中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

高校時代から発生や生命の不思議さに興味を持った

ここで時間をちょっと遡る。近藤先生が生物の発生に興味を持ったのは高校時代。アメリカの一般読者向けの科学雑誌「サイエンテフィック・アメリカ」のイモリの再生の記事などを読んでいた頃のことだ。
「ちょうど遺伝子のことがわかり始めた時代でした。発生の不思議さの原点は卵の単純さと成体の複雑さの間にある大きなギャップにあります。私たちのからだをつくっている細胞の遺伝子は全部同じ情報を持っているのに、細胞が集まると骨や筋肉、内臓など違うものがつくられていく。物理学ではエントロピーは増大して乱雑さが増す方向に向かうのに、発生では逆に秩序だった方向に向かいます。その秘密がどこにあるのかに惹かれ、生命や発生について関心を持ちました。

ところが大学に入学して発生学を学ぶと、私たちのからだの形態は、受精卵や胚の段階ですでに決められているというのです。でもそれではイモリやトカゲの再生の謎や、あまりにも複雑精巧な生命のダイナミズムが理解できません。私は動物のからだを形づくるためには、自律的にからだをつくる原理が存在しなければならないと思うようになったのです」

しかし、当時の発生学者に「自律的に模様をつくる原理がある」などという話が通用するはずがなかった。それでも先生はあきらめず、そんな自分の考えをあちこちで話していた。
「そうしたら、研究室の同僚の一人が、『これ、キミが探している理論なんじゃないの?』といって、ある論文のコピーをくれたんです。それはこれまでまるで縁のなかった数理生物学の論文で、それこそが『チューリングの数理モデル』でした。読んだ瞬間、『これだ!』と直感しました。この理論は一言でいえば、『形のないところに、形ができる』という理論で、私が予測したものに近いものだったわけです」

チューリングは、現代のコンピュータの原型となる仮想計算機を提唱した20世紀前半の天才数学者だ。第二次世界大戦中は、イギリス軍の暗号解読チームを率いて、ドイツ軍の暗号「エニグマ」を解読し、ドイツの潜水艦「U-boat」を全滅させるのに大いに貢献した。このチューリングの実話をもとに、「エニグマ」という映画もつくられている。
チューリングは、1952年、動物の模様が化学反応で起きるという「反応拡散系」理論を提唱した。しかしこの理論は、その後何人もの数理生物学者によって研究されたものの、実際の生物では証明できず、机上の空論だろうとみなされていた。

チューリング理論の概念図

たとえば、コップの水に黒のインクを落とすと、次第に色が薄くなって拡散して、最後はコップの中の水は薄い墨色になるが、二度とインクの分子が集まることはない。しかしもし2つの因子が相互作用し、AがBとの合成を促進し、BはAの合成を抑制する一方、反応速度はBのほうが速いと仮定するとどうなるだろう。AとBの合成が促進させる一方で、その合成される途中からB因子はさっさとその合成から逃れて拡散しようとする。それによって、時間の経過にしたがって、Aの濃度差が生まれるのだ。

近藤先生も、最初はさすがにどのようにこの原理を証明したらいいか、手をこまねいていた。とりあえず、初心に帰ってまじめに発生遺伝子を研究しようとショウジョウバエ研究の大家がいるスイス・バーゼル大学のゲーリング研究室に留学した。
「でも、少しも楽しくなくて、実験室でぼんやりしていたのです。心配したゲーリング先生が紹介してくれたのが、チューリング理論を崇拝しているマインマルトという研究者でした。その研究者をドイツに訪ねると、熱くチューリング理論を語ってくれました。生まれて初めてチューリング理論に肯定的な人に出会えたんです。チャレンジし続けようと力がわいてきましたね 」

ドイツの研究者との出会いにも励まされて、先生は模様のついた動物を実験材料にしてチューリング理論を実証することにした。動物園に足を運ぶ日々が始まった。
「バーゼルの動物園に行ってシマウマを毎日眺めていたとき、ふと考えたんです。反応拡散波というのは、波長・周期・振幅・速さが同じで、ある時点だけの観察では波が進んでいるようには見えない定常波です。つまりそのままでは動かないので、波なのか単なる模様なのか区別がつかないんですね。動物は成長するわけですから、単なる模様なら縞の間隔は広がるだけだけれど、もし波なら間隔を一定に保つために、新しい縞ができるに違いないと」

水族館に足を運んでみると、熱帯魚の中には、新しい縞ができそうで、チューリング・モデルの実証実験に使えそうな魚が何匹も見つかった。
「そのうちの一つがタテジマキンチャクダイでした。でも、この話を留学先の研究室の同僚に話しても、だれも興味を持ってはくれなかった。孤独でしたねぇ(笑)」

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