フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

臨床に使うまでにはまだ多くの課題が

───このダイレクト・リプログラミングの持っている意義や課題について聞かせてください。

私たちの研究によって、ヒトの細胞でも線維芽細胞を軟骨細胞へとダイレクト・リプログラミングできることが示されました。これによって、短期間で硝子軟骨をつくることができ、iPS細胞からつくる以外にも再生軟骨の供給源を増やすことができたと考えています。
また、森の教室の本篇でも話しましたが、ダイレクト・リプログラミングを誘導する因子を体内に注入して、線維化した軟骨を硝子軟骨に変える治療も将来的には可能になると考えています。さらに、軟骨の難病に対して、ダイレクト・リプログラミングでつくった軟骨細胞を疾患モデルとして、病態解明に貢献することもできるでしょう。
課題としては、リプログラミング因子のc-Mycががんを誘発するおそれが指摘されているので、c-Mycにかわる因子を見つけていくこと。また、遺伝子を細胞に導入する際のベクターとしてウイルスベクターを使っていますが、このウイルスも腫瘍化の原因になるといわれており、違うベクターを使う研究も進めていく必要があります。

───ダイレクト・リプログラミングでつくった軟骨細胞を使って、軟骨の病気の疾患モデルとして研究するということですが、iPS細胞からつくった軟骨を疾患モデルとして使う場合と、何か違いがあるのですか。

軟骨ができるまでの期間がiPS細胞からつくるのと、ダイレクト・リプログラミングでつくるのとでは違いがあります。iPS細胞から軟骨をつくる場合、私たちの研究室では2カ月くらいかけて、じわじわつくります。ダイレクト・リプログラミングでつくる場合はもっと短期間でつくるのですが、Sox9などの転写因子を導入して、かなり強制的に誘導するので、できた軟骨が重症化している場合が多いのです。
重症の疾患モデルとしてはダイレクト・リプログラミングでつくったモデルのほうがよい場合もあるし、じわじわと悪化する疾患モデルならiPS細胞でつくったモデルのほうが研究素材としてはよいかもしれません。
私たちの研究室では、iPS細胞からと、ダイレクト・リプログラミングの手法からと、両方の疾患モデルをつくっています。疾患モデル研究でも薬のスクリーニングでも、まだどんな違いがあるか、どちらがよいかなど結論は出ていませんが、どちらも一長一短がありそうなので、上手に使い分けていくことが大切だと感じています。

───軟骨以外のダイレクト・リプログラミングも、同じ手法で行われているのでしょうか。

いま、ダイレクト・リプログラミングの研究が行われているのは、軟骨のほかに、神経、肝臓、膵臓(β細胞)、血球、心筋などです。それぞれの部位の細胞にリプログラミングを誘導する因子を導入することでは変わりませんが、肝細胞や心筋細胞のように、iPS細胞を作製するときに使う遺伝子を使わず、ほかの遺伝子を誘導因子として導入する場合もあります。

───ダイレクト・リプログラミングでできた軟骨細胞などの細胞が臨床で使えるようになるには、どのくらいかかるのでしょう。

再生医療として実際に使うためには、発生などの基礎研究、安全性、経済性などを含めた実現性など、さまざまな角度から研究、実践していかなければなりません。ダイレクト・リプログラミングの研究はiPS細胞の研究に比べてまだ遅れていると思っています。iPS細胞では、がん化しないような導入因子の探索、因子を導入するための安全なベクターの研究などもすごく進んでいます。それに対して、ダイレクト・リプログラミングは蓄積が進んでいませんから、この方法で作製された軟骨細胞などが臨床で使えるようになるまでは、まだしばらく時間がかかることでしょう。
私は、かつては軟骨の発生の研究などの研究と臨床とは別のものだと考えていました。けれども、最近は研究と臨床の両方がつながるようになってきました。つなげようとすると、そのために、安全性、実現性などの面で課題、問題が見つかってくるんですね。

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