フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

衝撃だったiPS細胞誕生のニュース

───帰国後に体細胞から軟骨細胞を誘導する研究にチャレンジしていくわけですね。

日本に帰ってきてから、整形外科の医師たちと話したのは、「皮膚細胞は、発生の系統でいうと軟骨細胞と同じ間葉系細胞に属しているのだから、皮膚細胞にBMPやSox9を組み合わせて作用させれば軟骨細胞ができるのではないか」ということでした。でも、実際に皮膚細胞から軟骨をつくり出すのは、そう簡単なことではなく、私も本当のことをいうと、なかなか手ごわいなという感じを持っていました(笑)。
そんなときに飛び込んできた山中伸弥先生のiPS細胞誕生のニュースは、私たちの研究にとっても衝撃的なものでした。

───どんなふうに衝撃的だったんですか。

森の教室の本編でもお話ししましたが、皮膚細胞を軟骨細胞に横滑りして誘導させようとした当初の研究では、軟骨化因子は活発に働くものの、元の皮膚細胞の性質が残ってしまい、軟骨細胞に変わりきれないことでした。
しかし、2006年、山中先生のiPS細胞の開発成功で、皮膚の線維芽細胞に4つの遺伝子(転写因子)を導入すれば、線維芽細胞が初期化され、皮膚細胞の性質が完全に消去されることがわかりました。それならば、山中因子と軟骨誘導因子を組み合わせれば、皮膚細胞から軟骨細胞へ直接誘導ができるはずではないかと、それまで半信半疑で取り組んでいたのが、本当に真剣に研究に打ち込むようになったんです(笑)。

───それからは比較的順調に研究が進んだのですか。

私たちは、iPS細胞をつくるために使う4つの遺伝子のどれかと、Sox9などの軟骨誘導因子、そして何かほかの未知の因子を導入することで皮膚細胞から軟骨細胞への変換ができると考え、その未知の何かを大学院生たちと一生懸命探していたんです。
ところが、いわゆる山中因子のうちのc-MycとKlf4の2種類、そして軟骨誘導因子のSox9とをマウスの皮膚細胞に導入して培養したところ、軟骨細胞ができてしまった(笑)。なんだこんなに簡単にでよりきてしまうのかというので、ちょっと拍子抜けしちゃったくらいです(笑)。でも一日たってから「これは大変なことだ」(笑)。
マウスで成功したので、ヒトの皮膚の線維芽細胞から軟骨細胞をつくろうとしたのですが、ヒトの場合はマウスほど簡単にはいきませんでした。ひとつは、マウスの細胞よりヒトの細胞に遺伝子を入れるのが難しかったことがあります。それでも、ウイルスベクターを使ってc-MycとKlf4、Sox9の因子を入れると、14日後には軟骨細胞に特徴的な細胞の塊が生じました。この細胞のことを軟骨細胞様細胞(iChon細胞)といいますが、iChon細胞は皮膚の線維芽細胞の性質は持っていませんでした。


ヒト皮膚の線維芽細胞にレトロウイルスを使ってc-Myc、Klf4、Sox9を導入すると2週間 で軟骨細胞に特徴的な細胞の塊が生じた。この塊は軟骨を青く染めるアルシアンブルーで染まり、iChon細胞へと分化していることがわかった(図中のバーは500μm)
PLOS ONE“Direct induction of chondrogenic cells from human dermal fibroblast culture by defined factors”  October 16, 2013 より

───皮膚の線維芽細胞の性質が無くなったことがわかるのはなぜですか。

線維化した細胞ではⅠ型コラーゲンが多く発現しているのですが、この細胞にはⅠ型コラーゲンは検出されず、軟骨細胞に特徴的なⅡ型コラーゲンやほかの遺伝子が発現していることが確認されたからです。
iChon細胞には、生体内で純粋な軟骨に特徴的な硝子軟骨をつくる能力があります。実際にその能力があるかを確かめるために、ヒトiChon細胞をマウスに移植したところ、42カ所に移植したうちの14カ所で硝子軟骨様の組織が形成されていることが確認できました。
こうした研究によって、2013年、ヒトの皮膚線維芽細胞からも軟骨様細胞が誘導できることを証明することができました。

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