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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊

第6話 角膜の再生

調査のまとめドッキンレポート

カブトムシのツノの形は蛹(サナギ)の段階で出現

カブトムシはなんといってもオスの立派なツノがカッコイイよね! 幼虫と蛹、成虫と姿が大きく変わっていくけれど、とくに幼虫から蛹へは、同じ昆虫とは思えないほど違いが大きい。ふだんは土の中にいてどう変化するかわからないけれど、カブトムシが幼虫から蛹へと変わる時間経過を追った写真を見せてもらったよ。
わっ! 幼虫の頭の部分にある黒っぽい外殻が割れはじめ、その間から少しずつ白っぽいツノが伸びて、外側の殻が少しずつ脱げていく。その後全身が現れ、やがて色がついて硬くなるんだって! ドキドキする~。この間、およそ2時間。けっこう、短い時間で幼虫から蛹になるんだね。脱皮が終わった段階で、成虫とほぼ同じような大きさや形のツノができているよ。

カブトムシ♂の幼虫から蛹への変態のタイムラプス画像、脱皮は2時間弱でほぼ完了した。

蛹と成虫の腹面画像。蛹のツノは、長さ・形ともに成虫とほぼ同様だ。
図版はいずれも、Keisuke Matsuda,et al: Scientific Reports (2017) 7:13939より改変

ところで、昆虫の体の外側は、「外骨格」といって、クチクラの殻でおおわれている。この殻は硬くて伸び縮みしないため、成長するときは殻を脱ぎ捨てて下から新しい表皮が出現する。これが脱皮だ。カブトムシやハチなどの完全変態の昆虫は、幼虫の頃や蛹から成虫になるときに脱皮するよね。セミやカマキリのような不完全変態の昆虫も脱皮して変身したり成長するんだよ。でも、殻を脱いでから表皮となる新しい殻を一からつくり始めるとすると、殻が完成するまでの間はとても無防備ドキ。だから事前に新しい殻を用意しておいて、できるだけ短い時間で脱皮する必要がある。ということは、カブトムシも、蛹の段階で登場するツノの「もと」になるものが、幼虫の段階でどこかにしまわれているんだろうか?

セミが顔を出したところ

脱皮途中のカマキリ

ツノの「もと」は、幼虫の段階で準備されている

そこで、幼虫の頭部の黒い外殻をはずして観察してみたところ…。
何やら表面にシワが入っている半球状のポニョッとした構造が見える! これがツノのもと、むずかしい言葉でいうと「前駆体(ぜんくたい)」ドキ。

幼虫の頭部の黒い外殻を取りはずしたところ

ツノの前駆体の拡大写真

ツノの前駆体を取り出してどろどろした内部を洗い流したら、シワシワでプラスチックみたいに透明なクチクラの殻が残った。これがどのようにツノの形になっていくのだろう?

幼虫の腹部を指で圧迫すると、なんと一気にツノの形になったよ。空気を送っても、やはりふくらんでツノの形になるんだって!
「まるで、お祭りで売っている紙製の吹き戻し笛にそっくりなんですよ」と近藤先生。
「展開したらツノの形になるような紙風船が幼虫の段階から仕込まれていて、脱皮の際に、シワが伸びて立体的なツノが完成したというわけです」

カブトムシの幼虫の腹部を圧迫するとシワが広がってツノの形になった!

折りたたみ構造から立体になる様子をコンピュータモデルで再現

カブトムシは、ふくらむとツノの形になるシワのパターンをどのようにつくりだしているのだろう? それを探るために、近藤先生たちは複雑に折りたたまれた二次元のシワのパターンが三次元になるコンピュータモデルを検討してみた。

同心円のシワは突起構造をつくる、部分的にシワの数が違う同心円では曲がった円錐状の突起になる、上下の伸長率が違うと上方向に立ち上がる…など、シワの方向や間隔、深さ、数などによってさまざまな形状のツノがつくりだせる。
こうしたパターンをパッチワークのように組み合わせて、折りたたまれたシワがふくらんでツノの形になる様子が再現できたドキ! それが次の動画だよ!

遺伝子改変技術で、ツノの形状が変わった!

シワのパターンと三次元の形の関係が次第に見えてきた。ではこのような複雑な折りたたみ構造をつくりあげるシワがどのように形成されているんだろう? シワに関係する特定の遺伝子があるのだろうか?

ショウジョウバエや線虫などのモデル生物の場合は、ある遺伝子をなくしたり、逆に組み込んだりした個体と、正常な個体とを比べることで、遺伝子の働きを調べることが比較的簡単にできる。でもカブトムシのような非モデル昆虫は、特定の遺伝子を改変して調べることがとてもむずかしかったんだって。そこで、基礎生物学研究所の新美輝幸教授が実用化した遺伝子改変技術を使うことで、シワのパターン形成に関わっている遺伝子の機能について調べることができるようになった。
例えば、notchという遺伝子の働きを抑えると、シワ同士の間隔が狭くなり、シワも浅くなるんだって。また特定の部位のシワの数をコントロールする遺伝子や、ツノの先端部の形を変える遺伝子も見つかっているという。

野生型は正常な蛹。rxという遺伝子の働きを抑えると、先端部の分岐の角度が小さくなった。optix遺伝子を抑制したツノは、先端部の切れ込みがない。
<基礎生物学研究所、新美輝幸教授の研究より>

「カブトムシのツノの形成に関係する遺伝子は、すでに約20個が特定されています。これらをコントロールすることで、将来はカブトムシのツノの形を自在にデザインすることができるようになるかもしれませんね」(近藤先生)

「オオーッ!」と理解できることが大事

近藤先生が形をつくりだす原理に注目しているのはどうしてだろう?
「遺伝子は細胞の中だけで働くものなので、病気などは遺伝子レベルの変異で説明できます。でも、生き物の形というのは、細胞よりもはるかに大きな構造です。だから、細胞同士の位置関係や空間パターンを自律的に決める原理があるはず。私たちは、生き物に共通した、特定の形ができあがるしくみを、誰もがナットクするようなわかりやすい形で示したいのです。こんなおもしろい形のものがこんな原理でできるということを実際に見せたら、みんな『オオーッ!』ってなるでしょ? その驚きこそ、わかるってことなんですよ」

誰もがハハーンとうなる例を教えてもらったドキ。
貝にはさまざまな形があるけれど、貝殻の基本形は円錐なんだって。それが、頂点の角度の違いや、開口部(底面)の形状、底面と軸の角度などの違いによって、尖った棒のようなツノガイ、平べったいカサガイ、ハマグリみたいな二枚貝、サザエのような巻貝など、さまざまな貝殻の形ができあがる。
近藤先生が、愛媛大学の岡本隆准教授の論文に着想を得て作ったのが「Shell Shape Generator」という貝殻の形を自在にシミュレーションできるソフト。
円錐の角度や底面の大きさなどがスライダーを調整することで操作できて、多彩な貝殻の形が作れる。楽しいからトライしてほしいドキ!!

上記サイトに飛ぶと、初級・中級・上級の3つのプログラムが選べる。図は初級編。貝の絵のある画面にカーソルを置いてドラッグすると、貝が回転する。スライダーは上から成長ステップ、曲げ角度、ひねり角度、円錐の高さ、円錐底面の大きさ、円錐軸の動き。中級編は、開口部の形を変えることができ、さらにいろいろな形の貝殻が作れる。

やってみたドキ!
任意の皮膚模様のゼブラフィッシュが誕生!

ところで近藤先生は、いつから生き物の形をつくる原理の解明に取り組むようになったのだろう?

高校時代、発生の過程で生き物の形がダイナミックに変わっていくことに興味を持ったという。研究の道に進み、からだをつくる原理を探究したいと考えていたときに出会ったのが、天才数学者のアラン・チューリングの「反応拡散理論」だった。ざっくり言うと、「化学反応を活性化させる因子と抑制させる因子がせめぎあってできる“波”によって、生き物の形や模様ができる」という原理ドキ。むずかしそう…。
実際の生き物の模様が、この理論どおりにできあがることを証明したい―、そう考えた近藤先生が選んだのが、タテジマキンチャクダイだった。観察の結果、このタイの縞模様が、チューリング理論のシミュレーション通り、ジッパーが開いていくように増えていくことを見つけたんだって!
(詳しくは、このサイトの「最先端研究・技術探検!第15回」の記事を読んでね)

タテジマキンチャクダイの模様の変化。成長して縞の本数が増えるとき、ジッパーが開くときのように一本が2本に分裂していく。下はチューリング理論による変化の予測シミュレーション。

この研究は1995年に『Nature』の表紙を飾り大きな話題になったけれど、それでも生物の模様が簡単な数式で表現されることに半信半疑な人はいた。ところが、その後の分子生物学の進歩は驚異的で、先生たちのグループは、ゼブラフィッシュの表皮の模様をつくる色素細胞同士のシグナル伝達の強さを変化させることで、ヒョウ柄や水玉模様、迷路模様など、任意の皮膚パターンのゼブラフィッシュをつくりだすことに成功したドキ!!

「模様については、だいたいチューリングパターンで説明ができることが見えてきたので、今後は立体づくりを考えてみようと思っていたときに、カブトムシのツノの前駆体のシワを見て『チューリングパターンだ!』ってひらめいたんですよ。現在は、ホネやヒレなど生き物のさまざまな形や構造が、どのような法則でできるのかを解明しようと研究中です」

自分なりの「宝探し」の旅に出よう!

先生の研究室には、シマシマ模様のゼブラストーンや、さまざまな形の貝、アンモナイト、ウニやビスマスの結晶、カブトムシよりさらに複雑なツノを持つツノゼミなど、おもしろい形や模様のものがいっぱいだ。そういうものを見ているだけで、「不思議だな」という気持ちが湧いてきてドキドキしてしまう。

「自然界には、奇妙キテレツな生物がたくさんいます。例えば、ハウスと呼ばれる薄っぺらいセルロースの膜でできた『袋』の中にすむオタマボヤという海の生物がいます。この膜はプランクトンを濾過(ろか)する働きがあるらしいんですが、消耗品なので、交換するために、オタマボヤは膜を3-4枚折りたたんで常に持っているんです。意味がわかりませんよね。でも、そんな折りたたみ方にもひょっとして、他の昆虫と共通する折りたたみ法があるかもしれません」

そんな不思議を貫く「宝」を探したいと近藤先生はおっしゃる。
「おもしろいってことは、価値なんです。まず自分がわくわくして取り組めるかどうかが大切。みなさんも、まわりの空気を読んで自分の方向を決めるのではなく、ぜひ、自分が心から楽しんで打ち込めることを見つけてください」

動物のかたちや模様に興味のある人におすすめ!

先生にこの分野に興味のある人におすすめの本を紹介してもらったドキ。

エルンスト・ヘッケル/著・小畠郁生/監修・
戸田裕之/訳
『生物の驚異的な形(新装版)』

(河出書房新社 2014年8月刊)

系統発生は個体発生を繰り返すという「生物発生原則」を主張し、ダーウィンの進化論を支持したドイツの生物学者であり哲学者のエルンスト・ヘッケル(1834~1919年)が、対称性と秩序をテーマに、太古の原生生物から、放散虫や珪藻類、奇妙な無脊椎動物、昆虫や植物まで、植物などを描いた100枚の図版を収録。ヘッケルは画家を志したこともあり、図版はとても精緻で美しく、アール・ヌーヴォーやユーゲントシュティールなど20世紀初頭の芸術や建築にも大きな影響を与えたといわれる。すでに版元品切れのため、図書館などで借りて読むとよい。

Ashley Miskelly/著
『Sea Urchins of the World-Diversity, Symmetry and Design』

(自費出版 2009年10月刊)

オーストラリアのウニ研究者アシュリー・ミスケリーが、20年以上にわたって撮りためたウニの写真集。世界のウニの多様性を明らかにするため、熱帯の浅瀬から南極の深海まで調査に出かけた。彼の膨大なコレクションから、厳選した100種にものぼる多種多様なウニの形やデザインは息をのむほどの美しさ。自費出版だが、いくつかのサイトから入手できる。

鈴木 敬宇/著
『ウミウシガイドブック〈2〉伊豆半島の海から』

(TBSブリタニカ 2000年4月刊)

ウミウシは殻が退化して消滅した巻貝の仲間で、2本のツノのような触角がある。世界で5000~6000種、日本の海では学名がついているウミウシだけで約1200種いるといわれる。とにかく、その形や色のバリエーションの多彩さに驚いてしまう。この本に限らず、ウミウシが載っている本は見ているだけで楽しい。

湯沢英治/写真、東野晃典/文・構成
『BONES 動物の骨格と機能美』

(早川書房 2008年6月刊)

骨格標本の写真と動物形態学の詳細な解説文がセットになった本。何よりも、精巧なしくみと機能美を備えた骨の美しさに感動してしまう。こんな美しい骨がどのようにつくられていくのか、骨がどんなふうに成長していくかも謎だらけだという。

近藤滋/著
『波紋と螺旋とフィボナッチ』

(角川ソフィア文庫 2019年3月刊)

シマウマやキリンの模様、貝のうずまき形状、ひまわりに見られるらせんなど、生物の形や模様が決まる精妙なメカニズムに潜む「単純な法則」を、フィボナッチ数や黄金角など、数理のめがねを通して紹介した本。「こんどうしげるの生命科学の明日はどっちだ!?」を単行本化した『波紋と螺旋とフィボナッチ』(学研メディカル秀潤社 2013年9月刊)を加筆修正し文庫化。

近藤滋/著
『いきもののカタチ 続・波紋と螺旋とフィボナッチ
-多彩なデザインを創り出すシンプルな法則』

(学研プラス 2021年10月刊)

『波紋と螺旋とフィボナッチ』のテーマを深化させ、多彩な生物の形や模様の謎に迫った本。カブトムシやツノゼミの変身のしくみ、貝殻のバリエーションがどうできるか、動物の模様がチューリングパターンであることを発見した研究のその後の展開、分子基盤の発見とゼブラフィッシュの模様の操作が可能になったことを解説。生物がかかわる現象の背後にある法則や仕組みのおもしろさにわくわくしてしまう。オールカラーで図版が豊富なのでとても読みやすい。

目次
1 特撮ヒーローもうらやむリアル変身技法
2 ツノゼミの究極奥義が創り出すアートな造形
3 硬い鎧の制約が生む貝殻のバラエティ
4 意識と無意識の境界
5 部品を組み立てて作る深海のスカイツリー
6 魚のヒレも組み立て作業で作られる?
7 海底のミステリーサークルの謎を追え!
8 梃子の原理で理解する?人体の物理学
9 細胞たちがオセロで遊び、皮膚の模様が現れる
10 模様を変える、動かす、理解する

生命科学DOKIDOKI研究室の次の記事も読んでみよう!

  • ◎「動物のからだの模様は波がつくる」というチューリング理論を、タテジマキンチャクダイを使って証明した近藤滋先生の記事。
    ■いま注目の最先端研究・技術探検!
    第15回 生き物のからだの模様をつくりだす仕組みにズーム・イン!
    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/15/index.html

  • ◎カブトムシの角の形成や性差に関わる遺伝子など、昆虫が進化の過程で獲得したユニークな形や多様性が生み出される秘密を研究している新美輝幸先生の記事。非モデル昆虫で遺伝子機能を解析する「RNA干渉法」についても詳しく解説。
    ■いま注目の最先端研究・技術探検!
    第44回 カブトムシの角やテントウムシの模様など、昆虫の興味深いナゾを、遺伝子から解き明かす
    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/44/index.html

(取材・文:「生命科学DOKIDOKI研究室」編集 高城佐知子)

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