この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第9回 がん化の可能性が低い多能性幹細胞「Muse細胞」を発見。 東北大学大学院医学系研究科 出澤真理 教授

飲みに出かけて、大失敗。それが「Muse細胞」の発見に

───その研究の突破口が開けたのは、どんなことからだったのですか?

2003年のことです。いつものように骨髄間葉系細胞を培養していると、汚い細胞塊ができていることに気が付きました。テクニシャンの方から、「この細胞は汚いので捨てましょう」と言われたのですが、よく見ると、ES細胞の胚葉体に似ていて、毛とか色素細胞などが混じった細胞塊でした。そこで捨てないでちょっと調べてみますと、中には3胚葉性の細胞が混在していたので、これはもしかしたらES細胞に似たような性質の細胞が、天然でヒトの骨髄などにもあるのではないかと考えるようになったのです。ただし、ES細胞は腫瘍性の増殖を示しますから、培養していれば無限に増殖をしますが、この細胞塊は数日増えて一定の大きさになると増殖が止まってしまう傾向がありました。ですから、似て非なるものかなとも思っていました。

───その後の研究にどうつながったのでしょう。

そこでもしもヒトの骨髄間葉系細胞にこのような多能性幹細胞があるとして、どうやってその細胞を同定できるのか、実験をしましたが、一向に結果が出ませんでした。試行錯誤の日々が続きましたが、2007年ごろ、あることがきっかけで多能性細胞の同定に結び付く足掛かりを得ました。
その日私は、骨髄の細胞を株分けするために、トリプシンという消化酵素をかけて処理していました。その最中に、共同研究者の京都大学大学院理学研究科の藤吉好則教授から、飲みに行こうと電話がかかってきました。そこで、急いで出かけなくてはと思って、大変な間違いをしてしまいました。株分けした細胞を血清の入った培地に入れたつもりだったのが、再びトリプシン消化酵素を入れてしまい、飲みに出かけてしまったんです!

───その結果は……?

翌日、培養室に戻ってきたら、普通は培地がピンクなのに黄色なんです。細胞は消化酵素の中に12時間以上漬けられていたためほとんど死んでしまっていました。ショックでしたねえ。ただ捨てる前にもう一度チェックする癖があって、のぞいてみたら、わずかに生きている細胞がいたんです。なぜこの細胞は生きているんだろう、なにか発見できるかもしれないと、ダメでもともとと遠心分離器にかけて集めた細胞をゼラチン上で培養したところ、多能性幹細胞だったんです。
共同研究者の藤吉教授とこの細胞を「Muse(ミューズ)細胞」と名付け、2010年4月に発表したところ、「第3の多能性幹細胞」などとマスコミでも取り上げられました。

───Muse細胞ってどんな細胞なのですか。

Muse細胞はヒトの皮膚や骨髄などにある細胞で、さまざまな細胞に変化できる天然の多能性幹細胞です。iPS細胞のように遺伝子を導入する必要がないため、がん化しにくいことに特徴があります。実際、Muse細胞をマウスに移植すると、皮膚、筋肉、肝臓などをつくる細胞に変化しました。安全性に優れているといえますね。しかも、自分の細胞から取り出したものを活性化させることで、他の組織ともなじみやすいのです。肝硬変の予防・修復効果が期待できるでしょうし、さまざまな疾患を軽減できる可能性があると考えています。

Muse細胞
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