フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」 第11回 重症の心不全の患者さんを細胞シートで治療 大阪大学大学院医学系研究科 外科学講座心臓血管外科学 澤 芳樹教授インタビュー 心臓病の患者さんを再生医療で救いたい。心臓外科医を天職と信じて臨床と研究に打ち込む。

フクロウ博士の森の教室 シリーズ1 生命科学の基本と再生医療

第11回 心臓を元気にする再生医療

心臓病の患者さんを再生医療で救いたい。
心臓外科医を天職と信じて臨床と研究に打ち込む。

大阪大学大学院 医学系研究科 外科学講座心臓血管外科学
澤芳樹教授 インタビュー

profile

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澤 芳樹(さわ・よしき)
1955年生まれ。1980年、大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部第一外科入局。1989年、フンボルト財団奨学生として、ドイツのMax-Planck研究所心臓生理学部門、心臓外科部門に留学。その後、大阪大学医学部第1外科助手、医局長、講師を経て、2002年に大阪大学医学部臓器制御外科(第1外科)助教授、付属病院未来医療センター副センター長に就任。2004年、大阪大学医学部附属病院心臓血管外科副科長。2006年、大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管・呼吸器外科教授および大阪大学医学部附属病院未来医療センターのセンター長に就任。現在、大阪大学大学院医学系研究科 外科学講座 心臓血管外科 主任教授 科長、大阪大学臨床医工学融合研究教育(MEI)センター センター長。

重症の心臓病の患者さんの太ももの筋肉を少し切り取り、そこから筋芽細胞を取って培養し、細胞シートをつくる。その細胞シートを患者さんの心臓に移植する再生医療に、世界で初めて澤先生が成功した。どのようにして細胞シートと出会ったのか、なぜ細胞シートにはそんなパワーがあるのか、そして心臓外科医にかける先生の思いを伺った。

細胞シートとの出会い

───澤先生が心臓血管外科のお医者さんになったのはなぜですか。

私の祖父は同じ大阪大学で学んだ医師で、卒業後勤務していた病院で腸チフスに感染して27歳で亡くなり、母親や親戚中からいつもその話を聞かされていました。いとこのお兄さんも阪大の医学部で免疫学を専門にしていたのですが、27歳で交通事故で亡くなった。そのいとこにはとても可愛がってもらったのですごく悲しかったですね。そんなことから医師になる道を選択したんです。
心臓外科は治療も難しく大変な仕事ですが、心臓の治療というのは治らないと亡くなるし、治ればすごく元気になる。すごく理にかなっているというか、治療効果が目に見えるところがあって、やりがいがあるんです。

───細胞シートによる治療を考えるようになったきっかけは?

以前から脚の筋肉の細胞が心筋の治療に効果があるということは知られていて、最初は脚の筋肉を培養したものを心臓に直接注射していたようですが、あまりうまくいかなかった。
そんな話を聞いていたところ、2000年頃に、ある学会で東京女子医科大学の岡野光夫先生が中心になって、ひよこの脚の筋肉を心臓に貼りつける研究をしていると発表されたんです。この講演を聞いて「これだ!」って思いましたね。壇上を降りてきた先生にすぐに「共同研究をしましょう」と声を掛けさせていただきました。
研究者の間ではすごい研究だと言われていたのに、臨床の医師たちは岡野先生の研究をだれも理解してくれなかった。臨床医の中では私が初めて興味を示したので、岡野先生も「それじゃあ、いっしょに研究しましょう」と言ってくれたのだと思います。

───それからどんな研究をなさったんですか。

筋芽細胞を心筋に移植するための細胞シートは岡野先生たちが研究開発し、私たちはそれを2002年ごろから実際にネズミやイヌなどで動物実験を重ねて、悪くなった心臓をどのくらい治療できるかデータを取っていったんです。
そのときに、細胞シートの筋芽細胞が直接心筋細胞の数を増やして心臓を元気にするのではなく、心筋が出しているのと同じ増殖因子を筋芽細胞も出すことで心臓を元気にするんだってことが分ったんです。
そこで研究を重ねて、2007年に初めて人間の患者さんに細胞シートを使ったわけです。

心筋組織までスケールアップした心筋細胞シート

心筋組織までスケールアップした心筋細胞シート


───細胞シートを実際に患者さんの治療に使うときに大変だったことはありますか。

実は、脚の筋芽細胞は心臓移植すると悪さをするって考えられていたんです。これまでの方法で筋芽細胞を直接心臓に注射で注入すると心臓が不整脈を起こしてしまったものだから、臨床医の先生方からは評判が悪かった(笑)。そんなことをすると患者さんの心臓に不整脈が出てしまうというわけです。心筋は電気を発生して筋肉を動かしているけれど、筋芽細胞も電気信号を出してスパークするため、心筋に影響を与えていたらしいんです。
でも、私たちの方法は直接注射をするわけではなく、細胞シートを心臓の外側に貼って、サイトカインなど増殖因子の働きで心臓を元気づけるものだから、不整脈などは生じなかった。そして、心筋梗塞の部位へ筋芽細胞シートを移植すると、注射器で注入した場合よりずっと心臓が回復していました。

心筋梗塞部位への筋芽細胞移植

心筋梗塞部位への筋芽細胞移植


───悪さをするっていう筋芽細胞を心臓の治療に使うことを非難されなかったんですか。

それはありましたよ。でも、他人が非難しても、自分たちを信じ、自分たちの研究を信じ、安全性を一つひとつ、ステップバイステップで検証していけば、重い心不全で苦しんでいる患者さんを治療できるような大きな成果を生みだすことができるんですよ。

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