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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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冬眠できるからだの不思議に魅せられて~北海道大学低温科学研究所・山口研究室を訪ねて~

生き物にとって寒い冬は過酷な季節。人間だったら暖房が効いた部屋でヌクヌクできても、自然の中で生きる動物たちはそうはいかない。彼らはいろいろなやり方で冬を生き抜く。このうちクマやリスなどは冬眠という術(すべ)を身につけていて、夏仕様のからだから冬仕様のからだへとスイッチすることで冬を乗り越える。しかし、その仕組みについてはいまだ多くの点がナゾのまま。この知的好奇心を刺激してやまない冬眠研究に取り組んでいるのが山口良文先生だ。北海道大学低温科学研究所を訪ねた。
冬眠動物のすごい能力

北海道大学低温科学研究所は、北海道大学の広大なキャンパスの北端にある。「雪は天からの手紙」と述べた雪の結晶研究で有名な中谷宇吉郎博士が在籍したことでも知られる。同研究所の生物環境部門で冬眠代謝生理発達分野を率いているのが山口先生だ。

山口先生のラボを訪れた日は、折からの寒波で、時折雪が舞っていた。この日の最低気温はマイナス9℃で最高気温もマイナス3.7℃。同じ日本でこうも違うかと実感する寒さだった。

私たち人間であれば、こんな寒い日は分厚いコートやカイロがあるし、家の中では暖房をフル稼働させるなど寒さ対策は万全だ。では、自然界で暮らす生き物は寒さをどうしのいでいるのだろう。変温動物のカエルやヘビなどは、外気温が低いときは体温が下がり、からだが冷えて動かなくなった状態で冬眠して過ごす。一方、体温を一定に保つことができる恒温動物はどうかというと、渡り鳥は寒さを避けるために暖かい場所に移動して越冬するが、クマやリス、コウモリなどは冬眠によって厳しい季節を乗り越える。

こうした哺乳類の冬眠動物は、実にすごい能力を持っていると、山口先生は開口一番教えてくれた。
「冬眠というのは、低温や乾燥、エサがなく飢餓のリスクにさらされる極限状況を、全身の代謝を抑制し、低体温によって乗り切る生存戦略です。しかも、冬眠している数か月の間、臓器が傷むことはなく、長期間動かさないにもかかわらず筋肉は衰えません。そして飲まず食わずでも体内に蓄えたエネルギーを効率的に使っているわけです。いったいどのように“冬仕様”のからだに移行することができるのか、不思議だと思いませんか?」

冬眠動物の能力の秘密がわかったら、医療や健康維持に役立つヒントが得られるかもしれないんだって!

私たち人間が低温下で生存できるといっても、せいぜい数時間から2日程度で、低体温のままでいれば死んでしまう。また何日もベッドに臥せっていると、廃用性萎縮といって、筋肉がやせ衰えてしまうほか、骨ももろくなる。さらに心臓機能も低下するし、血管に血の固まりが詰まりやすくなってしまう。SF映画では、何万光年も離れた星へ宇宙船で移動するために「人工冬眠」するシーンが出てきたりするが、あくまで空想の世界でしかない。

でも、もし、冬眠動物たちの冬仕様となるからだの変化のメカニズムがわかれば、入院で長いこと歩けなくても筋肉を維持できるようになるかもしれないし、臓器が傷まない秘密がわかれば、臓器移植に役立つ可能性だってある。といっても、冬眠の分子メカニズムは謎だらけ。わかっていないことのほうがはるかに多いのだ。とはいえ、なんとワクワクするテーマではないか!

山口 良文(やまぐち・よしふみ)

北海道大学 低温科学研究所
生物環境部門 冬眠代謝生理発達分野 教授

1999年京都大学理学部卒業。2005年同大学院生命科学研究科博士後期課程修了。博士(生命科学)。05年自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター研究員。06 年東京大学大学院薬学系研究科遺伝学教室助手(その後助教)。12年〜16年JST・さきがけ研究員(兼任)。17年東京大学大学院薬学系研究科准教授。18年1月より現職。