フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

高周波領域の脳波を、世界トップクラスの多チャンネルで計測

───先生の脳波の計測技術の研究で特徴的なことはどんな点ですか。

正確に脳波を捉えるために、個々人の脳の形にフィットした高性能の電極シートを開発しました。ヒトの脳の形や溝の位置は微妙に違うので、まずMRIの脳スライス画像から電極を留置する部位の脳表面の形状データを抽出し、電極シートを成型するための型を3次元CADで設計します。そして、3Dプリンターで患者さんの脳にぴったりの薄い電極シートをつくりあげるのです。

───電極を置く位置は、脳のどのあたりになるのですか。

ALSや脊椎損傷などで手の機能が麻痺している患者さんの手の機能をロボットに移し替える研究をしているので、脳の運動野の中でも手や指、肘の動きに関係する部位の上に、電極シートを置いています。
みなさんは、カナダの脳科学者ペンフィールドの「脳地図」を見たことがあるでしょう。ペンフィールドは、てんかんの患者を手術した際に、脳に電極を当て脳に与えた電気刺激と患者の身体の反応を観察し、大脳皮質の運動野と感覚野は、全身の身体の部位に対応していることを発見し、それを脳地図にしました。これは運動野の地図ですが、これを見ると、手と口の面積が大きくとられていることが分かるでしょう。手はものを握る、離す、指を広げる、閉じるなど、また口は話したり、ものを食べたりするためにさまざまな動きをします。そこでこんなに大きくなっているわけです。この脳の地図の運動野の部分に電極シートを置いて脳波を計測することになります。

ペンフィールドマップ

───電極シートの大きさはどのくらいですか。

だいたい2~3cm四方です。脳波から正確に手の動きを計測するためには、どのくらい多くの電極を置けるかが重要になります。1㎝間隔では、あまり精緻の高い脳波を測ることができません。そこで2~3mmくらいの間隔、128チャンネルもの密度で脳波を測っています。これは世界トップのチャンネル数で、海外で開発されているものはフランスが64チャンネル、ドイツが32チャンネル、アメリカでは100チャンネルの刺入電極用の埋め込み装置を開発したとの報告がありますが、まだこうしたBMI専用に開発された多チャンネルの埋込装置が実用化された例はありません。

───どのような脳波が測れるのですか?

通常の頭皮脳波が自家用車だとすると、皮質脳波は高性能なF1カーですね。
脳波には、4ヘルツ以下のデルタ波から30ヘルツ以上のガンマー波までおおよそ5種類くらいに分けられますが、100ヘルツの高周波帯域の脳波は、指を開く、閉じる、肘を曲げるなど運動関連の情報が多く含まれています。手を動かすとこの帯域の周波数のガンマー波が出てくるんですが、指を開いたり、閉じたり、肘を曲げたりするときに脳波が出てくる場所がそれぞれ違うのです。つまり、それを計測して分析すれば、どんな手の運動をしたいのかを知ることができるわけです。
そして、大脳の一次運動野に置いた電極からえられた脳波を0.2秒ごとにリアルタイムで解読し、ある運動をしようとするときに高まる脳波から運動内容を推定するデコーディングのプログラムの開発していくわけなんです。

───脳波を計測・解読し、ロボットアームを動かすためには、さまざまな分野の研究者との共同研究が必要になりますね。

ええ、私たちは脳外科医ですから手術をして脳の中に高性能の電極を置けば脳活動の状態が精密に計測できることが分かった。それからは、その意味を解読するためのアルゴリズムの開発や、AIの専門家、ロボットを動かす技術者などとの連携が重要でした。さらに、埋め込み型を開発するとなると、電子回路の専門家など、より多くの分野の研究者と研究開発費が必要になったのです。
幸い、2008年に文部科学省の「脳科学研究戦略推進プログラム(脳プロ)」が始まり、ATR脳情報研究所の川人光男先生が研究体制を構築され、研究費も人材も集まるようになってから急速に研究が進みましたね。

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