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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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「冬眠研究するのはいいが、10年論文は出ないよ」

山口先生が冬眠の研究をしようと思ったのは、大学院を修了して生命科学博士の学位を取得したばかりのころという。

「哺乳類の冬眠のナゾの解明に興味を持った私は、冬眠研究で知られる近藤宣昭先生(当時、三菱化学生命科学研究所主任研究員)にお話を聞こうと、2005年末に研究室を訪ねました。当時私は発生生物学の研究で学位をとったばかりで、次の研究テーマを何にしようか考えていたときでした。近藤先生は冬眠の仕組みに関する非常に示唆的な論文を過去に出されていたのです。1995年以降は論文がない状態だった*のですが、過去にあれだけおもしろい論文を書かれた方が何もされていないはずはない。ぜひ直接お会いしてお話をうかがおうと思ったのです」
*訪問の翌年にあたる2006年に、近藤先生はシマリスの冬眠についての集大成的な論文をCell誌に発表し、世界に衝撃を与えた。

当時、リスやクマなど哺乳類の冬眠動物については、動物学、生態学、生理学の観点から盛んに研究されてはいたが、分子遺伝的なメカニズムの研究は世界的にみてもほとんど進んでいなかった。
「山中伸弥先生のiPS細胞の発見は再生医療に大きなインパクトを与えましたが、あれも発生生物学の基礎研究から展開していったものです。私も将来のさまざまな応用可能性はあるけれど、いまだゼロ付近にある分野の基礎研究にチャレンジしたいと思っていました。それが冬眠にひかれた理由の一つですね」 次世代シーケンサーなど、遺伝子の解析技術が急速に進んできたことも背中を押した。今なら冬眠の仕組みを、遺伝子レベルで自分なりの方法論で解明できると考えたのだ。

意気込む山口先生に、近藤先生はこう言ったという。
「キミ、冬眠研究をするのはいいが、10年間は論文を書けないよ。それでも大丈夫かね?」
たしかに近藤先生が研究しているシマリスは1年に1回、冬の間しか冬眠しないから、10回の冬眠を観察するだけでも10年かかる。ポスドクで10年論文が出ないとなると研究者人生にかかわる。
「それじゃダメです、困ります!」
そこで近藤先生がアドバイスしてくれたのは「最初から冬眠一本でやっていくのは難しいから、研究者としてもう少し力をつけてから始めたほうがいい」ということだった。

山口先生は振り返る。
「そうこうしているうちに、東京大学大学院薬学系研究科の三浦正幸先生の研究室で助手の職をいただくことができました。三浦先生は細胞死の研究で世界的に有名な方です。発生と細胞死とを関連づければ、今までと違う切り口の研究ができるのではないかと三浦先生の研究室に入りました。研究自体はおもしろくて、エキサイティングなことだらけ。その研究を続けながら、いつか冬眠の研究をやりたいと思っていたのですが、2011年に東日本大震災があり、同じころに父が亡くなるということもあって、30代半ばの私も、新しいテーマにチャレンジするなら今しかないと決意したのです」
幸い三浦先生は、自分の専門外でもおもしろいことならどんどん研究を奨励するスタンスの先生で、ちょうど研究室に冬眠研究に興味を持ってくれる学生が入ってきたこともあり、その学生と2人で研究を始めることになった。

大学院博士課程の後半、愛知県岡崎市の自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター(当時)で研究者としての将来を模索していたころ(2004)
後列左:松山誠さん(重井医学研究所室長) 右:丹羽隆介さん(筑波大学准教授)
前列左:山口先生 右:石谷太さん(群馬大学教授)