───私たちが生物を学ぶにあたって心にとめておいた方がいいことは?
たとえば、細胞を理解しようとするとき、細胞質があって、ゴルジ体があって、核の中にDNAが入っていてというように、細胞の構造を個別に知っても、細胞のことをほんとうに知ることにはならない。細胞は3次元的で、生きていて、複雑な形をして、ゆらゆらしていて、絶えず形を変えているんだ、ということを覚えておいてほしいな。
───教科書を丸暗記がイヤだからと、生物を毛嫌いしていてはもったいないってことですね。
そう。しなやかでダイナミックな生き物の元気さを体で感じないと、生命活動をきちんと理解できない。子ども時代、東京の世田谷に住んでいたんですが、近くに都立園芸高校というのがあって、広大なキャンパスに大きな池や花畑とかがあって、そこでヤゴをとったり、家でカマキリを飼ったり、生き物と遊んでいました。そうした体験がきわめて大切だと思います。
───将来、生命科学系の研究をしてみたいのですが、アドバイスをお願いします。
こんなこと言っちゃっていいのかなあ(笑)。
生命科学者だけでなく、科学者として研究活動を続けるということは、たいへんな覚悟がいるということをまず知っておいてほしいね。「世の中、苦あり楽あり」っていうけれど、研究者って「苦あり、苦あり」って感じです(笑)。
大学院とか卒業研究で一緒に仕事をしている学生さんが「先生、自分の思っているような実験結果が出ません」なんて、泣きごとをいってくる。冗談じゃない、そんなに簡単に正解は出ませんよ。大学では本来、問題はあるけれども答えは見つかっていないことを研究し、解こうとするのだから。
小中学生、高校生の諸君の問題集には、解答が後ろのページに出ているでしょう。で、問題を見てすぐに解答を導き出して正解かどうかで一喜一憂しますけど、そんなふうにちゃんと正解があるとは限らない。そうした努力を積み重ねても必ずしも成功するとは限らないのが研究者の世界なんだよ。
ただ、たとえば、実験して自分が思うような結果が出ないとき、ひとつは自分の実験手技が下手過ぎたという可能性も考えられるけれど、もうひとつには、もしかすると、思ってもみないようなノーベル賞級の大発見につながる現象をつかんでいるのかもしれない。たゆまずチャレンジできるか、ってことだね。
───これからの展望を教えてください。
いまは研究室ももっているし、生命科学の研究を続けていきますが、65歳で定年になったら、また哲学の研究をしたいと思っています。
(2009年6月取材)