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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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筋肉、低温耐性、肝臓や脳の働き…研究したいテーマはどっさり!

“筋肉のナゾ”についても研究中だ。
「冬眠動物はほかの動物と比べて、脂を燃やす筋肉である遅筋が多いとされています。遅筋は赤筋ともいわれ、ミトコンドリアが多く、脂肪酸由来のエネルギーをうまく使うことができる筋肉です。一方、パワーが出る筋肉は速筋で、白筋とも呼ばれグルコースが好きな筋肉。スプリンターに多いのは速筋で、マラソンランナーに多いのは遅筋。冬眠動物はこの遅筋が多いということがリスでいわれています。
ハムスターの夏のからだと冬のからだでは、筋肉の性質がまったく違うこともわかってきました。現在、何が筋肉の変化を引き起こしているのか、そのメカニズムを遺伝子レベルで調べているところです」

冬眠動物は何か月もじっとしていても、冬眠から覚めるとすぐに動き出す。冬眠動物の筋肉の秘密が解き明かされれば、人間にも医療や介護の現場で応用できるものが見つかるかもしれない。

人間への応用という点では、冬眠動物の低温耐性の研究も、重要なテーマの一つという。
「人やマウス、ラットは低体温になると心臓が止まってしまいます。人だったら20℃を切ればもうだめですし、マウスやラットも15℃以下になるといろんな異常が出てきます。細胞レベルでも、マウスの細胞は冷えた状態が長時間続けば死んでしまうし、人の細胞も冷やすと死んでしまうことが多いのですが、ハムスターなら4℃の状態でも4、5日大丈夫で、リスに至っては2週間近く大丈夫だったりするので、その仕組みがわかれば、臓器移植や再生医療などへの応用が可能ではないかと、解明に取り組んでいます。私のもともとの専門が発生と細胞死なので、細胞死の切り口から研究しています」

このほか、肝臓でのタンパク質合成や、血中コレステロール濃度の変化など、冬眠動物の夏のからだと冬のからだの違いだけをとっても、興味深いテーマが目白押し。夏と冬のからだの切り替えには当然脳もかかわってくるから、将来は夏の脳と冬の脳の研究もやりたいと語る。

研究が進み、哺乳動物の冬眠のナゾが解明できて人間への応用が可能になれば、ゆくゆくは私たち人間も冬眠できるようになるだろうか?
「たしかに人間も低体温で生存した例があり、日本でハイカーが雪山で遭難して、意識不明のまま24日間生存して奇跡的に助かったという報告があります。人間の場合、ふだんは冬眠ができないが、何かの条件が当てはまれば低体温での生存がある程度許容できるからだになれる可能性はあるかもしれません」

世界には、なんと人間と同じ霊長類で冬眠する動物もいるのだという。
一つはマダガスカル島に生息するコビトキツネザルというサルの仲間、もう1種類はピグミースローロリスというサルの仲間で、ベトナムで見つかっている。
「興味深いのはベトナムのロリスは冬季の冬眠ですが、マダガスカルのキツネザルは乾季の夏眠だということ。夏眠であってもからだが低代謝になる点は共通していて、乾季のため水も食料もなくなるので、食料の枯渇に対する適応としての夏眠といえます。木のウロなどで夏眠しているときには、体温もやはり落ちる。この点も冬眠動物と似ているところがあります」

冬眠できる霊長類がいるのであれば、人間への応用もまったくの夢物語ではないかもしれない。
「最初の目標は、冬眠できないネズミにハムスターが持っているたとえば脂をうまく燃やす能力とか、筋肉をうまく変化させる能力とか、低体温に耐えられる能力を、遺伝子改変をして再現できるかどうか。順序としてはまずそこからですね」

山口先生が強調するのは、とにかく冬眠のメカニズムはまだまだわからないことだらけ。それだけに、若い人にもどしどし研究に挑戦してほしいという。
「今の時代は技術も進んできており、冬眠研究で10年論文が出ない、ということはありません。また、飼育動物のデータだけではなく、野生動物のおなかに体温計を埋め込んで1年後に回収するなど、野生動物の研究でもおもしろいことができる時代です。野生ではいったい動物はどういう体温変動をしているかとか、そんな基本的なこともわかっていないんですから、研究テーマに困ることはないはず。
研究の一番の原動力は不思議だなという好奇心です。人との出会いを大切にして、おもしろいと思う分野に飛びこんでください」

(2019年3月12日更新)