フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」第7回 細胞の死 川崎医科大学 生化学教室 刀祢 重信 准教授インタビュー 細胞の自殺──アポトーシス研究の重要性

死時計が動き出す時期を研究

───先生がアポトーシスの研究をされるようになったのは?

私が高校生のときには、まだ教科書には分子生物学などについては載っていなかったのですが、個人的には副読本などを読んで、ワトソンとクリックが発見したDNAの二重らせん構造などに興味があって、当時唯一分子生物学の研究施設のあった名古屋大学に進学したんです。大学では細胞が増殖するときの細胞周期と発生について特に勉強していましたが、修士課程では転移RNAの構造を研究しました。
それから三菱化成生命科学研究所に就職して、そこで発生生物学の権威だった加藤淑裕先生から指導していただき、さきほど申したようにテーマを自分で考えよと言われ、いろいろ調べるうちに、ニワトリの指の間の細胞がどうも死んで行くらしいということに興味を持ちました。そのころはまだアポトーシスという言葉は一般的ではなく、ある一定の時期に、一定の場所で、一定の時間に、まるでプログラムされたように細胞が死んでいくことから「プログラム細胞死」と呼ばれていました。
ニワトリの胚をナイルブルーという色素で試しに染めて顕微鏡で見た瞬間の、指の間の青いツブツブの見事さ! ふーん、こいつらはせっかくここまで増えたのに、胚全体のために、けなげに死んでいくんだという事実とその画像の美しさは、私にこのテーマでやっていこうと決めさせるのに十分でした。この細胞死のプログラムの中味を明らかにすることをライフワークにしたわけです。このテーマで理学博士をいただきました。

───アポトーシスの中でも、先生はどんなことを研究されているんですか。私たち中高校生にできるだけわかるようにお話しください。

それでは、私の研究のごく一部を簡単に説明しましょう。まず始めにやったのは、遺伝子の働きを変える、ある薬(分化阻害剤)をニワトリの胚に与えると、指の間の細胞死がほとんど抑えられて、結果的にはアヒルのような水かきをもったヒヨコが生まれることを見つけました。指の間の細胞死が、指が分離することに必須であることを初めて証明したわけですね。

写真:研究結果

分化阻害剤を胚に与えると指間の細胞死が抑制され、Dのように水かきをもったヒヨコが生まれる。写真Bが阻害剤でアポトーシスを抑えた胚の肢芽の輪切り。写真Aは対照胚で、Cはその拡大図。生きている細胞(赤)の中に死んだ細胞(緑)が混じっているのがわかる。

図1 細胞周期

その後は、細胞死と細胞周期の関係を調べたのです。発生過程におけるアポトーシスは、「森の教室」でもお話ししたように、細胞の中に死時計が仕掛けられていて、細胞が増殖する特定のプロセスでその死時計が動き出すようにプログラムされています。細胞分裂にあたって、分裂から次の分裂までのサイクルを細胞周期といいます。図1のように、M期(細胞分裂)→G1期→S期(DNA合成期間)→G2期→M期という周期で増殖を繰り返します。私たちは死時計が細胞周期のいつ動き出すのかを研究したわけです。私たちの一連の研究によると、細胞死を促す遺伝子にスイッチが入って、アポトーシスの死時計が動き出すのは、細胞周期のS期を通過した後であることがわかりました。アポトーシスは、細胞の核の中にあるDNAが切断されることで起こります。G2期で細胞の増殖のルートをはずれた細胞は、まずわずかにDNAが切断され、そしてこの切断のために核の構造が変わるなどして、より激しい切断が起こり、アポトーシスが完結すると考えています。また先ほどの薬で細胞死をしなくなった細胞はG2期で細胞周期を外れなくなり、細胞周期を回り続けるのです。ただし、このG2期で外れるのはこの系の特徴ですが、決して一般的なものではないことに注意してください。

───アポトーシスの死時計が動き出すとき、細胞ではどのような変化が起きるのですか。

アポトーシスは、外部からの障害などで細胞膜が破裂して死んでいくネクローシスと違って、細胞の核が凝縮して死んでいきます。アポトーシスがどのように起こるのか、核が凝縮する分子機構の研究も重要なテーマだと思っています。最近では細胞の核がどのように凝縮するのかをさまざまな実験を通じて明らかにしてきました。
私たちはアポトーシスの死時計がすでに回り出した細胞から抽出液をとり、それを健常な細胞から取り出した核にかけてみました。そうすると、DNAを分解する酵素が働き、アポトーシスによる核の凝縮が起きました。
この核の凝縮を観察すると、図2のように、いくつかのステージごとに形が変化していくことがわかりました。初めはリング状に、さらにそのリングがところどころ切れてネックレスのようになり、それから最終的な凝縮が起きるのです。こうした研究を通じて、実はアポトーシスは無秩序に行われるものではなく、核の凝縮ですら極めて精巧にプログラムされた生命現象であると考えられます。
今後、核を凝縮させる因子の特定や、DNA修復とアポトーシスの分子機構の関係などを解明していきたいですね。

図2 アポトーシスにおける核凝縮のステージ表
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