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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊

第6話 角膜の再生

調査のまとめドッキンレポート

角膜=外からの光を受け取る透明な膜

角膜って言葉はみんなも聞いたことがあるよね。眼球のもっとも外側の、ちょうど「黒目」と呼ばれる部分の表面にある透明な膜のこと。外からの光を目の奥の網膜に届けるための入り口の部分なんだって。角膜は直径約12mm、厚さは中央部が0.55mmで白目に近い周辺部が0.7mmほど。5層に分かれていて、一番外側の「角膜上皮」は、細胞が整然と並んだやわらかい粘膜の組織で、外からの細菌の侵入を防いでいるんだよ。
皮膚の細胞が新しく生まれては入れ替わっていく(「ターンオーバー」と呼ぶ)のは、表皮の一番下に表皮細胞を生み出すタネになる細胞(幹細胞と呼ばれる)があるからだけど、それと同じように、角膜上皮の細胞も、白目と黒目の境界の幅1mmぐらいの「角膜輪部」と呼ばれる場所に幹細胞があって、ゆっくりと増殖を続け、通常は8週間程度でターンオーバーするそうだ。この角膜上皮幹細胞のおかげで、角膜の健康が保たれているんだって。

角膜上皮が作り出されなくなる病気がある

なんらかの原因で角膜上皮幹細胞がなくなると、新たに角膜上皮が作り出されなくなってしまい、かわりに白目の表面にある「結膜上皮」で覆われて黒目の上に白目があるような状態になったり、まぶたと眼球がくっついたりして、重症の場合は目が見えなくなってしまうんだって。

たいへんドキ!

ではいったいどんな原因で角膜上皮幹細胞がなくなってしまうのだろうか?
例えば、化学の授業で薬品を使って実験しているときに、アルカリなどが目にかかって幹細胞のある角膜輪部が溶けてしまうといった「化学外傷」や、大きなやけどをして目が傷ついたとき。また、「無虹彩症」という生まれつき虹彩がうまくできない遺伝性の病気や、トシをとって免疫の異常によって起こる「眼類天疱瘡(がんるいてんぽうそう)」と呼ばれる角膜の表面が皮膚のようになってしまう病気、そして「スティーブンス・ジョンソン症候群」などがある。

スティーブンス・ジョンソン症候群というのは、日本では年間300-400人が発症している難病で、原因はわかっていないけれど、きっかけの9割は薬だという。
いったいどんな病気かというと…。
ある日熱があるので「風邪かな?」と思って市販の薬か、お医者さんから処方された解熱剤を飲んだあと、38℃以上の高熱が続き、からだ全体に発疹が出て、皮膚がただれて大やけどのような状態になってしまい、目も開けられなくなってどんどん悪化してゆく。瀕死の状態で病院にかつぎこまれて、ようやく危機を脱して熱と発疹がひいたときには、角膜上皮がなくなっていて、深刻な場合は目が見えなくなってしまう病気なのだそうだ。
なぜ、角膜上皮がやられてしまっていることがあとになってわかるのかというと、角膜上皮は透明だから、曇ったりすると異常があることがわかるけれど、なくなってしまってもそのときは気づかない。しかも角膜上皮がダメージを受けるのは、病気がどんどん悪化して、死ぬか生きるかという瀬戸際の状態のとき。意識を失っている人も多いから、気づかなくても無理はないんだ。回復していくうちに黒目の部分を結膜が覆いはじめて、失明しかけていることがわかるというわけらしい。

2005年に、スティーブンス・ジョンソン症候群だとわかったら、すぐにステロイドを使って炎症を抑えるという国のガイドラインが出てからは、失明する人が減ったそうだけど、15歳以下の子供は失明するリスクがとくに高く、つらい病気だよ。角膜上皮幹細胞って、とても大切ドキ!
ちなみに、ケガや病気で角膜上皮幹細胞がなくなってしまう病気を総称して「角膜上皮幹細胞疲弊症」って呼ぶ。

角膜上皮幹細胞疲弊症は、角膜移植では治せない

アイバンクなどから他人の角膜を提供してもらう「角膜移植」ではこの病気は治らないんだろうか?
先生によると、日本では慢性的に角膜のドナー(提供者)不足のうえ、角膜移植は角膜の真ん中部分を入れ替える手術だから、角膜上皮がなくなる病気では効果が出ないんだって。幹細胞のある角膜輪部を一緒に移植しても、免疫反応が起きる場合があるほか、うまく生着しても3-4年経つと元に戻ってしまうという限界があるんだそうだ。

口の中の粘膜細胞から培養した細胞シートで治療

そこで、外園先生をはじめとする眼科学教室のメンバーが2002年からチャレンジしたのが、患者さん自身の粘膜上皮細胞を使って、失われた角膜上皮のかわりとなる人工の細胞シートを作って移植する治療法ドキ。口の中や胃、鼻、膀胱、腸管などからだの中にある5か所の粘膜上皮のうち、角膜上皮細胞に性質が似ていて、いちばん採取しやすいのが口の中の粘膜だから、この口腔粘膜を使う。治療の手順はこうだ。

まず患者さんの口の中の2-4か所から粘膜細胞を採取する。それをトリプシンなどの酵素で細胞をバラバラにして、羊膜*の上でフィーダー細胞**とともに培養すると、約2週間で直径2cm、4-5層の細胞シートになる。手術では、角膜がまぶたや結膜などとくっついてしまった部分をはがして、細胞シートを移植する。

*羊膜:子宮の一番内側にあり、胎児を育む羊水を保持している薄い膜。出産時に胎盤と一緒に体外に出てくる。古くから、糖尿病での足の潰瘍ややけどの治療などに効果があることが知られており、ラップのように伸び縮みして手術部位にフィットしやすい。さらに拒絶反応が起こらないというメリットがある。
**フィーダー細胞:細胞の増殖や分化に必要な環境を整えるために補助的に用いられる細胞のこと

口腔粘膜上皮細胞シートの製造と移植

患者本人の口の粘膜細胞を培養して作った細胞シート

写真・図版提供:ひろさきLI

最初の手術は2002年。ねらいどおりうまくいった!
「出来上がった粘膜上皮細胞シートは、完全に透明ではないけれど、患者さん自身の細胞なので免疫反応が起こらないし、元通りの視力とはいかなくても、全然見えない人が視力表のランドルト環*に近づけば見えるようになれば、生活が大きく改善されます」(外園先生)
もっと多くの角膜上皮幹細胞疲弊症の患者さんを治すために、実用化をめざそうと考えた外園先生たちのチームは、重症者を対象に効果を検証しながら国の認可を得る準備を進めていったんだって。

*ランドルト環:視力検査のときに用いられる、アルファベットのCのように、一部分が欠けた黒い輪。フランスの眼科医ランドルトが考案。

20年かかって実用化にこぎつける

だけど、実用化にあたっては、なみなみならぬ苦労があった。
当時は再生医療に関する法律が整っておらず、再生医療製品という分類もなかったため、まずこの細胞シートが薬なのか医療機器か、どちらの分類に入るかという問題で3年を費やした。細胞シートをつくる企業の倒産や研究資金難などもあって「2007年ごろはどんづまりで、先が見えない状態」だったそうだ。
その後、大学の研究の実用化を橋渡しする神戸の先端医療振興財団(2018年4月に、神戸医療産業都市推進機構と名称変更)の協力を得て、2008年12月までに手術を実施した72症例のデータをもとに申請をめざすことになり、膨大な申請書類を準備したけれど、申請直前に別の申請に変更しなければならないとか、再生医療のための新しい法律が施行されるのにあわせて、もう一度、契約や申請が必要…など、何度も手続きのやり直しや、書類の修正、変更などに対応しなければならなかったという。
「ふだんの診療をしながらの作業ですから、書類を突き返されると、夜10時から修正作業に入ることになります。何より、待ってくれている患者さんに、何度も『今は手術ができない』とか、『あと半年遅れる』という説明をしなければならないのが辛かったですね」
2018年に医師主導治験を進めるにあたっては、かなりの費用が必要だったが、研究費が獲得できないなどの難題にも直面した。京都大学と一緒に進める道を探り、通算で100人分のデータを集め、効果を確認。製造販売を担当する企業が見つかり、ついに2022 年 1 月 20 日に口腔粘膜由来上皮細胞シートが再生医療等製品として国の認可が下りた! 研究を始めてから約20年ドキ!!
「企業なら専任の開発チームが担当するような仕事を、臨床のかたわらやってきたのですが、多くの関係者の協力とスティーブンス・ジョンソン症候群患者会のサポートを得てようやく実用化にこぎつけることができました」
このシートは、患者さんが「桜を見ることができるように」との願いをこめて「サクラシー」と名づけられているよ。

これから力を入れていきたいこと

ずっと承認をめざしてやってきて、ようやくこの細胞シートが医療の現場で使えるようになった。でもこれからさらに患者さんの目の治療効果を上げていくためには、病気のことをもっと知る必要があると外園先生は考えている。
「同じ口腔粘膜の細胞シートを使った治療でも、スティーブンス・ジョンソン症候群と眼類天疱瘡、化学外傷とでは、手術後の角膜上皮としての働きに違いが出てきます。それはなぜか。もともとの病気に違いがあるからです。だから今後は、病気のメカニズムをさらに探究していきたいですね。細胞がどんなふるまいをしているのかを調べることは、書類仕事よりはるかに楽しいので、これからの研究が楽しみです」
と先生はおっしゃっているドキ。

手術の結果がすぐわかる眼科医が好き

ところで先生は高校生のころ、どんな将来を思い描いていたのだろう?
文系は苦手で、とくに地理など「なぜ農産物の生産がどの県が一番かを覚えなければならないか意味がわからない」って思っていたんだって。数学や物理などが好きだったから理系の分野で、そのころ注目を浴びていた情報工学もおもしろそうだと思ってコンピュータ会社の見学に行ったら、機械ばかりが並んでいて人がいない無機質なところで働いているのを見て、人と話すのが好きな自分には向いていないと思った。建築も憧れたけど、絶対才能がなさそうだし…ということで、理学部か医学部かに絞ったあと、お医者さんなら病気を治療できるし、人の人生にかかわることができると、医学部に決めたそうだ。
眼科を選んだのは、CTやレントゲンを撮らずとも直接に病気が見えること、例えば白内障の手術で、レンズの役割を果たす水晶体を取り換えると、治ったかどうかが患者さんにも医師にも目で見てわかるところが気に入ったんだって。

臨床一筋ではなく、大学院に行って研究も進めたのは?

まずは一人前の眼科医になろう!と研修医でがんばっていた1年目、治らない病気があるので、その原因を探るために大学院で研究をしたいと思った外園先生。でも当時は、女性というだけで院への進学を断られた人もいたんだって。先生はすでに結婚して子供もいたから進学を迷ったけれど、同じく子供のいる先輩が眼科学教室にいたことに勇気づけられて大学院へ。研究テーマを口腔粘膜由来上皮シートと、スティーブンス・ジョンソン症候群の後遺症をどうしたら減らせるかの2つに絞ったという。
「院にいるときに二人目を出産し、みんなに助けてもらって研究を続けることができました。お返しに、頼まれたら自分でできる仕事はなんでもしようと取り組んで現在に至っています」

みんなと力を合わせて、最後まであきらめないこと

20年をかけ、さまざまな苦労を乗り越えて口腔粘膜由来上皮シートの実用化にめどをつけることができたのは、「人と人をつなぎ、先端医療振興財団や京都大学をはじめ、患者会のみなさん、同じ大学病院内のさまざまなスタッフを巻き込んで、みんなと力を合わせることができたから」と語る外園先生。
だから、中高校生のみんなも、今は偏差値の高い大学へ行くことをめざしているかもしれないけれど、文化祭でクラスをまとめるとか、部活でインターハイをめざす、合宿で一緒に汗をかく経験など、いろんな人をまとめていく力を身につけてほしいんだって。
「そしてダメだろうと思ってもあきらめないこと。賢い子だと、計算して無理そうなことは最初からやらない人も多いけれど、やってみて初めてわかることもある。まずぶちあたってみることが重要。ぜひ世の中に役に立つことで、本当に自分がしたいことを見つけてください」

スティーブンス・ジョンソン症候群について知るには!

  • スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)/中毒性表皮壊死症(TEN) 情報サイト
    http://eye.sjs-ten.jp/check

    高熱とともに、全身の皮膚と粘膜に発疹と水ぶくれを生じるスティーブンス・ジョンソン症候群と中毒性表皮壊死症について、一般向けにわかりやすく紹介したサイト。急性期の症状や、眼の後遺症、治療法、患者さんの体験談、用語集などが掲載されている。

生命科学DOKIDOKI研究室の次の記事も読んでみよう!

  • ◎細胞シートを使って角膜の再生医療を行っている大阪大学大学院 西田幸二教授の記事。この記事では近い将来実現したいと紹介しているiPS細胞から作った角膜上皮細胞シートの臨床研究は、2019年7月に1例目が実施され、2022年4月に完了が発表された。
    ■フクロウ博士の森の教室シリーズ1 生命科学の基礎と再生医療
    第13回「角膜の再生~角膜上皮を中心として」

    アニメーション
    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/class/13/slideshow.html
    インタビュー
    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/class/13/interview01.html

  • ◎2014年に世界で初めて患者本人のiPS細胞から網膜細胞を作って移植する手術を実現した高橋政代先生のインタビュー記事(インタビューは2009年8月に実施したもので、先生がなぜ再生医療の研究にチャレンジしたかなどがわかる)
    ■この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」
    第2回 私たちが種をまいた網膜再生の研究をいまの中高生の世代に花開かせてほしい
    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/interview/02/index.html

(取材・文:「生命科学DOKIDOKI研究室」編集 高城佐知子)

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