フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

場所細胞の発火パターンは脳の認識で決まる

───場所細胞の発火について、基本的なことを教えてください。

ニューロン(神経細胞)は、通常はマイナスの電位でホールドされています。それが、何か特別なことが起きたとき、活動電位が生じプラスに転位するようにできています。コンピュータは「0」と「1」で情報を処理しますが、それにたとえると、神経細胞では活動電位が出ないと「0」、活動電位が出じると「1」の状態になり、場所細胞はある特定の場所に来たときに「1」になる細胞だといえます。この「1」のときに場所細胞が発火しているわけです。
本編でもお話ししましたが、ある空間のそれぞれの場所ごとに発火する細胞があり、その発火している細胞を見れば、ラットがどこにいるかが分かるというわけです。

ラット海馬CA1野の場所細胞の場所受容野マップ
同時記録された28個の場所細胞の発火頻度。赤が最大で、無発火は青。ラットが訪れていない場所は黒
高橋晋、櫻井芳雄 場所細胞 脳科学辞典 DOI:10.14931/bsd.1167 (2012) 

───たとえば、同じ部屋に何回もラットを入れると、その部屋の特定の位置に対応した場所細胞が、毎回同じように発火するのですか。

場所細胞で重要なことは、場所細胞がどのように発火するのかを決めるのは、ラットの認識に関わっているということです。たとえば、真っ暗な部屋から出して、明るい同じ部屋にまたラットを入れるとします。その際、ラットが暗い部屋と明るい部屋が同じ部屋であると認識しないと、同じ場所細胞が発火しないのです。
これを実証した実験があります。「モーフィング」というのは、ある形から別の形へと自然に変形するようにして映像を見せるバーチャルリアリティの技法ですが、ラットを20面体くらいの部屋に入れ、徐々に円形に近づけていくと、場所細胞の活動は同じ部屋であるにも関わらず、違った活動パターンを示すのです。
つまり、ラットは同じ部屋にいながらも、部屋全体の形が変化したと感じることによって、これまで記憶していた脳内地図をいったんリセットして、前とは違うパターンで発火するようになったのです。これを「リマッピング」と呼んでいます。
このように、場所細胞は、ただ位置情報を蓄えているだけでなく、記憶を消去したり、組み直したりするなど、可塑性を持った細胞であることが分かってきたのです。

───場所細胞をモニタリングすることで分かるのは、ラットの現在の位置だけですか?

ラットがこれまでどう動いてきたのか、今どこにいるかだけでなく、これからどう動こうとしているのかまでも読み取ることができます。
詳しいことは省きますが、脳からはニューロンの集団が同期活動することによって脳波が発生しています。脳波は、一定のリズムで発生し、発生する周波数によってデルタ波、シータ波、アルファ波など5種類に分けられます。場所細胞からは4~8Hzのシータ波の脳波が出ていて、1つ1つの場所細胞の発火のタイミングは、基本的にはシータ波のリズムで行われています。
ただ、完全に同期しているわけでなく、少しずつ前の方にずれていくことが分かってきました。このため、次々に発火していく場所細胞をモニタリングすると、次にラットが行きたい場所の場所細胞が0.1秒ぐらいのほんのわずか先に発火するのが計測できるのです。
つまり場所細胞は、空間情報だけでなく、過去、現在、未来の時間情報を持っているともいえるでしょう。

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