フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

完全埋め込み型BMIの臨床研究もまもなく始まる見通し

───その後2013年に、実際のALS患者さんを対象に、臨床研究を実施したわけですね。

はい。開頭手術を行い、手の運動野付近に電極シートを置いて、通常の脳波計で皮質脳波を計測し、開発したBMIの評価を3週間行いました。
このときは、手を握る/開く、肘を曲げる/伸ばすといった2択の運動課題に対する正答率が78.8%でした。またロボットアームにボールを握る/放すという動作を指示することにも成功。さらに患者さんが日ごろ使っていた意思伝達装置をBMIで操作して、「こんにちは」「さようなら」という5文字の言葉を作成することもできました。

───今後の見通しを教えてください。

ワイヤレスの完全埋め込み装置を完成させ、2018年には、数名の患者さんに1年間装着してもらい臨床研究を進めることを計画中です。体外の脳波計にケーブルでつなぐ場合、感染の危険性もありせいぜい3週間くらいしか埋め込んでおけません。ワイヤレス埋込装置により1年間埋め込むことができれば、患者さんも慣れてきますし、脳活動と手の運動などの関係について広範囲のビッグデータが収集できます。ビッグデータが取れれば、さらに性能のよいアルゴリズムが開発できるはずです。
ただ、実際の手の動きなどはきわめて複雑ですから、すべての動きを頭でイメージしてもらうのではなく、大まかな動きを解読したうえで、こまかな動きはロボットに任せるなど、より患者さんの負担が少ない制御システムを開発したいと考えています。
うまくいけば医療機器としての承認をめざして治験を行うという流れです。

───BMIの技術でどんな病気の患者さんを治したいですか。

まずは、ALSの患者さんを対象にしたいと考えています。ALSの患者さんは脳(意識)は働いていても、身体が動かせない。重症になると、意思伝達装置を動かすこともできなくなりますから、頭でイメージして機械を操作できるようにすることは重要な課題です。その次の段階では、脊椎損傷の患者さんを対象にできるように頑張りたい。頚椎損傷の場合などは、口は動かせる場合が多いので車椅子を口で動かすことはできますが、それも大変な作業なので、脳でコントロールして移動できればすごくいいですよね。またロボットアームが思い通りに動けば頚髄損傷の患者さんは助かります。
今、ALSの患者さんは約1万人おられるとされています。そこからはじまり、脊髄損傷で手足が麻痺の患者さんが約10万人、さらに脳卒中で身体の片側が麻痺している方が約100万人おられるとすると、治せる患者さんの数がどんどん増えていくことになります。脳卒中で片麻痺の場合は、BMIで自由に動く片方の手と同じように麻痺側の手を動かすことが必要になってくるので、BMIの技術も思い通りに動かせるレベルまで進歩させなければなりませんね。

───BMIの技術がどんどん進化すると、自分が考えていることを他人に読み取られることも起きそうですが、いかがでしょうか?

記憶や思考といったヒトの知性に関係する前頭葉に電極を入れたりすると、そうした問題が発生するかもしれませんが、運動野から信号を拾っている間は、そうした問題は起きないでしょう。また、今、電極を入れて脳波の情報をとっているのは、脳の表面に近い大脳皮質であり、人間の欲望や怖れなどの情報は、脳の深部にしまわれています。そんな深いところに電極を入れて欲望や怖れなどの情報を積極的にとりだそうとしなければ大丈夫です。
当初、そうした心配がすいぶんされましたが、なにが安全で何が危険かをよく考えて、医療に役立つ研究に力がそそがれた結果、逆に現在ではむやみな危惧は聞かれなくなりましたね。

───最後に高校生へのメッセージを願いします。

自分の興味がある分野について徹底的に調べ、夢をふくらませ、積極的に取り組んでいくことが大切だと思います。

(2017年4月1日公開)

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