フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

自閉症の人が生きやすい環境づくりが大切

───自閉症の診断基準はあるのでしょうか。

精神疾患の診断基準としてよく用いられているのが、アメリカ精神医学会が刊行した「DSM(精神障害の統計・診断マニュアル)」というもので、1952年にDSM-1が作成され、最新版は2013年にDSM-5が出されています。自閉症についても、このマニュアルの中に書かれています。他にはWHOが定めたICD-10や、より小さな子どもに用いられるCHATやM-CHATなどがあります。
このようなマニュアルでは、「社会的コミュニケーション」や「常同行動(同じ行動を繰り返す)」などの有無から、自閉症であるかどうかが診断できるようになっていて、トレーニングを積んだ医師や臨床心理士が問診をしながら判断をしていきます。このほかにその人の論理的、社会的な側面を評価するテストなどもあります。
けれども、自閉症は高血圧症や糖尿病などの診断のようにはいきません。高血圧症なら、収縮期血圧が140㎜Hg以上、拡張期血圧が90㎜Hg以上という数値が診断基準になりますが、自閉症のような心の病気では、数値ではっきり線を引くことはできないのです。

───自閉症の診断は難しいのですね。

そうです。例えば、内向的で他人とのコミュニケーションづくりがあまりうまくないからといって、自閉症とは言えない場合がありますよね。実際、私の周りにいる研究者の中には、そうしたタイプがいないわけじゃないのです(笑)。むしろ、研究者に向いている場合だってあります。
自閉症の診断の中に「あることにこだわり続ける」というのがありますが、裏を返せばそれだけ集中力がすぐれていて、飽きることがないということにもなります。そこから素晴らしい研究や芸術も生まれたりする。だから自閉症は「個性」と捉えることもできるのです。
自閉症は「自閉症スペクトラム」が正式な呼び方で、スペクトラムとは「連続体」を意味します。重度から軽度まで、自閉症の症状が連続していて、最も軽度の自閉症と健常者との区別は難しいのです。

───つまり、一概に「障害」とは言えないわけですね。

はい。「病気」は、その人や周囲の家族などが社会生活を送る上で、困難を感じるかどうかです。もちろん、3歳くらいの子どもの場合、それを判断するのは保護者ということになります。注意欠如多動性障害の傾向があって集中力が足りなくてきちんと勉強できず、将来は困ったことになるだろうと判断すれば、落ち着いて勉強できる環境を整えてやることも必要でしょうし、睡眠障害を伴っていたり、指が擦り切れるほど手を洗わないと気がすまないなどという場合は、治療の対象になるでしょう。
けれども、自分の生き方について判断できる年齢で、それができる能力のある人の場合、今の医療ではインフォームド・コンセントでその人の意思を確認することが大前提になります。ですから、自閉症と診断された人でも、自分がそれを治したいと思っているかどうかは人によって違うと思うのです。他人とかかわりを持たなくても、自分らしく生きていると思っている人なら、社会性がないからといって無理やり自閉症だとレッテルを貼るのは問題だと考えています。

───つまり、個々の例をしっかりみて診断することが重要なのですね。

例えば、一人で遊んでいる幼稚園の子どもがいたとします。その原因について、聴覚に障害があって、みんながガヤガヤ話しているときに会話の音が聞き取りにくいのでみんなと話すのが嫌だと思っているかもしれない。あるいは人と接触するのが嫌という感覚過敏にその原因があるもしれない。また運動障害を持っていて、みんながお遊戯をしているときに遊びの仲間に入れないでいるからなのかもしれない。原因はさまざまなのに、結論は一つで「他人と遊ばない。一人遊びが好き」となってしまう。もう少し原因に近いところで判断できる診断基準がつくられればいいと思いますね。

───そのためには、どんなことが必要なのでしょう。

今はMRI(核磁気共鳴画像診断装置)や、fMRI(機能的磁気共鳴画像診断装置)、あるいは、PET(陽電子放射断層撮影)、MEG(脳磁計)など、脳内を診断できる機器の発達は目覚ましいものがあります。ハイテク機器が次々に開発されたことで、脳と自閉症の研究が進んできました。今後、さらに脳の画像データが蓄積されていけば、これまでは行動レベルでしかできなかった自閉症の診断が、生物学的・脳科学的な根拠のある、客観的な指標に基づいてできるようになるのではないでしょうか。
あるいは、将来的に血液検査や唾液検査など非侵襲的な方法で、遺伝子、タンパク質、脂肪、糖質などのバイオマーカー(生物的な指標)から自閉症を診断できるようになれば素晴らしいですね。

───自閉症と診断された人が生きやすい環境づくりも大切ですね。

その通りです。本編でもお話ししましたが、自閉症をはじめとした発達障害は、親の育て方に原因があるのではなく、基本的には脳の発生発達におけるトラブルが原因です。ただ、育つ環境が病状の現れ方に無関係なわけではなく、親からの愛情を受けられなかった子どもが、より多く親からの愛情を注がれた子どもよりも症状が重くなる可能性もあるでしょう。
自閉症児が早い段階で良い教育を受け、良い環境で育てられれば、自閉症そのものは治らなくても、症状が緩やかになることは十分考えられます。
実際、自閉症の診断は3歳くらいのときにされ、この年齢までに私たちの脳づくりのかなりの部分は完了します。けれども、脳がそこで完成してそのまま変わることがないというのではなく、記憶などに関係する海馬などでは、ニューロンが新たにつくられる神経新生が一生続いていきます。しかも、幼少期には脳がどんどん大きくなる時期なので、その時期の自閉症児への教育のあり方はたいへん重要だと思います。

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