フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

臨床医としても最前線に立つ

───患者さんの血液を採取してiPS細胞をつくり、細胞移植に使うドーパミン神経前駆細胞へと分化誘導させるまでにどれくらいかかりますか。

まず血液を採取してiPS細胞をつくり、元の細胞に戻ることがないなど安定するまでに4カ月くらいかかります。それから神経誘導を始めてセルソーティングまでに12日間を必要とします。細胞移植に適した細胞になるまでさらに16日間培養を続けます。血液を採取してから細胞移植を行うまでに細胞の安全性評価の期間を含めて約9カ月を見込んでいます。

───ドーパミン神経前駆細胞の移植で、L-ドーパ製剤のような薬との相性に問題はないのですか。

普通、脳内のドーパミンは線条体の末端に蓄えられていて、必要に応じて分泌される仕組みになっています。パーキンソン病の初期は、まだドーパミン神経細胞がわずかでも残っているため、ドーパミンを少しずつ蓄えることができ効き目が持続するのですが、パーキンソン病が進行してドーパミン神経細胞が著しく減少した段階ではドーパミンの蓄えがなくなってしまいます。またL-ドーパからドーパミンを合成するのはドーパミン神経細胞なので、ドーパミン神経細胞が減ってしまうとL-ドーパを服用してもドーパミンを合成することができません。
L-ドーパはもともと持続時間が短い薬で、服用後1時間ばかりすると血中のL-ドーパの濃度が半減してしまうのですが、ドーパミンの蓄えがなくなった状態では、L-ドーパの血中濃度が下がると薬の効き目が一気になくなってしまい、状態の良いときと悪いときの変動が大きくなってしまう問題がありました。
ですから、ドーパミン神経前駆細胞を移植してドーパミンを分泌できるようになれば、こうした変動を抑えることができます。さらに移植されたドーパミン神経細胞はL-ドーパからドーパミンを合成することもできるので、細胞移植は薬の効能を高める上でも重要なわけですね。

───先生は現在、研究だけを行っているのですか。

いいえ、パーキンソン病に関してだけですが、私は今でも脳外科の手術を行い、指導もしています。
たとえばパーキンソン病の治療の一つに、視床下核など脳の深い部分に電極を埋め込んで脳神経を刺激する手術療法があります。脳の情報はネットワークで伝えられますが、パーキンソン病の場合は、視床下核の神経細胞が異常な興奮状態になっていて、その影響で大脳の働きが抑制されてしまって身体の動きがスムーズにいかなくなるのです。そこで外科手術によって電極を挿入して視床下核の異常興奮を抑えるわけですが、この手術は小さな視床下核に電極を正確に挿入するための特殊な装置と緻密な作業が必要です。ドーパミン神経細胞移植でも同様の作業が必要なので、こうした手術の経験が生きてきます。また、万一細胞移植によって腫瘍ができた場合、その除去手術も、すべて私自身の手で行うことができます。
実際の臨床に携わっているからこそ、地に足がついた再生医療の研究ができると考えています。

───パーキンソン病の治療方法としては、遺伝子治療もあると聞いています。

細胞に遺伝子を導入するベクターを用いて、ドーパミンをつくる遺伝子を脳内に導入する方法です。いろいろなアプローチがありますが、パーキンソン病ではドーパミンを合成する酵素(AADC)が欠乏して、L-ドーパを服用してもドーパミンに変換されないため、AADCの遺伝子を線条体に導入する方法などが代表的なもので、アメリカやフランスでは臨床治験も始まっています。ただ、ドーパミンを無理やりつくらせるだけでは、線条体に蓄えられたドーパミンの量を必要に応じてコントロールすることができないなどの問題点も指摘されています。

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