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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊

第1話 人工冬眠

調査のまとめドッキンレポート

先生が冬眠に興味を持ったきっかけ

先生はもともと小児科医で、重症の子が数多く治療を受ける専門病院に勤めていたんだって。救急医療の搬送の現場に立ち会うことも多く、「目の前で死にかけている子どもたちのエネルギー代謝を一時的に下げて生命を維持することができれば、もっといろいろな治療ができるのに…」と考えていたとき、たまたま目にしたのが「冬眠するサルが見つかった」という『Nature』という雑誌の記事ドッキ!
「マダガスカル島に生息するキツネザルの仲間が冬眠し、その間、20数℃の体温を維持しているというのです。私たち人間は、体温が30℃を切る状態が続くと死んでしまいます。でも、霊長類のサルが冬眠できるなら、私たち人間だって冬眠することができるかもしれません。そうしたら多くの人の命が救えるはずです」
「冬眠について研究してみたい!」と考えた先生は、大学院に進むことを決意。そして、体内時計を研究している東京大学の上田泰己教授のラボにお世話になることにしたんだってドッキ。
「ちょうど上田ラボでは睡眠研究を始めようとしているタイミングで、私も睡眠実験のための実験系を一から立ち上げ、さまざまな手法で睡眠研究に取り組み始めました」

そもそも冬眠とは?

ところで冬眠とは、ひとことでいえば、「動物が厳しい冬を乗り切るために、体温と代謝を低下させエネルギー消費を最小限に抑えるメカニズム」だよ。例えば、冬眠中の動物の酸素消費量は、通常の1%くらいまで落ちることがあるんだって! これって、普通なら100回息をしているところが1回で済むということドッキ。
先生が言うには…
「基礎代謝が100分の1になっても、冬眠動物は死ぬことはなく、時期がくるとちゃんと生き返るんです。私たちは、生物は生と死の2つの状態しかないと考えがちですが、冬眠というのは、『ほとんど死んでいるけど、生きている』という第3の状態といえるのではないでしょうか」

お前はほとんど死んでいる…。たいへんドッキ!
マウスを“プチ冬眠”させるには?

ところで冬眠研究を進めるにあたっては大きな問題があったんだとか!それは、クマやコウモリ、リス、ヤマネなどの動物が冬眠するのは、基本的には1年に一度だってことドッキ。睡眠は毎晩やってくるイベントだけど、冬眠は年に1回しか観察できないから研究するのがたいへんで、論文だって、1本まとめるのに十数年もかかってしまう。これじゃあ研究者生命にかかわってくるドッキ。
なんとかして冬眠研究をしたいと考えた砂川先生が注目したのがマウス。
「マウスは冬眠しないけれど、条件がそろえば、『日内休眠』といって、1日のうちに数時間代謝が落ちる“プチ冬眠” の状態になることがわかりました。そこで2015年ごろから、どうすればマウスをプチ冬眠させられるか、その条件を探る研究を進めていきました」

マウスを冬眠状態に誘導

先生の研究に大きなブレイクスルーが訪れたのが、2017年の冬のこと。
「筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の櫻井武教授が、マウスの脳の一部の神経細胞群を興奮させると、マウスの体温が低下することを教えてくださったんです。さっそくそのマウスを送ってもらい、じっくり調べたところ、なんとマウスの体温が10℃以上ガクッと落ちて、その状態が2-3日続くことがわかりました。体温だけでなく、エネルギー代謝も落ちていて、数日後にはまた元に戻ります。しかも、1回限りの現象ではなく、その神経群を興奮させることで、いつでも冬眠のような状態に誘導できることがわかりました!」
自在に冬眠そっくりの状態を引き起こすことができるなんて、すごいドッキ!!!

いつでも好きなときにマウスを冬眠そっくりの
状態にできるなんて、すごいドッキ!

砂川先生たちは、興奮させるとマウスを休眠状態にできる神経群を、「Q神経=休眠誘導神経」、引き起こされた冬眠そっくりの状態を「QIH(Q neurons–induced hypometabolism)」と名付け、一連の研究成果を、2020年6月に「Nature」誌に発表したんだって。DOKIDOKI星の新聞で読んだのは、このことを伝える記事だったドッキ。

冬眠のような状態に誘導したマウス(左下)と通常時のマウス(右上)
サーモグラフィーで見ると、Q神経を興奮させて冬眠に似た状態にしたマウスは、体温が大きく低下していることがわかる。

冬眠を誘導するメカニズムを解明したい

本来冬眠しないマウスのQ神経を刺激することで冬眠に似た状態に誘導できることがわかったけれど、どうしてそうなるのかはまだ全然わかっていないんだって!
それだけじゃない。
ほかの冬眠動物で、QIHを引き起こせるのか? 冬眠に移行するスイッチと、QIHとの間に、なんらかの共通メカニズムがあるかどうか? そもそも冬眠状態では、なぜ末梢組織への酸素供給が少なくても致命的なダメージにならないのか? 低体温、低代謝のままで長期間過ごせるのか? こんな根本的なことも、今はまだわかっていないらしい。
「こうした謎を一つひとつ解き明かし、『人工冬眠』技術の可能性を探っていきたいですね」と砂川先生は言っておられたドッキ。

冬眠についてはわからないことだらけドッキ
人工冬眠が誘導できたら?

今後、人工冬眠を自在に誘導できるようになったらどんなプラスがあるんだろう?
「例えば重症患者を緊急搬送するとき、人工冬眠させれば、組織や臓器が低酸素状態に陥って容体が急速に悪化することもなくなります。また、現在の技術では治療が困難な病気も、人工冬眠で眠らせておき、将来技術が進んだときに治療できるようになるかもしません。さらに、臓器移植や再生医療に必要な組織や臓器を、人工冬眠で長持ちさせることができるようになるでしょうし、寝たきりの患者さんの筋肉が衰えてしまうことも防止できます」
将来、宇宙旅行が可能になれば、人工冬眠することで、到着まで何十年かかっても、体は若いままってことも♪
まだまだわからないことだらけの冬眠だけど、そのメカニズムの一端でも解明できれば、医療の可能性が大きく広がるはずだと先生は考えているドッキ。

もっと冬眠や人工冬眠について知るには!

冬眠に興味を持ったみんなが、もっと冬眠について深く知るための本を先生に推薦してもらったドッキ!

近藤宣昭 (こんどう・のりあき)先生は、冬眠中のシマリスの心臓が通常とは違う原理ではたらいていること、血中に冬眠複合体タンパク質が活性化することなどを発見した冬眠研究の第一人者。近藤先生が一般向けに書いた2冊がこれ。
もう1冊は、ハーバード大学医学部教授で麻酔科医として活躍している市瀬史(いちのせ・ふみと)さんが、最新の研究成果を踏まえて人工冬眠の可能性を紹介した本ドキ。

近藤 宣昭/監修
『冬眠のひみつ からだの中で何が起こっているの?』

(PHP研究所 楽しい調べ学習シリーズ 2017年9月刊)

冬眠する生き物たちの体の中で何が起こっているのか。恒温動物の冬眠と変温動物の冬眠など、冬を乗り越え生きのびるための環境適応の秘密に迫る。児童向けだけど、冬眠の全体像を知るにはピッタリ!

近藤 宣昭
『冬眠の謎を解く』

(岩波新書 2010年4月刊)

冬眠という低温に耐える体に切り換える驚くべき秘密に取り組んだ近藤先生の研究の成果をまとめた新書。

序章 冬眠の世界への入り口
第1章 低温で生きる体の秘密
第2章 冬眠物質を求めて
第3章 人工冬眠は可能か
第4章 冬眠がもたらす長寿
第5章 ヒトと冬眠

市瀬史
『「人工冬眠」への挑戦「命の一時停止」の医学応用』

(講談社ブルーバックス 2009年4月刊)

脳出血や心筋梗塞、大ケガで倒れても、すぐに冬眠状態にすればダメージを最小限に食い止められる。人工冬眠が可能になれば「不老不死」や、往復数十年の惑星間飛行も可能になるかもしれない。人工冬眠の可能性がわかりやすく解説されており、興味津々だよ。

プロローグ “生き返った”人々
第1章 人工冬眠とは何か
第2章 “自然な冬眠”の仕組み
第3章 冬眠の驚くべき効用
第4章 冬眠と意識と夢
第5章 全身麻酔と人工冬眠
第6章 代謝と人工冬眠
第7章 低体温医療と人工冬眠
第8章 人工冬眠研究の最前線
第9章 硫化水素による人工冬眠
エピローグ 人工冬眠は必ず実現する

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(取材・文:「生命科学DOKIDOKI研究室」編集 高城佐知子)

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