フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

10倍速で記憶を再生し、行動予定も立てる「リプレイ現象」を発見

───高橋先生は場所細胞に関してどのような研究に取り組んでいるのですか。

私が場所細胞の研究の中で力を注いできたのは、「リプレイ」という現象についての研究です。
場所細胞は、走っているときよりも立ち止まっているときに集中的にたくさん活動します。そのときに出るのが「鋭波」というシャープな脳波で、それが活発に働いているのです。私は、立ち止まっているときに場所細胞がどのような活動をしているのかを実験によって明らかにしようと考えました。
実験では、ラット4匹を使って彼らが迷路を正しくゴールまでたどり着けるように訓練し、場所細胞がどのように発火するかを計測しました。すると、迷路に入ってからゴールまで、一連の場所細胞が特定の順番で発火していました。
おもしろいことに、ラットが迷路の分かれ道に差しかかり、立ち止まって迷路の右に行こうか、左に行こうか迷っているときには、ラットの場所細胞は、迷っていない時よりも、およそ10倍もの速度で活動を始めることが分かったのです。

───そのとき、ラットは脳の中で何をしていたのですか。

ラットは右に行こうか、左に行こうか迷ったときに、どちらの道を選べばゴールにたどり着けたのか、その記憶を10倍速のモーレツなスピードで再生させていたのだと考えられます。この現象をアウェイク・リプレイ(Awake replay)と呼びますが、ラットはこのとき、「いつ、どこで、どのようにして」迷路を抜け出しゴールできたのかをリプレイしていたわけです。
本編でも話したように、いつ、どこで、何をしたか、個人の体験の記憶が「エピソード記憶」ですが、ラットのリプレイ行為は、まさにエピソード記憶そのものです。これまで、海馬の中でエピソード記憶がどのように形成されていくかは解明されていなかっただけに、私たちの研究の大きな成果だと思っています。

「A」 迷路の前で立ち止まったラットの場所細胞は、活動を活発化させる。
「B」 多くの場所細胞の活動を基に、観測された事象から推定したい事象を確率論的に導き出す「ベイズ推定」によって、ラットの次の行動を割り出すと 「C」 ラットは推定されたような行動を起こすことが解明された。

───場所細胞の研究の難しさはどんなところにありますか。

場所細胞を計測するためには、1立方ミリメートルにも満たない極小のスペースに安定して電極を留置しなければならない。頭の上で電極をちょっと動かすだけでも数十マイクロメートル動いてしまうので、そのテクニックが難しいのです。私はこのテクニックを櫻井先生から学んで、10何年もやっているので、世界でも数少ないテクニックを身につけていると思っています。

───では、場所細胞研究のおもしろさをお聞かせください。

本編でもお話ししましたが、場所細胞は、脳のナビゲーション機能を担うほか、エピソード記憶にも関係しています。場所細胞やグリッド細胞の研究が進むことで、アルツハイマー病や認知症など自分のいる場所や行こうとしているところが分からなくなるといった症状の原因が明らかになるかもしれません。
場所細胞は、私たちが外界をどのように認知し、記憶するのかを知るための覗き窓。脳といういまだ全貌をとらえることのできない未知のシステムを理解するための突破口にもなる研究だと考えています。

PAGE TOPへ
ALUSES mail