フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

その時の脳研究のもっとも重要なテーマに挑戦する

───日本に帰ってこられてからはどんな研究をされたのでしょう。

留学先ではアメフラシを研究対象にしていたのですが、ヒトの記憶に迫るためには哺乳類を対象にした研究をしなければならないと考え、マウスやラットを使った研究に取り組みました。当時まだ哺乳類の長期記憶に関係する遺伝子はあまり採られていなかったので、それなら網羅的に採ってやろうと考えたのです。
長期記憶でオンになる遺伝子はおそらく数百くらいはあると思うのですが、そのうち、82種類の遺伝子を採ることに成功しました。

───たくさんの遺伝子があるのですね! それらの遺伝子はどんな働きをするのでしょう。

調べてみると、シナプス結合を強くするタンパク質をつくったり、発生・分化をコントロールする遺伝子など、実にさまざまな働きをしています。私が興味を持ったのは、アクチビンという発生・分化遺伝子が含まれていたことです。
この遺伝子の機能を弱くしたマウスは長期記憶が悪くなることが判明しました。ただし、同じ遺伝子でも発生・分化を誘発する場合と、長期記憶に関わる場合とではその働きが違うんです。発生初期には細胞は分裂して分化していきますよね。この遺伝子は中胚葉を誘導したり、赤芽球を誘導したりします。けれども、長期記憶に関わる場合には、分化を誘導するのではなく、シナプス結合を強くする指令を出しているんです。同じ遺伝子が機能を分担しているわけで、生命は本当に不思議ですね。

───世界的に見ても脳科学の研究者は数多くいると思います。井ノ口先生はどんなスタンスで研究テーマを選んでいるのでしょう。

ひとことで言えば「王道を行く」です。たとえば、オンリーワンをめざしてほかの研究者が研究していない領域を自分のテーマとする人もいるでしょう。でも私の場合は、その時点の脳研究の最も大事なテーマは何かを考え、それにチャレンジしていくことを研究ポリシーにしています。ただ、王道を行くとなると、優秀な研究者はみんな同じテーマを選ぶことになるので競争がたいへんです(笑)。

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