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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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第23話 なぜヘビはこわい?

調査のまとめドッキンレポート

きっかけは「ヘビ検出理論」

もともとサルやチンパンジーの記憶や認知について研究していた川合先生が、なぜヘビをこわがるのかについて研究を始めたのは、2006年に発表された論文*がきっかけだった。アメリカの人類学者、リン・イズベル(Lynne Isbell)博士の「ヘビ検出理論」ドキ。簡単にいうと、霊長類が他の哺乳類より脳が大きくなったのは、ヘビを早く見つけて身を守るために視覚野を発達させたからというもの。
それまで霊長類の脳の発達については二つの有力な説があった。一つは、果物を食べるようになって、色で熟れ具合を判断したり、どこにその果物が生えているかを記憶したりする能力を発達させる必要があったという説。もう一つは、大きい集団の中で、エサを得るために競争相手を出し抜いたり、恋愛の駆け引きをしたりと社会的な競争があったからという説ドキ。
これら二つの説に対して、「ヘビをすばやく見つけるため」というのは、かなり突飛な説のように思われたけれど、毒ヘビのいないマダガスカルにすむワオキツネザルの視覚が劣ることや、他の研究者の実験で、ヒトがヘビを早く見つけ出すことなどが報告されていたことから一定の説得力があると思えた。イズベル博士は人類学者だから、実験心理学的な実験はしていない。そこで川合先生は、「ヘビ検出理論」が正しいかどうかを実験で検証してみることにした。

*Snakes as agents of evolutionary change in primate brains 「霊長類の脳における進化的変化の担い手としてのヘビ」: Journal of Human Evolution 誌 (2006)

2009年4月にハーバード大学出版から出版されたイズベル博士の著書「The Fruit, the Tree, and the Serpent: Why We See So Well」

視覚探索実験とは!

このとき先生が採用したのが、探し物を見つける「視覚探索」と呼ばれる実験だ。心理学で四半世紀以上にわたる知見が蓄積された手法で、複数の中から「仲間はずれ」を選び出す課題をつくり、見つけやすさ(検出スピード)を比較する。

図1

例えば図1は、他と違った文字を見つける課題で、(a)のほうが見つけやすいよね。Oの数が増えても見つけ出す時間はほとんど変化がないんだって。これはOとQでは特徴量に違いがあり、Qが「ポップアウト」する(目に飛び込んでくるように見える)からドキ。

図2

では図2の、一つだけ違う表情を見つける課題はどうだろう? 眉と口の向きが反転しているだけで、顔の特徴量は同じなのに、(b)のほうが見つけやすい。これは、刺激のもつ意味が違うからで、図ではなく写真などでも、怒った顔のほうが見つけやすいことがさまざまな研究から明らかになっている。

*より詳しくは、日本心理学会 心理学ミュージアム「探し物を見つける(視覚探索)」の解説がわかりやすい。
https://psychmuseum.jp/show_room/visual_search/

図3

実際、川合先生が実施した怒ったサルの顔と平常のサルの顔とで仲間はずれを見つけ出す実験(図3)では、大学生たちもサルも、怒り顔のサルが1枚のみ(b)のほうが、平常顔のサルが1枚のみ(a)よりも検出スピードが速かった。怒った相手からはさっさと逃げるほうが、危険が少ないってわけドキ。

3歳児でもサルでも、ヘビをすばやく見つけ出す

怒った顔と同様に、ヘビがこわいのであれば、視覚探索実験でもヘビを速く見つけ出すはずだ。
まず川合先生は大学生を対象に、恐怖関連刺激であるヘビと、中性刺激(恐怖を感じることのない)である花またはキノコを見分ける実験をしてみることにした。すると、コンピュータ・スクリーン上に映し出された4枚または9枚のうち、1枚だけヘビが配置されているパターンのほうが、1枚だけ花またはキノコが配置されている逆のパターンより検出スピードが速かった。
次に3歳児に花とヘビの中から仲間はずれを選ばせたところ、やはりヘビを見つけるほうが速かった。もっとも3歳児は絵本などでヘビがこわいものだと学習している可能性も考えられる。

Hayakawa, S., Kawai, N. & Masataka, N. The influence of color on snake detection in visual search in human children. Sci Rep 1, 80 (2011). https://doi.org/10.1038/srep00080 より

ヘビをこわがるのは経験で得た知識のためか、それとも生まれつきなのか?
そこで研究室で育ち、それまで一度もヘビを見たことがないサルを対象に、同じ実験をしてみた。といっても、いきなり仲間はずれを選ばせる実験はできない。画面をタッチさせることからスタートして、サル8枚とネコ1枚の中でどれが違うかなど、一つだけ異なるカテゴリーの写真を選ぶ訓練をした。
3日以上連続して95%以上の正答率で選べるようになってから、ヘビと花の写真で仲間はずれを選ぶ実験をスタート。学生や3歳児と同様、サルも花の写真の中にいるヘビを選ぶほうが、逆の場合より速かった。写真がカラーであっても白黒でも結果は変わらなかったという。つまり、ヘビをこわいと思うのは、生まれつきだったのだ!

ヘビ8枚と花1枚の写真の中から、花の写真を選ぶサル

なんとウロコが原因!?

では、なぜヘビがこわいのだろう?
「足がなくてからだが長いから」という仮説に対して、アメリカのグループが3歳の子と大人を対象に、①花とヘビ、②芋虫とヘビ、③カエルとヘビとで視覚探索実験を行ったところ、いずれの場合でもヘビを早く見つけ出した。またヨーロッパのグループがナメクジとヘビを見せて脳波を測ったところ、ヘビを見たときは強い反応が出るけれどナメクジでは出ないという結果だった。どうやら、足がなくからだが長いからという説は当てはまりそうにない。

「警戒色のせい」という説も、白黒写真のほうがカラー写真よりもより速くヘビを見つけ出せることから関係がなさそうだ。実際、ハンガリーのグループが警戒色を付け替えて実験した際も、警戒色とかかわりなく、ヘビのほうをこわがるという結論だったという。

そんな中で、2017年にヘビやトカゲ、鳥などの身体の一部だけが写った写真を使ってヒトの脳波の変化を測ったところ、ヘビのウロコ模様を見ただけで大きな反応があったという興味深い報告*が出た。しかし、この実験はヘビに対する知識がある成人を対象にしたものだったから、模様を見ただけで「ヘビ=こわい」となった可能性もある。

*J. W. van Strien and L. A. Isbell: Snake Scales, Partial Exposure and the Snake Detection Theory: A Human Event-Related Potentials Study.「ヘビのウロコ、部分曝露(ばくろ)とヘビ検出理論:ヒトの事象関連電位に関する研究」Scientific Reports (2017)

どうやらヘビのウロコに関係がありそうだ。そこで川合先生が、画像処理でウロコを除去したヘビの写真を見たときのヒトの脳活動を調べると、ウロコのあるヘビを見たときと鳥を見たときの中間ぐらいの反応だったんだって。

その後、ヘビを見たことのないサル3頭に、ヘビとイモリの写真を用いた視覚探索実験を行った。9枚の写真の中で、ヘビが1枚の場合とイモリが1枚の場合との検出スピードを比較すると、3頭とも1枚のヘビを見つけ出すほうが速かった。

(a)はヘビが仲間はずれ、(b)はイモリが仲間はずれ。

次に、イモリの写真に画像処理でヘビのウロコを貼り付けて比較したところ、2頭のサルは、ヘビとイモリ、それぞれの検出時間に差がなくなり、1頭のサルはウロコのあるイモリを見つけ出すほうが速いという結果だった。

イモリの皮膚の部分にヘビのウロコを貼り付けて、9枚の写真の中の仲間はずれの検出スピードを比較した。

ヘビの写真は変えていないので、ウロコをつけただけでイモリの検出スピードが変化したのは、ウロコに敏感に反応しているということドキ!

普通の視覚処理とはルートが違う

ところで、恐怖の対象をすばやく見つけ出せるのはなぜだろう。それは、通常の視覚処理とは脳内のルートが違うからだという。
通常は、網膜から外側膝状体(がいそくしつじょうたい)と呼ばれる視床にある中継ポイントを通り、大脳皮質後頭葉の一次視覚野に送られて処理される。ところが脅威を感じた場合は、網膜から中脳の上丘(じょうきゅう)*から視床枕(ししょうちん)**を経て直接扁桃体に情報が伝えられるため検出スピードが速いと考えられている。ただし、このルートでは精度が粗いため、「ヘビだ!」と思ってギョッとしたけれど、よく見たらロープだった、ということもあるんだって。

*上丘:ヒトの中脳を外からみると、上の位置に「四丘体(しきゅうたい)」と呼ばれる左右あわせて四つの高い場所がある。前方の1対が上丘で、中脳にある視覚に関連する反射の中枢(ちゅうすう)。

**視床枕:脳深部に左右一対ずつある領域で、初期視覚情報が入力される。げっ歯類の脳には存在せず、進化の過程で拡大し、霊長類の視床の最大容積を占める。

富山大学の西条寿夫(にしじょう・ひさお)名誉教授の研究によれば、サルの上丘を機能させなくするとヘビを回避しなくなるほか、サルの視床枕にあるニューロンがヘビ画像にすばやく応答すること、さらに菱型(ひしがた)のような幾何学図形に対して反応するニューロンが視床枕にあることがわかっているそうだ。

見つけにくい条件でもヘビをすばやく検出

視覚探索実験以外にも、川合先生はさまざまな実験で、ヘビの見つけやすさを調べている。

例えば、2016年に報告した研究では、ヘビ、ネコ、トリ、サカナの写真に5%刻みでノイズを混ぜて、見やすさが異なる写真を用意。学生にどの動物が写っているかを答えさせたところ、ヘビは他の動物に比べてよりノイズの多い条件でも正しく見分けられたという。
こんな写真だよ。みんなはどのStepから見つけられるかな。

実験で用いたヘビの写真。(クリックで拡大)

霊長類の唯一の敵がヘビだった

霊長類が誕生したのは、6500万年前の白亜紀末期ごろ。恐竜など地球上の生物の約4分の3が死滅した大量絶滅から少しあとのことで、原始的な食虫類(現在のモグラの仲間)のトガリネズミが霊長類の祖先だといわれている。

その後温暖化が進み、気温がずんずん上昇、高さ30メートルから50メートルにもなる広葉樹が増え、初期の霊長類は木の上で暮らしていたんだって。当時、霊長類の天敵は1億年前に登場したヘビだけだった。猛禽(もうきん)類やヒョウなど大型のネコ科の動物が誕生するのは1200万年前のこと。霊長類は唯一の捕食者だったヘビに対する対抗策として、視覚システムを発達させたと考えられるという。

WHO(世界保健機関)によると、年間450万~540万人がヘビに咬まれており、うち180万~270万人がヘビ毒の被害を受け、さらに8万1000~13万8000人が合併症で死亡しているそうだ。今なおヘビは天敵で、何千万年も前から、ヘビを早く見つけて逃げることが本能となっていたんだね。

哲学から比較認知科学へ

川合先生は、高校時代から漠然と研究者になれたらいいなと考えていたんだって。当時は哲学に関心があって、わからないなりに本を読んでいたけれど、ギリシャ哲学など長い歴史の蓄積があって、自分にできることがあまりなさそうだとも感じていたという。
120年ぐらい前に登場した実験心理学に新しさを感じた川合先生は、心理学がある大学に入学した。大学院に進み、ネズミを使って恐怖条件づけや学習と行動について研究を続けたそうだ。

その後、京都大学霊長類研究所の教授だった松沢哲郎(まつざわ・てつろう)博士の『チンパンジーから見た世界』などにも影響を受け、得意な行動科学で自分ならではの研究をしようと、サルやチンパンジーの研究を始めたんだって。

研究ツールの進歩

脳を測定する機械一つとっても、この20年でハードウェアの進展は著しい。例えば近赤外分光法は(Near-Infrared Spectroscopy; NIRS)は、近赤外線の光を使い、脳や筋肉の血中ヘモグロビン濃度の変化を測定することで、からだを傷つけることなく刺激に対する脳血流の変化などを調べられるドキ。
また、交感神経と副交感神経の活動(生体信号)をリアルタイムに測定し、心臓が一回の拍動で送り出す血液量や血管の中を流れる血液の流れにくさまで同時に解析できる「マルチセンサー生理計測システム」が開発されたことで、被験者の感情状態を瞬時に把握できるようになった。これを使って、ドライビング・シミュレータを操作している人が、割り込みされたときの感情をセンシングし、怒りやそれを鎮める心の動きを指標化できるようになり、自動車メーカーと共同研究を進めているという。

「へえ!」と驚かれる研究をしたい

今回紹介してもらった研究のほかにも、川合先生の研究室からは「怒りを紙に書いて捨てると気持ちが鎮まる」「高齢の運転者はなぜブレーキを踏み間違うのか」「鏡の前だと一人で食べてもおいしく感じる」「人の声を聞きながら食べると、孤食でもおいしく感じる」といった研究が次々に発表されている。
「当たり前じゃないか、と思う人もいるかもしれませんが、思いつきではなく、いずれも背景も含めて研究方法を科学的に詰めていった理論立った研究です。学生にも、その研究テーマで何を証明したいのか、実験として成立するかをとことん考え抜くよう指導しています。これからも『フーン』じゃなくて、『へえ!』と驚かれる研究がしたいですね」

認知科学や先生の研究に興味のある人にオススメ

川合先生の研究や認知科学について興味がある人におすすめの本を紹介してもらったドキ。

日本認知科学会/監修 川合伸幸/著
『コワイの認知科学』

(新曜社 「認知科学のススメ」シリーズ 2016年2月刊)

コワイのは生まれつきなのか、経験によるものか。ヘビやクモはなぜコワイのか? サルとヒトとの比較や幼児の怖がり方などさまざまな実験から、ヒトの基本的な情動である恐怖という感情が生み出されるメカニズムを探る。コワさを克服する秘訣、コワさを知る意味など、さまざまな角度からコワイを科学した入門書。

鈴木宏昭・川合伸幸/著
『心と現実 私と世界をつなぐプロジェクションの認知科学』

(幻冬舎新書 2024年3月刊)

「プロジェクション(投射)」頭の中に思い浮かぶ表象のこと。私たちは、自身の経験や信念などを含めて心で生成されるイメージを無意識のうちに現実の存在に投射し、重ね合わせてモノを見ている。例えば墓石は、ゆかりのある人にとっては特別な石だが、関係ない人にとってはただの石にすぎない。モノは単なる記号ではなく、それぞれの人の思いや意味に彩られている。近年の認知科学がこうした心と現実の世界をつなげる「プロジェクション」の概念によって、人間の心をめぐる謎を解き明かしつつあることを最新の知見を踏まえ紹介した本。

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    ■フクロウ博士の森の教室 シリーズ2「脳の不思議を考えよう」
    第17回 「チンパンジーが見た世界」を探る

    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/class/s2_17/index.html

(取材・文:「生命科学DOKIDOKI研究室」編集 高城佐知子)

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