フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

将来的には、心の進化にも興味の幅を広げたい

───日本での自閉症の研究は外国に比べて進んでいるのですか。

日本では高齢社会が進行しているため、身近な問題としてアルツハイマー病などの認知症の研究に目が向けられ、そちらに研究費の多くが投じられているのが現状です。米国などでは巨額の富を得た自閉症患者の親などが財団をつくって研究機関への寄付を行い、研究の支援活動をしていますが、このような点はわが国でも盛んになれば良いと思います。
日本では、米国ほどの資産家は少ないし、寄付をする文化も根付いていません。また税制の違いもあって、米国の方法をそのまま日本に持ち込むのは難しいでしょうが、九州大地震後に熊本へのふるさと納税が増えたように、近年、ただ税金を国に納めるだけでなく、支援する対象を選んで寄付をしたいという人も出てきているように感じます。私の研究室にも、そのような方から奨学寄付金の支援をいただいています。
自閉症やADHD(注意欠如多動性障害)、学習障害などを含めた発達障害の人は50人に1人以上の割合で存在しています。しかも、自閉症と診断される人の数は年々増えているとのこと。社会的にも大きなテーマであって、若い人がこの分野の研究に興味を持ち、脳と自閉症の関係の探究に取り組める環境を整えることが必要だと痛感しています。

───今、大隅先生が力を入れている研究は?

自閉症と父親の高齢化との関係に注目しています。世界各国で行われた複数の疫学的な調査から、父親が50歳を過ぎてから生まれた子どもが自閉症になるリスクが非常に高いことが示されています。
赤ちゃんは、父親の精子と母親の卵子が結合して誕生しますが、卵子の数は卵巣の中にある数百個だけで、排卵時以外には休眠状態になります。一方、1日につくられる精子の数は5000~数億個といわれ、精子幹細胞が精子をつくり出す時のコピーミスは、卵子のコピーミスの確率よりずっと大きいのです。さらに、高齢化するにしたがってエピゲノムレベルでの変化が起きるため、父親が高齢で生まれた子どもに自閉症が多く発症するのではないかと考えて研究を続けています。

───さらに将来的な研究テーマについて教えてください。

脳から見た自閉症の研究の先には、「心」がどのようにできてきたのかに関心があります。最初にお話ししたように、高校時代に抱いた「心」への興味に帰っていくのかもしれません(笑)。その心を表現する言葉の世界を構築したことが、ヒトにとっては大きな出来事だったと思います。言葉を獲得することによって、それまでの視覚的な情報処理からテキストベースの情報処理へと、効率的に抽象的な脳の使い方ができるようになった。パソコンの例でわかりますが、画像などの視覚データよりも、文字を使ったテキストデータの方が脳の容量としてはすごく圧縮できる。
自閉症の中には言語的なコミュニケーションは劣っているけれど、絵画的な表現に非常にすぐれた子どもがいます。人類が進化してきた、その源の感性や能力を自閉症の子どもたちは持っているのかもしれません。
まあ、この分野はある部分は私の研究の範囲を超えるところもあるので、楽しみながらやっていこうかな(笑)。

(2016年6月9日取材)

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