フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」 第7回 細胞の自殺──アポトーシス研究の重要性 川崎医科大学 生化学教室 刀祢 重信 准教授インタビュー  アポトーシスが生命にとって重要な働きをすることがわかってきた

フクロウ博士の森の教室 シリーズ1 生命科学の基本と再生医療

第7回 細胞の死
〜アポトーシス

アポトーシスが生命にとって重要な働きをすることがわかってきた

川崎医科大学 生化学教室 刀祢重信准教授 インタビュー

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刀祢重信(とね・しげのぶ)
1976年名古屋大学理学部生物学科卒業。78年同大学理学研究科修士課程修了(分子生物学)、1978年~1988年 三菱化成生命科学研究所・研究員(発生生物学研究部)。88年理学博士(名古屋大学)88年和歌山県立医科大学・助手、95年東京都臨床医学総合研究所・主任研究員。97年英国エジンバラ大学・客員研究員を経て、1998年より川崎医科大学助教授。遺伝子導入マウスの作出に日本で初めて成功するなど、初期胚の発生生物学に分子生物学の手法を取り入れた先駆的な研究で知られる。

細胞の働きを考えるとき、生命をかたちづくる細胞分裂や発生の話が中心になりがちだが、細胞の死を研究することで、新たな視点から生命の意義や、生命のシステムのすばらしさが見えてくる。いま注目されている「細胞の自殺・アポトーシス」について、専門に研究している刀祢先生に話をうかがった。

生物のからだの形成やホメオスタシスの維持に重要

───細胞の死について、研究を始められたのはいつごろからですか。

1978年に三菱生命研に採用され、発生と細胞周期を調べる研究室で、「テーマはなんでもいい、自分の頭で考えよ」と言われ、いろいろ探してみて「発生におけるプログラムされた細胞死」にぶち当たったのです。
その頃は、細胞が死ぬことに興味を持つ人は少なく、サタールという生物学者が「もし宇宙人が地球に来て、生物学の教科書を見れば、この星は死ぬことを知らない生き物で満ちていると思うに違いない」とエッセイで書いていたことを想い出します。細胞が分裂して新しい細胞が生まれることについての研究は盛んだが、細胞が死ぬことについては、ほとんど研究がなされていないことを指摘したものです。でも、この30年足らずで細胞死に関する研究も進み、大学の生物学の教科書にも多くのページがさかれるようになりました。

───細胞の死の研究の中でも、「アポトーシス」についての研究が注目されるようになっていますね。なぜなんですか。

研究が進んでいくうちに、アポトーシスが生命にとって、とても重要な働きをしていることがわかってきたからだと思います。それとアポトーシスであると鑑別できる便利な方法がいくつも発表され、多くの細胞や組織の細胞死に適用されたからでしょう。
アポトーシスの働きの代表的な例は、「森の教室」でもお話ししましたが、ニワトリの指を形成するプロセスで起こるアポトーシスなど、生物の発生時などの形態形成です。一般的に、生物がからだをつくるときには、必要な細胞より少し多めに細胞をつくっておき、その中から不必要なものを除去する作業が行われるようです。
指の形成ばかりではなく、心臓、腎臓、脳などといった多くの臓器を形づくる上でも、アポトーシスが働いていることがわかってきました。たとえば、胎児や新生児が脳の神経を形づくるときには、神経細胞は2倍ほど用意されていて、神経と神経をつないでいるシナプスという部位ができあがると、それに使われなかった細胞はアポトーシスで速やかに除去されるといわれています。男女を決める場合にも、初期には男女の生殖器の基になるものが用意されているのですが、どちらかの器官を形成する細胞がアポトーシスして、正しい生殖系が決まると考えられています。また脳の視床下部というところの性的二型核という領域は男女で大きさが違い、性行動に関係するといわれていますが、この大きさの違いは発生のある時期のアポトーシスのおき方の男女差の結果と思われます。

───からだを形成する時期だけでなく、成人してからも、私たちのからだでは新しい細胞が次から次へと生まれています。アポトーシスは成人してからのからだづくりにも関係しているのですか。

ええ、成人の個体でも細胞が増殖すれば、その数に見合った分だけの細胞がアポトーシスによって消去されています。一定の寿命で細胞が死なないと、細胞の中のタンパク質が傷んできます。また、DNAはアミノ酸を指定してタンパク質をつくる働きをしますから、タンパク質をつくるDNAが古くなると、間違ったタンパク質をつくる危険性もある。そうした事態を避けるためには、細胞の中の部品を変えるよりも、細胞全体を置き換えた方が効率的ですね。古くなった車の部品を変えるのではなく新車に取り替えるようなものです。
生物が生きていくためには、からだのなかのさまざまな環境を一定の条件に保つ「内部環境の恒常性の維持」(このことをホメオスタシスの維持といいます)が重要ですが、こうしたアポトーシスによる細胞の入れ替えがホメオスタシスの維持に大切な役割を果たしているのです。

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