この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第14回 多くの人との出会いが、研究生活を豊かにしてくれます。 独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 組織形成ダイナミクス研究チーム チームリーダー 倉永 英里奈 先生

体の形成に果たす細胞死(アポトーシス)の役割を研究

───倉永先生の研究の内容について、わかりやすくお話しいただけますか。

私たち多細胞生物は、発生段階からたくさんの細胞が増殖したり、分化したり、くっついたり、移動したりして生命を形づくっていきます。そのなかで、一つ注目されるのが細胞の死(アポトーシス)の問題です。たとえば、ニワトリの足の指は、発生段階では水かきがついているけれど、進化の過程で陸で生活するニワトリには水かきは必要がなくなったため、水かきの部分の細胞が死んで水かきのない正常な足の指が形づくられます。
成体になってからも、皮膚や腸などをはじめ多くの部位で、新しい細胞と入れ替わるために古い細胞が死んでいきます。ここで重要なのは、単に古い細胞が取り除かれるのではないということ。古い細胞が死んで新しい細胞と入れ替わるときには、細胞の死が早すぎても遅すぎてもいけなくて、お互いの協力関係が必要になります。こうした協力関係が破綻すると、がんや中枢神経の神経細胞が減っていく神経変性症などという病気を引き起こしてしまうのです。
さらに、最近ではこうした細胞死(アポトーシス)が、さまざまな面で多細胞生物のからだの形成に深くかかわっていることがわかってきました。私たちの研究は、個体の中で細胞死がどのような役割を果たしているのかを明らかにしようとするものなのです。

───具体的にはどのような研究をしているのですか。

アポトーシスが起きないショウジョウバエの個体を解析すると、雄の外生殖器に異常が見られました。では、ショウジョウバエの外生殖器はどのように形づくられるのでしょう。
ショウジョウバエの外生殖器は、形づくられる際に360℃回転します。正常な外生殖器が形づくられるときにはアポトーシスが起きていて、アポトーシスを引き起こす因子を欠いた変異体では、この回転が不十分でそのために外生殖器が不完全なものになってしまうのです。私たちは、さらに回転運動の詳細な研究をするために、生きた個体で観察しようと考え、細胞を蛍光タンパク質で光らせて可視化するライブイメージングという方法を導入しました。こうした手法を使うと、細胞や、組織、個体の中で起きている現象をリアルタイムで観察することができます。臓器の形づくりの過程で細胞が関係しあってふるまう様子を見ていると、実にわくわくしますよ。

ショウジョウバエ蛹期の外生殖器の回転運動。蛹化後24時間で回り始めて12時間かけて1回転時計回りに回転する。すべての細胞を蛍光タンパク質によって可視化している。

ショウジョウバエ幼虫のからだが蛹の殻のなかで踊るように動きながら「頭・胸・腹」に分かれて肢や翅が伸びてくる様子。蛹化後12時間経って1時間でこの変化が起こる。体節の後部領域の細胞核を蛍光タンパク質によって可視化している。

───ライブイメージングによってどんなことがわかってきたのですか。

ショウジョウバエの外生殖器をつくるための回転は「開始」「加速」「減速」「停止」の4つのステップに分かれて進行していることが判明しました。そして、細胞死が起きない変異体では、4つのステップのうちの「加速」が持続しないため、回転が不十分なまま止まってしまい、正常な外生殖器が形成されないことを突き止めたのです。

───この研究の持っている意味はどんなところにあるのでしょう。

私たちは、「正常を知ることで異常を理解することができる」と考えています。アポトーシスができない個体は発生過程で、脳や心臓など、さまざまな器官形成に異常をきたします。ショウジョウバエの雄の外生殖器の形成を研究することによって、臓器の形づくりがどのように起きるか、アポトーシスがどのように体の形づくりに役立つのかを解明することができると考えています。

───最後に中高校生にメッセージをいただけますか。

まず、勉学でも芸術でも何でもいいので、自分の好きなことは何かを見つけてほしいですね。好きだからこそ、少しくらいの困難にぶち当たっても、それを乗り越え、目的に向かって努力することができるのだと思います。そして、自分一人の世界で終わらせるのではなく、自分が追求したものを表現することで、周りの人たちとそれを共有できる喜びを知ってほしいと思います。

(2011年11月21日取材 2012年1月公開)

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