フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

新たなソーティング技術で純なドーパミン神経前駆細胞を分取

───そこで、パーキンソン病を再生医療で治療する研究をスタートしたわけですか。

私たちは、パーキンソン病の原因がドーパミンの不足によるものなら、そのドーパミンを産生する神経細胞そのものをつくろうと考えました。とはいっても、神経幹細胞からドーパミン神経細胞をつくり出すことはむずかしかった。試行錯誤を続けていたときに1998年にヒトES細胞が樹立され、2000年にはアメリカの国立衛生研究所のマッケイ博士が、ES細胞から神経幹細胞を誘導し、さらに増殖因子などを作用させることよってドーパミン神経に分化させることに成功しました。日本でも京大再生医科学研究所の笹井芳樹教授(当時)が骨髄由来の細胞上でES細胞を培養すると、52%の細胞がニューロンになり、そのうちの30%がドーパミン神経細胞に分化することを突き止めたのです。
その後私たちのグループは、霊長類(カニクイザル)のES細胞から分化させたドーパミン神経細胞をパーキンソン病のカニクイザルの脳に移植し、世界に先駆けて神経症状を改善させることに成功しました。
たださらなる研究の進展を考えた場合、当時日本ではヒトの初期胚からつくるES細胞のヒトへの応用が制限されていました。そんなときに山中先生がヒトiPS細胞を樹立されたので、これまで積み重ねてきたES細胞を使ったパーキンソン病治療の研究をもとに、iPS細胞による臨床応用の研究を進めることになったわけです。


▲ ヒトiPS細胞から誘導したドーパミン産生神経細胞
赤色は、ドーパミンの前駆体産生にかかわる酵素であるチロシン水酸化酵素の陽性細胞、緑色は全般的神経マーカーであるTuj-1の陽性細胞

───iPS細胞の場合、患者さん自身の体細胞からつくることができる点はメリットだと思いますが、問題点はないのですか。

iPS細胞は高い増殖力を持っているので、目的の細胞を大量につくり出すことができる反面、増殖力を持った未分化なiPS細胞や未熟な神経幹細胞などが残っていた場合、それらが脳の中で増殖して良性の腫瘍を形成するリスクがあります。そのため私たちは、未熟な神経幹細胞などが混じらず、ドーパミンをつくり出す神経細胞へと分化するドーパミン神経前駆細胞だけを選別する「セルソーティング」の手法を開発しました。

───セルソーティングってなんですか? わかりやすく説明してください。

「ソーティング」というのは、「分取する」という意味で、「セルソーティング」は「(目的の)細胞を分取する」ということです。基本的な技術としては、ノズルから細胞を含む溶液を噴出させ、その一滴に一個の細胞が入るように調整しておきます。そしてノズルから落下する液滴(細胞)の一つ一つをレーザーで照射し、目的の細胞にだけレーザーが反応する仕組みです。
私たちはコリンというタンパク質のみを認識する抗体を利用し、この抗体に蛍光物質を結合させておき、表面にコリンを持っている細胞だけ蛍光識別できるようにしました。この蛍光抗体で染色した細胞をノズルから落下させ、レーザーで照射して測定、細胞の表面にある抗原の情報をもとに、ドーパミン神経前駆細胞だけを生きたまま無菌状態で分取することに成功しました。このセルソーティングによって、臨床応用への道がより現実的になったと思います。

▲ ヒトiPS細胞から作製したドーパミン神経前駆細胞の免疫染色
セルソーティングによって、ドーパミン神経前駆細胞に特徴的なマーカー(Foxa2=緑色、Lmx1a=赤色)で染色される細胞(黄色)が濃縮できた。左はソーティングなし、右はソーティングあり。

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