フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

運動野と大脳基底核の連携が運動能力を向上させる

───私たちは、ある日突然逆上がりができたり、自転車にうまく乗れるようになったりします。

それを実際に脳科学の面から説明するのは難しいんです。なぜなら、今は逆上がりができない人をずっと追跡し、その人がある日突然逆上がりができた瞬間の脳活動を突き止めなければならないからです(笑)。いまのところ、脳の詳細な測定をするためには、MRIのような装置に入ってもらったりしなければならず、日常的に連続して測定するのは技術的に困難ですね。
ただ、ヒントを与えてくれるような実験研究を紹介しましょう。脳に障害などを受けた患者さんのリハビリでは、必要以上の筋活動によって運動がしにくくなることを抑えるために、メッシュグローブという微弱な電流が流れる装置を使うことがあります。電流を流すことによって筋活動をコントロールすることができる装置なんですが、私たちはこのような電気刺激を使って、ある一定のレベルまで上達し、それ以上成果が上がらなくなった運動スキルのレベルを引き上げる実験研究を行いました。

───具体的にはどんな実験だったのですか。

手の中にゴルフボールぐらいの大きさの2個の球を入れ、これを一定の時間内にどれだけぐるぐる回すことができるかを訓練するのです。1週間程度練習すると、どれだけ頑張ってもある一定の回数以上は回せなくなる学習の頭打ちがきます。こういう状態になると、被験者は、もっと多く回そうと一生懸命になりすぎて、余分な筋活動や力が生じ、逆に運動がさらにしにくくなるということが起きてきます。
ところが、手に電気刺激を与え、不必要な筋活動をコントロールし、そのあとで球を回すと、運動パフォーマンスが向上して、回す回数が増えることが確認できました。このとき脳の中で何が起きたのかをMRIで計測したところ、電気による刺激後には、運動を制御する上で重要な、運動野と大脳基底核の連携が向上していることが分かったのです。
この運動野と大脳基底核の回路(ネットワーク)は、運動のプログラムを生成する上で非常に重要な回路で、この機能的な連携の向上が運動パフォーマンスの向上に関わるのではないかとと考えられました。
たとえば、逆上がりがある日突然できるようになるというようなことも、何らかの機能結合が向上することによるものと考えることができるかもしれません。

15秒間にできるだけ多く球を回転させるという課題では、事前に1週間練習すると、ほぼ運動が頭打ちになった


単なる反復練習では頭打ちだった運動パフォーマンスは、電気刺激を与えることによって改善した


刺激後の運動向上時には、運動制御で重要な、第一次運動野と大脳基底核の機能的連携が向上している

資料提供:情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター 内藤栄一先生

───身体からの情報が脳に伝わり、脳の中の身体図式(ボディスキーマ)を通じて身体に運動の指令を出すときなどにも、運動野などの運動領域と大脳基底核などのネットワークが重要な役割を果たしているのですか。

そうですね。ここでひとつ、高校生の皆さんに興味のある話をしておきましょう。これまで、私たちは自分の身体の位置や状態などについて、脳の中の身体である身体図式(ボディスキーマ)を通じて確認したり表現したりするとお話ししてきました。
実は私たちが自分が自分であると認識する「自己同定」も、このボディスキーマと深い関係があると考えられます。
私たちは、身体から感じた情報(体性感覚情報)を得たとき、「自分が自分である」という感じを持つはずです。あるいは自分の身体を動かしているときにこそ、他人とは異なる独立した自分がいると実感するのではないでしょうか。つまり身体からの入力こそが、自己意識につながっているわけで、自分の存在基盤のベースとなっているのです。
そして最近の研究から、ヒトの脳の頭頂葉が、自己の身体像の形成に大きく関与する可能性が明らかになってきました。したがって、身体図式は、運動制御において大切な役割を果たしているばかりではなく、自己身体の認識、さらには、もっと高度な自己意識にもつながる可能性が示されてきています。つまり、身体図式は、私たちが生きるために重要な神経基盤であるといえるでしょう。

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