フクロウ博士の森の教室 シリーズ1 生命科学の基本と再生医療
第12回
中枢神経系の再生
~脊髄損傷を中心に
中枢神経系の発生と再生の研究を通じて臨床の現場に活かしたい。
慶應義塾大学 医学部生理学教室 岡野栄之教授 インタビュー
Profile
岡野栄之(おかの・ひでゆき)
1959年生まれ。83年慶應義塾大学医学部卒業。91年大阪大学蛋白質研究所・助手、89年米ジョンズ・ホプキンス大学医学部・研究員。92年東京大学医科学研究所化学研究部・助手、94年筑波大学基礎医学系教授、97年大阪大学医学部神経機能解剖学研究部教授などを経て、2001年慶應義塾大学医学部生理学教室教授。2008年グローバルCOEプログラム「幹細胞医学のための教育研究拠点」拠点リーダー。「幹細胞システムに基づく中枢神経系の発生・再生研究」文部科学大臣表彰(2006年)、STEM CELLS Lead Reviewer Award受賞(2007年)、紫綬褒章受章(2009年)など、国内外から神経科学等の分野で受賞多数。著書に『ほんとうにすごい!iPS細胞』など多数。
───高校生のときから医学部に進学しようと決めていたのですか。
高校時代は、医学よりもむしろ物理に興味があり、素粒子論や相対性理論などに関する本を読み漁っていました。けれど、そんな中でオーストリアの物理学者エルヴィン・シュレディンガーの『生命とは何か』を読み、生命の謎を物理学から解き明かそうとする内容に感動しました。また、脊椎動物の胚発生の司令塔としての役割を持つハンス・シュペーマンの「オーガナイザー」が教科書に載っていました。「オーガナイザー」とは、胚が細胞分裂していく過程で、胚同士がどのように影響し合って神経や表皮などの組織を形成していくかということを実験で確かめようとしたものです。この「オーガナイザー」は発生学の基本になるもので、これをきっかけに生物学や生命科学にも興味を持ち、医学部もおもしろそうだと思うようになりました。
───脊髄損傷の患者さんを治したいと考えられるようになったのはなぜですか。
私は、1歳のときに父親を胃がんで亡くしました。父の上司の方は、父の面影を知る数少ない人として、嬉しいときにはその都度報告したり、悩みを相談する相手でした。その方は、事故で歩けなくなり車いすの生活をしていましたが、私が慶應大学の医学部に進学することが決まり、その報告に行くとことのほか喜んでくれました。そして「私のように事故で歩けなくなった患者さんを、もう一度歩けるように治してほしい」と言われたのです。私はこの言葉を聞いて、医学の道に進むことは、そうした患者さんの思いを託されることなのだと痛感しました。
───医学部に入ってからは、脊髄損傷の治療に関係する中枢神経系の発生と再生を研究されたのですか。
いえ、医学部に入ってからは、がんの研究を始めました。というのは、医学部在学中に母をがんで亡くしました。当時最高のがん治療を受けたにもかかわらず亡くなってしまったことから、原因も定かではなく治療法もない不治の病を、科学を極めていつか克服したいという思いが強くなり、4年生のときに基礎医学の道に進むことを決めたのです。
しかし、その後がん遺伝子の分子学的研究の成果が着々と報告され、むしろいまだほとんど治療法のない脳や脊髄といった中枢神経系の分野にこそ研究のフロンティアが拡がっているように思え、紆余曲折があって、中枢神経系の発生や再生の研究に取り組むようになりました。結局、車いすの生活を余儀なくされた父の上司の方の思いに応えるような研究に進むことになったわけです。