フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」 第17回 歯ナシを防ぐ話〜歯周組織の再生 東京女子医科大学先端生命医科学研究所 特任講師 岩田 隆紀 教授 インタビュー

将来の歯根膜細胞の他家移植を視野に

───細胞を使った歯周組織の再生医療の研究は、日本ではどのように進んでいるのですか。

日本の歯周組織の再生研究は、2000年ごろから始められていて、世界的にみても進んでいるといえます。いま臨床研究がされているのは、私たち以外のところでは広島大学、新潟大学、大阪大学で、4グループがヒトを対象とした臨床試験をしているのは世界でも例がないと思います。
それぞれのグループによって歯周組織の再生医療に違いがあります。広島大学ではお尻の部分の大きな骨から骨髄を採取して、骨髄にある間葉系幹細胞を培養しています。新潟大学では口の中の骨膜や歯肉の細胞を使っています。また、大阪大学では腹部の皮下脂肪にある幹細胞をとってきて培養しています。
これらの細胞源には一長一短があって、骨髄からは効率よく幹細胞をとれるが、麻酔が必要なので患者さんに負担がかかります。骨膜細胞は比較的負担が少なく細胞を採取できますが、含まれている幹細胞の数が少ない。私たちが行っている歯根膜細胞は、幹細胞がとりやすく、同じ口の中の細胞を使えるので、安心できるというメリットがありますが、その反面、抜歯しなければならないというデメリットもあるんです。

───歯根膜細胞にはどんな特徴があるのか教えてください。

いま、再生医療で注目されているのが、幹細胞の中でも間葉系幹細胞です。皆さんは、受精卵が、外胚葉、中胚葉、内胚葉の3つに細胞分裂し、外胚葉からは皮膚や神経など、中胚葉からは骨、脂肪、筋肉、血液など、内胚葉からは肝臓や肺などのいろいろな内臓組織がつくられることは知っていますね。間葉系幹細胞は、中胚葉からできるものですが、中胚葉からできる骨や血液だけでなく、外胚葉系の神経や内胚葉系の肝細胞などにも分化する性質を持っているといわれています。
歯根膜組織にはこの間葉系幹細胞が豊富に存在しています。歯の成り立ちを見ると、歯の上皮とエナメル質以外は、骨、セメント質、象牙質、歯根膜など、すべて間葉系幹細胞からできていて、歯根膜細胞を使った歯周病の再生治療は、こうした歯の多様な細胞集団を再構築するのに適しているといえるのです。
そして、間葉系幹細胞には、他人の細胞を移植しても免疫拒絶されにくい免疫調整機能があることもわかってきました。

───免疫拒絶されにくいということは、他人の歯根膜細胞を移植しても問題が起きにくいということですか。

そうですね、いま私たちは、他人の歯の歯根膜細胞を培養して移植する「他家移植」の研究を進めています。角膜や心臓などの臓器移植は、他人の角膜や臓器を移植するので、「他家移植」になるのですが、免疫拒絶が激しいため、それを防ぐために移植してから一生免疫抑制剤を飲み続けなければなりません。 けれども、歯根膜細胞は間葉系細胞の一種で、免疫・炎症反応を抑制するサイトカインを放出するなど免疫拒絶反応が比較的少ないことから、他人の歯根膜細胞を使った細胞シートによる移植が可能ではないかと考えられます。いま、イヌによる歯根膜を使った細胞シートの他家移植の実験を行っていて、術後3日目、2週間、8週間のデータをとっていますが、免疫拒絶もなく良好に推移しています。
いま、世界的には再生医療による治療に、他家移植を進めている国が多くなっています。日本では、まだ、他人の細胞を自分の体の中に入れることに抵抗感を持つ人が多いようです。しかし、これからは、治療の一つの方法として、またサイエンスの問題として考える必要があるのではないかと思います。

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