医学・生理学賞を受賞したラモニ・カハールの本に出会いました。カハールは1900年代初めのスペインの学者で、中枢神経は再生しないと考えられていた時期に、中枢神経も潜在的には再生の可能性を持っているが、なにかの環境が再生を妨げていると考え、ウサギの視神経を切断し、そこに同じ個体の太ももにある末梢神経をつなげる実験をしたんです。そうすると、それまで再生しないと言われていた視神経が再生したというのです。
カハールの本を読んで、神経系に限定はされていたけれど、中枢神経に同一個体の末梢神経を移植して機能を失った組織を再生させようという研究を始めたんです。学位もこれをテーマにした論文で取得しました。

カハールの本

いまでも大切に持っているカハールの本。Santiago Ramon y Cajal 「Degeneration & Regeneration of the Nervous System」Oxford University Press

───研究は順調に進んだのですか。

いえ、狭い神経系の範囲で研究をしていると壁に当たることってあるんですね。10年ぐらい続けたのですが、限界を感じてもっと広い範囲で研究をしていく必要があるなと感じました。そうしたところ1998年前後に、骨髄の中にいろいろな細胞に分化する能力を持ったものがあるという研究報告が発表されました。骨髄の中には血液を作る造血系の細胞と、間葉系の細胞(注)とがありますが、間葉系の方には骨や軟骨、脂肪の細胞などに分化する能力を有する細胞があることが言われ始めたんです。
ほんとうにそんなことがあるのかと思いながらも、それでも何事もやってみなければわからない、とにかくやってみようと、骨髄にある間葉系細胞の研究を始めました。最初私が手を付けたのは、神経再生を促進する作用を有する末梢神経のシュワン細胞を骨髄からつくれないかということでした。

(注)間葉系細胞
ヒトのからだは、60兆個もの細胞でできている。もともとは1個の受精卵が分化して、胚をつくり、さらに、胎児の心臓、脳、手足、血液、皮膚などの組織を形づくり、人体を完成させていく。胚の段階で、神経などをつくる外胚葉、筋肉などをつくる中胚葉、肝臓などをつくる内胚葉に分化する。間葉系細胞は、主に中胚葉をもとにして胎児の結合組織を形づくる。胎児の結合組織は、そのまま私たちの骨や筋肉、脂肪などとなる。

───それが可能になると医療にどんな影響を与えるのですか。

もし骨髄からシュワン細胞をつくることができれば、それをもとに先ほどお話ししたように中枢神経の再生もできる可能性があり、患者さんにも使うことができます。骨髄ならドナーもあるし、骨髄バンクもあるし、そういう使いやすい細胞からほしい細胞が誘導できればいいと考えたわけです。

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