フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

「運動錯覚」と運動野の関連を研究

───どのようにして実証していったのですか。

自分の身体が動いているという感覚を脳がどう処理しているのかが分かれば、脳の中の身体の表現も分かるはずだと考え、実験を行っていきました。たとえば、被験者に目をつぶってもらって、腕の内側の腱の部分にバイブレーターを当て80ヘルツくらいの振動刺激を与えると、自分の腕が実際には動いていないにもかかわらず、脳の中では動いているような「運動錯覚」が起きます。この「運動錯覚」を利用して、ヒトが運動錯覚を体験しているときの脳を計測すると、一次運動野や補足運動野といった運動領野ネットワークが活動することを確かめることができたのです。
私たちが運動を起こすときには、脳の中の運動領野ネットワーク活動が活発になり、特に第一次運動野は脊髄のニューロンに運動しろという実行命令を出して骨格筋を制御し、手足などを動かすわけです。実は、私たちの研究実験が行われるまでは、運動野は運動するための命令を出す場所であることは分かっていたのですが、筋肉からの感覚情報を処理している場所でもあることを、ヒトの脳で初めて確かめることができました。

───運動に関しては、小脳が深く関わっていると言われていますが、小脳と運動野とはどんな関係になっているのですか。

これは私たちの研究ではなく、ピッツバーグ大学のピーター・ストリックという先生が行ったウイルスをサルの大脳に感染させるという実験で、小脳と大脳の関係が明らかなってきました。大脳に感染させたウイルスは神経の軸索を食べて進むので、ウイルスの進行状態を追跡すると脳の中の情報の流れが分かります。まあ、すごい実験ですが(笑)。
細かいことは省略しますが、一連の研究で小脳は運動野が司る身体の部位のそれぞれの領域と閉じた回路をつくりながら運動の制御に関与していることが分かりました。
私たちがテーマにしている運動錯覚においても、小脳は運動野などの大脳と回路を作っています。小脳は発生的に古い脳ですが、私たちの研究では、大脳と小脳の回路は生まれたときにすでに出来上がっているのではなく、経験によって大脳と小脳の機能的連携が強くなってくることが分かってきました。つまり、学習や経験を積み重ねていくことによって、小脳と大脳を結ぶ回路が強く結ばれていくのだと思います。

───そうすると、子どもの頃の経験などが小脳と大脳を結ぶ回路作りに関係してくるということですか。

私たちは、現在長期的なビジョンとして運動制御に関わる「子どもの脳神経系機能の発達」について明らかにしようとしています。子どもの脳神経系機能の発達に関しては、アメリカの医学者スキャモンが提唱した「スキャモンの発達・発育曲線」があります。これによると、ヒトの神経系は9歳から11歳頃に最も成長するとされています。なので、この期間は一般に「ゴールデンエイジ」と呼ばれ、運動能力を習得するに最適な時期だと考えられています。
けれども、「スキャモンの発達・発育曲線」は、ごく一般的なヒトの神経系の成長について言及しているだけで、この時期に運動機能のどういう側面が向上するのか、またこの向上を支える脳神経系の変化は何かについては、分かっていないことが山積しています。こういうことを明らかにできれば、「ゴールデンエイジ」にはどういったトレーニングをすることが最適かなどに関する科学的な指針を示すことができるようになると考えています。
このように、私たちは、「どの年齢で、どの能力が向上するのか」「どの年齢で何を学ぶのが最適か」など、脳神経系機能の発達について研究し、「新しい神経系発育発達指針」を提唱しようと考えています。

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