フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」 第19回 膵島移植の臨床研究に取り組む 福島県立医科大学 臓器再生外科学講座 後藤 満一 教授 インタビュー

新しい消化酵素や免疫抑制法の開発が成績を格段に向上させた

───膵島移植はどのように進んだのですか。

世界ではエドモントンプロトコールをもちいた優れた成績が2000年に発表され、その後、膵島移植が盛んとなり、脳死ドナーから膵島の提供を受けて数年のうちに600例が実施されました。日本でも2004年に始まったのですが、わが国の場合は脳死ドナーからの提供は一例のみで、移植にいたったのはすべて心停止ドナーから提供された膵臓から分離された膵島をもちいたもので、これまで18人の方が移植を受けられました。けれども、2007年3月に、膵島移植は停止されることになったのです。

───なぜ停止になったのですか。

牛海綿脳症(狂牛病)という病気を聞いたことがありますか。1986年にイギリスで初めて見つかった牛の病気で、牛の脳の中に海綿状(スポンジ状)の空洞ができ、やがて死に至るというもので、タンパク質の一種のプリオンが異常プリオンに変わるために発症するといわれていました。2007年ごろに、この牛海綿脳症と、プリオンの人への感染が問題にされたのです。

膵島移植にあたっては、「森の教室」でもお話ししたように、膵管に消化酵素を入れて、膵臓を膨らませ、バラバラにして膵島細胞をとり出すのですが、その消化酵素の生成の過程で牛の脳の成分が使われていることが明らかにされ、可能性は非常に少ないのですが、プリオンが含まれている可能性を100%は否定できないために、この消化酵素を使った膵島移植はいったん中止されたわけなんです。
けれども、その後、牛の脳を使わない消化酵素が開発されて、米国でも移植成績の良い膵島移植が行われるようになりました。そこで、わが国でも2010年11月に、低血糖発作にともない意識障害などを起こす1型糖尿病患者を対象にした膵島移植の臨床試験が再開されたのです。

この新しい消化酵素を実際に使ってみると、余計な成分が混じっていない非常にピュアな製品で、これまでどおり、あるいはそれ以上に膵臓から質の良い膵島細胞を分離することができるようになっています。

───膵島細胞が生着するためには、移植後の免疫抑制も大切なのですね。

そうです。免疫抑制についても、新しい製品開発が行われています。「森の教室」でお話ししたように、移植してから「炎症反応」「拒絶反応」「自己免疫反応」の3つのハードルを越えなければならないのですが、新たに「エタネルセプト」という抗炎症剤が使用できるようになりました。また、抗胸腺細胞グロブリンという抗体製剤も加わりました。ミネソタ大学でこれらの新しい免疫抑制剤をもちいて膵島移植を実施したところ、移植した8例すべてが、インスリン投与を必要としないインスリン離脱状態を達成したという報告がなされています。
ただ、長期的にインスリン離脱状態を保つためには、まだまだ改善の余地がありますので、これから一生懸命研究していかなければなりません。

───幼児や未成年者への膵島移植はまだ行われていないのですか。

膵島移植には現在のところ免疫抑制剤を使わなければなりません。免疫抑制剤が成長にどのような影響を与えるのかまだ分からないことも多く、今のところは20歳以上でないと移植を受けることはできません。そうはいっても、1型糖尿病で苦しんでいる小さな子どもさんも多くおられます。免疫抑制法の研究をさらに推し進めて、未成年者にも移植ができるようになればと思っています。一番いいのは、免疫抑制剤を使わなくても拒絶が誘導されない方法を開発することで、そうなれば、未成年者への膵島移植も実現できる可能性が高まりますね。今、我々の教室では、これを目標に研究を進めています。

───膵島移植の国内での研究や臨床治療の体制はどうなっているのですか。

福島県立医科大学が事務局を務め、福島県立医科大学附属病院、東北大学病院、国立病院機構千葉東病院、京都大学医学部附属病院、大阪大学医学部附属病院、福岡大学病院の6施設が参加して、高度医療として、臨床研究を実施する体制が組まれています。成人の患者さん20人に移植して、その後2年間にわたり治療成績や効果を見ることになっています。

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