中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

人類福祉のための化学研究を

片岡先生は、どのようにしてナノ医療を牽引する高分子ミセルの研究に取り組んできたのだろう。

先生は、東京大学理科I類に入学し、専門課程で応用化学を専攻、そこで恩師というべき鶴田禎二教授の指導を受けることになった。
「鶴田先生の授業がとても面白かったので先生の研究室を選びました。当時私はバイオに興味をもっていたのですが、鶴田先生から『バイオもいいけれど、高分子の基礎をきちんとやったらどうか』と言われて、大学院の修士課程のときはアニオン重合を中心に、高分子化学の基礎をしっかり学んだわけです。研究が面白くなってドクターコースに進むことにして鶴田先生に相談したところ『これからは人類福祉のための化学をやりなさい』とおっしゃいました。それはどんな領域の学問なのかお聞きしたら、医療材料、いまのバイオマテリアルだとのこと。どんな研究領域なのかわからず半信半疑だったのですが、尊敬する鶴田先生の言われることだから間違いはないし、アニオン重合の研究ではこの分野の世界的権威である鶴田先生を超えることはできないと、新しい分野の研究を行うことにしました」

片岡先生は、その後、東京女子医科大学で助手として勤めることになる。ここでは医学部だけでなくいろいろな大学から電気、機械、薬学などの専門分野の研究者、大学院生が集まり、一つの部屋で、話をしたり、宴会をしたりしていたという。
「当時はまるで掘立小屋のような粗末な建物でしたが、自分の知らない分野の人と話ができたことは非常に刺激的でした。自分だけの狭い分野でだけ研究活動をしていると、自分を過大評価するか過小評価するか、そのどちらかになりがちです。さまざまな分野の学問領域を取り込むことで、私の研究も広がりのあるものになりましたね」

こうした医学、工学、薬学など、さまざまな学問領域が連携した研究機関として、後に東京女子医大に先端生命医科学研究所が設立されることになる。東京女子医大で研究しているとき片岡先生が出会ったのが、2001年から2014年春まで同研究所所長を務めた岡野光夫教授であった。
「岡野先生は、当時、血栓ができるのを防ぐ抗血栓材料の研究をしていて、メインテーマが、異なる種類の高分子鎖を化学結合でつくるブロックポリマーでした。私もその研究を一緒にやらせてもらい、実際にブロックポリマーが、血小板の働きを抑えるのを目のあたりにして、これはおもしろいなと思いましたね。
それで、ブロックポリマーを使った医用材料をやりはじめたんです。抗血栓材料というのは異物に敏感である血液から、いかに異物として認識されないように設計するかが大事なんですが、このブロックポリマーに薬剤を結合させて目的の場所に運んでやれば、付加価値の高い薬がつくれるのではないかと考えたのが、高分子ミセルを使ったナノ医療につながっていったのです」

いま、「医工連携」といって、工学、化学、薬学などと医学を結びつけた研究や活動に注目が集まっているが、工学技術を医療に応用することは、医療のグローバルな普及や均質化にとって重要だと片岡先生は考えている。
「たとえば、工学・情報技術によって診断情報を小さなチップに入れることができれば、世界中のどこででも診断できることになります。誰もがどこででもいつでも、病気の治療ができるナノ医療が、医工連携によって現実のものになっていくのです」

最後に、ナノ医療の研究に興味を持つ高校生にアドバイスをいただいた。
「今できないこと、現実になっていないことでも、いつか実現できる、現実に起きると大きな夢をもって取り組んでほしい。4、5年先でなく50年、100年といった先を見て、生物学の教科書を塗り替えるような研究にチャレンジしてください」

(2014年6月20日公開)

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